第120話 絶望のロバートと涙目の魔力樽
ボルドーの関所を突破した馬車は、主要街道を北上し、やがてフェルメール領へと続く脇道へ差し掛かった。
――ガタンッ!!
それまで滑るように走っていた車体が、突如大きく傾いた。
「うおっ!?」
「…………!?」
直後、車体は左右に激しく揺れ始めた。
慌てて窓の外を覗き込んだメリダとウドの目に映ったのは、車輪幅ギリギリの凸凹に荒れた道だった。
辺境伯家のサスペンションも、装甲車体と劣悪な泥道には勝てず過剰な横揺れを引き起こした。
「なんだよ、なんでこんな道通るんだよ……どこ連れて行かれるんだ?」
メリダは車内から大声で御者に叫んだ。
「おーい、御者のオッサン! 道、間違ってんじゃねぇのかよ!?」
「ちゃんと地図通り来てる。この湿地の先だ!」
「マジかよ……信じられねぇぜ」
……そして数時間後。
空が茜色に染まる頃、車内には生きる屍が二体できあがっていた。
「……う、うう……気持ちわりぃ……拷問かよ……」
「…………(プルプル)」
午前中までは「最高の職場にありついた」と天狗になっていた二人とは思えない惨状だった。
しかし不快な揺れがピタリと収まった。巨大なローラーで固められた舗装路に入ったのだ。
メリダがフラフラと窓枠にすがりつく。
「……オ、オエッ……やっと、つ、着いた、のか……?」
視線の先には、異様なジグザグの塀と、無数の職人たちが働く巨大な建設現場が広がっていた。
馬車が要塞のような門の前に止まると、御者が手紙を門番に渡し、手続きを終えて扉を開けた。
「目的地に着いたぞ」
青い顔の二人を、御者は容赦なく現場に降ろした。
ドサッと無造作に荷物が投げ出されると、馬車は逃げるように土煙を上げて走り去っていく。
道中抱いていた「スゲェ良いところに雇われた」という幻想は、その瞬間あっけなく崩れ去った。
「……オ、オエッ……なんだよ、アタシらをこんな泥臭いドカタ現場に降ろしてよぉ……」
「………(プルプルプルプル)」
メリダは杖にすがりつき、恨みがましく悪態をついていた。
ウドはまだ震えていた。
入り口付近で立ち止まっていた面々がこちらを見ているのに気づき、メリダが真っ青な顔で吠えた。
「あァ? なにジロジロこっち見てやがる……うっ……喧嘩売ろうってのか、この野郎!! うえっ……!」
しかし、誰も彼女の威嚇など気に留めていなかった。
現場の男たちの視線は、手紙を受け取った隊長・ロバートが一人で演じる『歓喜から絶望への顔面急降下』に釘付けになっていたのだ。
***
(……フッ、ついに来たか。私が直々に頼み込んだ、愛しのマリーのための『お上品でエリートな家庭教師』の返事が!)
ロバートは期待に胸を膨らませ、満面の笑みで便箋を開いた。
しかし――中身を読んだ瞬間、その笑顔のままピキッと石像のように凍りついた。
(…………訳あり!? 待て待て、俺が三枚に渡って書き綴ったマリーへの愛と、お上品な家庭教師の要望はどこだ!? 完全にスルーされただと!?)
バサッ、バサバサッ!
ロバートは血相を変えて手紙の裏をめくり、封筒の中を二度見し、三度見し、ついには夕陽に透かして隠し文字がないかまで確認し始めた。
だが、追記は一切なかった。
「……あ、あぁ……」
絶望のあまり、ロバートの顔からスゥッと生気が抜け落ち、限界まで引きつった『死んだ魚のような目』へと変わる。両肩がガクンと落ち、完全に魂が抜けたような声で呟いた。
「……魔力樽二名、手配しましたー。性格と魔力操作に難ありー。就職試験に全落ちした訳あり商品。とのことでーす」
あまりにも見事などん底っぷりに、静まり返る現場。
「た、隊長? どうかしたっすか……?」
ドン引きしたガンタにおずおずと声をかけられ、ロバートはハッと我に返ると、必死にいつものニヒルな仮面を被り直した。
「コ、コホン……! な、何でもない」
「そうか、セシリアたちに頼んでおいた魔導師が来たんだな。ロバート、何だか分からんが、そう落ち込むな」
アルベルトがロバートの肩に手をおいてから一歩前に出た。
「私は領主のアルベルト・フェルメールだ。遠路はるばるよく来てくれた! この村では、働く根性さえあれば誰でも歓迎するぞ!」
「……はァ?」
メリダが丸太のような杖を地面にドスンと突き立て、涙目になりながらも必死に牙を剥いた。
「ふざけんなよ……! ガタガタの道で秘密基地みたいなトコに無理やり連れ込まれて、黒服は一人で絶望してるし、挙句の果てに『訳あり商品』扱い!? アタシらは魔法使いだぞ、何が『働く根性』だよ! 落ちこぼれだからって……うぅっ……うえっ……山奥のタコ部屋に押し込んでいいってのかよっ! 帰りたくても……足もねぇじゃんかよぉ……バカにすんなぁ……っ!」
キャンキャンと虚勢を張りながら、声が震えて吐き気を堪えるメリダ。
そんなメリダを見ながら、ウドが無言でメリダの前に出た。
……が、結局何も言わず、何がしたかったのかも分からなかった。ただ、その巨体は生まれたての子鹿のようにガタガタ震えていただけだった。
その様子を、パパの足元から見上げていたカイトは、黄色いヘルメットの下で目を細めた。
(ふぉふぉふぉ……またえらくキャラの濃い特大重機を二機も送り込んできおったのぅ……。ヤンキー娘は強がってるが内心ビビってるし、大男の方はガタガタ震えてる……不憫じゃが、なかなか面白い連中じゃて。魔力がデカいだけじゃなく、ちゃんと現場で使えるよう育ててやらんと潰れそうじゃのう)
カイトは小さく首を振って、うんうんと頷いた。
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