第123話 魔法の認可と時代のトラウマ
同じ123話を二回貼ってしまいました。
泥靴村の旧道で、ウドが引く巨大な振動ローラーが着々と地盤を押し固めていく。
その圧倒的な光景に感化され、メリダは、今か今かと自分の出番を待ちわびていた。
「……なぁ、大師匠。アタシ、もう行ってもいいッスか? 早くその岩盤のモルタルをカチカチに焼き上げたいんスけど!!」
ウズウズして足踏みをするメリダに、バッカスは眼鏡の奥からジロリと鋭い視線を向けた。
「馬鹿野郎、待て。まだ『認可』が下りてねぇんだよ」
「認可ぁ? なんでッスか! ウドのローラーはすぐ動かしてたじゃないッスか!」
「アレと一緒にすんじゃねえ」
バッカスは鼻で笑い、ズゴゴゴゴと音を立てて進む二トンの巨大ローラーを顎でしゃくった。
「あのローラーの車軸に仕込んであるのは『ただピクッと跳ねるだけのクズ魔石』だ。石単体に殺傷能力なんてゼロだからな、いちいち国から認可を取る必要はねぇ。……まあ、それを百個括り付けてバカでかい超振動を生み出してんのは、完全に法の抜け道だがな」
「グ、グレーゾーン……」
「だが、お前のその『ドライ(乾燥)』の魔石は違う」
バッカスは忌々しそうに、メリダが背負う杖の先端の特注魔石を指差した。
「それは指向性を持たせて水分を内部から爆発的に蒸発させる、一歩間違えれば人間の内臓を焼き切る即死魔法だ。だから、お前らを雇うずっと前には王都の魔術院支部に『土木用』としての登録申請を出してんだよ。……無許可で一日中ぶっ放して憲兵にしょっぴかれたくなかったら、大人しく待ってろ」
「……え? でも大師匠、アタシ昨日ここに来た時、思いっきり水たまりにぶっ放したッスよ?」
メリダが不思議そうに首を傾げると、バッカスは小指で耳をほじりながら鼻で笑った。
「バーカ。そもそも人が死んで大騒ぎにでもならなきゃ、こんな片田舎での一発の試し撃ちなんて、誰にもバレやしねぇっての」
「アタシだって一応、魔法学校出てるからそれくらい知ってるッスよ! だったら、今も別にこっそり撃てばいいじゃないッスか!」
「アホ。これからお前がやるのは、岩盤のモルタルを一気に焼き固める『大工事』だ。現場に何人の職人がいると思ってる? あの衆人環視の中で一日中ド派手に魔法を垂れ流してたら、目立ちまくりだろうが。もし誰かがお上にチクったら、無許可で危険魔導具を使った罪で真っ先にとっつかまるのはお前だぞ」
「ヒッ……!!」
学校では教わらなかった『現場のリアル(チクリ)』による脅しに、メリダはブルリと肩を震わせて口を閉ざした。
そのやり取りを特等席の丸太の上から、木彫りのコップに入った果実水をチューチューと啜りながら聞いていたカイトは――ポロッ、と手からコップを取り落とした。
(……な、なんじゃと!? この中世みたいな世界にも、まさかのお役所仕事(認可申請)が存在しておったのか!? しかも職人のチクリを恐れるって……ここでもあるのか、コンプライアンスッ!!しかもそれだとワシも『無認可』であのヤバい魔石をぶっ放しておったぞい!? )
カイトは内心で激しく動揺していた。
「ねぇ、バッカスおじちゃん、いつもつかってる まほうは?」
「……取ってるよ。当たり前だろ」
バッカスは小指で耳をほじりながら、ぶっきらぼうに答えた。
魔法など適当にドカンと撃てばいい大雑把な世界だと思っていたのに、まさか書類を提出して「お墨付き」を得るという、現代日本と変わらない泥臭いリスク管理が行われているとは。
(思えば……昭和、平成、令和と時代が進むにつれて、現場の締め付けはどんどん厳しくなっていったのぅ。昔は事務所のデスクでタバコをプカプカ吹かしながら仕事しとったのに、わしが引退する頃には分煙が当たり前、会社によっちゃ全面禁煙じゃった。セクハラだのコンプライアンスだの、どんどんルールが増えて窮屈になって……)
地面に染み込んでいく果実水を見つめながら、カイトは遠い目をした。
(まさかこの世界も、これからあんな風に息苦しい時代になっていくのかのぅ……)
前世のトラウマと時代の移り変わりを思い出し、深い哀愁に浸りつつも、カイトは表面上は黄色いヘルメットを被った五歳児の無邪気な笑顔を向ける。
「あ、また、お馬さんがきたよ! こんどは、なにジュースがくるかな?」
カイトが指差す旧道の先から、盛大な怒声と土煙が上がった。
「おらっ! 馬引け! 轍に車輪取られんぞ!!」
「ダグラス親方のとこに運ぶ食いもんだ! 門を通してくれ!」
「おーい、資材はあっちだ。あっちに下ろしてくれ!」
見れば、過積載気味に木材や木箱を積んだ荷馬車の列が、まだ舗装されていないガタガタの悪路をグラグラと大きく揺らしながら現場に入ってくる。
ここ数日、急増した出稼ぎ職人たちの胃袋と仕事を支えるため、当たり前のように来るようになった定期便だ。
「おう、運ちゃん! 俺の婆ちゃんから手紙来てるか!?」
「仕送りの金、王都のギルドに預けてくれや!」
休憩中だった職人たちが、門の中に入った馬車に群がっていく。
そんな喧騒の中、先頭の荷馬車の御者が、荷台から小さな木箱を掴んで大声で叫んでいた。
「おーい! 魔導刻印師のバッカス殿はいるかー! ハルバードの工房から荷物を預かってきたぞー!」
「……あぁ?こっちだ!こっちー!」
バッカスは怪訝そうに眉をひそめ、丸太から立ち上がって御者の元へ歩み寄った。
「バッカスは俺だが……なんだそりゃ。王都に申請してた『認可標』か? なんでハルバードの荷馬車に乗ってんだよ。遅ぇなと思ってたんだ」
「いやぁ、王都の役人が間違えて、こっちじゃなくてハルバードの工房の方に届けちまったらしくてよ。で、留守番してたお宅のひょろっとした兄ちゃんが『私は絶対にあんな恐ろしい村には行かないッ!これをバッカス大師匠に渡してくれッ!』って、半泣きで俺の馬車に押し付けてきやがったんだよ」
「…………あのバカ弟子。まだ引きこもってやがるのか、まあいい。おい、メリダ、認可降りたぞ!」
「……うッス!」
メリダは目を輝かせ、背負っていた丸太の杖をギュッと握り直した。
「認可が下りたなら、もう待ってる必要ねぇッスね!アタシ、早く岩盤のモルタルをカチカチに焼き上げてやりてぇッスよ!!」
メリダはニッと笑い、杖を肩に担ぎ直しながら、すでに足を岩盤エリアの方へ向け始めていた。
バッカスは眼鏡の奥からそんなメリダをチラリと見やり、ふっと小さく鼻を鳴らした。
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