第119話 最強馬車の楽々関所突破
カイトがハルバードの職人の度肝を抜いていた頃。二人の『魔力樽』と特大の勘違いを乗せた超豪華馬車は、一路、北のフェルメール領を目指して進んでいた。
王都からフェルメール領までの距離は、およそ百二十キロ。
以前、ロバートやゴンザレスたちが一般的な馬車でこのルートを旅した際は、野営を挟みながら丸二日以上を要する道のりだった。
しかし、ノルド辺境伯家の本邸用馬車は、すべてにおいて規格外だった。
選りすぐりの屈強な軍馬四頭立てによる圧倒的な牽引力。そして、どれほど荒れた街道を爆走しても、車内のビロードのシートには振動一つ伝えない最高級のサスペンション。
「……なぁ。なんかアタシたち、スゲェ良いところに雇われたんじゃね?」
「……(コクコクコクッ!)」
王都を出発してから、すでに三回目となる全く同じやり取りを経て、メリダとウドは車内で優雅にふんぞり返り、備え付けの高級な果実水などをチビチビと飲んでいた。
語彙力のない二人が同じ感動を繰り返している間に、窓の外の景色は飛ぶような速度で後ろへと流れていく。
通常なら二日目の午後にようやく辿り着くはずの中継地点――『ボルドー子爵領の関所』の巨大な柵が前方に丸見えになったのは、王都を出発してまだ数時間しか経っていない、その日の昼下がりのことだった。
「止まれっ! 通行証を改める!!」
関所を塞ぐように立つ数人の兵士たちが、横柄な態度で槍を交差させ、爆速で近づいてくる馬車に向かって怒鳴り声を上げた。
ボルドー関所の兵士たちは、最近特にピリピリしていた。
一ヶ月と少し前、フェルメール領へ向かう連中から通行料を巻き上げようとした結果、マッチョな土木作業員たちに物理的に包囲され、半泣きで逃げ出すという大失態を演じたのだ。しかも、その後その件が上にバレて、ボルドー子爵から大目玉を食らったばかりである。
兵士のリーダー格が、血走った目で近づいてくる馬車を睨みつける。
しかし、土煙を上げてピタリと関所の前に止まったその巨大な馬車の『装甲』と『ノルド辺境伯の紋章』を見た瞬間、兵士たちの顔からスッと血の気が引いた。
「し、しまった……! 武門のトップの専用車にヤリを向けちまった……!」
兵士たちが慌てて槍を放り出し、居住まいを正して一斉に最敬礼の姿勢をとる。
こんな超大物の馬車に敵対行為をとったと見なされれば、子爵の大目玉どころか、物理的に首が飛びかねない。
しかし、そんな関所の外の絶望感など露知らず。
VIP待遇ですっかり天狗になっていたメリダが、急ブレーキで果実水をこぼしそうになったことにイラつき、バンッと乱暴に窓を開けてズイッと顔を出した。
「……何いきなり馬車止めてんだよ!アタシの果実水がこぼれそうだったじゃねーか!」
ガラは最悪だが、乗っているのは泣く子も黙る超高級馬車。
最敬礼で震えていた兵士たちの脳内では、そのヤンキー全開の怒声が『底知れぬ権力を持つ、気性の荒い令嬢』として自動変換された。
(ヒィィッ! ま、まずい!お、お嬢様が機嫌を損ねられてる!!)
兵士たちが顔面蒼白になって震え上がったその時。
バタン、と馬車の扉が開き、大木のように巨大な男――ウドがゆっくりと降り立った。
ウドはただ、パツンパツンの服が窮屈で、少し外の空気を吸って腰を伸ばしたかっただけなのだが、体を大きくヒネった途端、限界を迎えていた胸元のボタンが「パァンッ!」と弾け飛び、弾丸のようにリーダー格の兵士の目に飛び込んだ。
「ひぃッ!?」
慌てて首を捻り後ろに避けようとした男は、無様にガニ股で尻餅をついた。そして、大きく開かれた股間スレスレに、ポトリとボタンが落ちた。
ウドは前髪に隠れた目でそれを見つけると、一切の言葉を発さず、異様な静けさのままズンズンと歩み寄る。
(……に、睨まれた……)
ウドは怯える兵士の足の間へゆっくりと巨大な手を伸ばし、無言でそのボタンを拾い上げた。
急所スレスレに手を差し伸べられる無言の圧力に、リーダー格の兵士の脳裏を一瞬の恐怖が駆け巡った。
(……タマを、引っこ抜いて潰される……!)
リーダー格の兵士は、少しだけ――いや、結構チビった。
「どど、どうぞ、お通りくださいっっ!」
その声に他の兵士たちも悲鳴を上げながら慌てて道を空けた。
「お、おい、さっさと門を開けい!!」
そしてボルドーの関所はかつてないほどのフルスピードで大きく開かれた。
「チッ、最初からそうやって道開けときゃいいのよ。ビビってんじゃねーよ、この役立たずども!」
メリダは盛大に舌打ちをして鼻で笑い、無事にボタンを拾い終えた無言のウドと共に再び馬車に乗り込む。
かつてロバートたちが揉めに揉め、百人の男たちの圧力で突破した悪名高きボルドー関所を、二人のポンコツは魔法を一切使うことなく、『圧倒的な馬車の威光』と『ただの勘違い(と物理ボタン)』だけで、わずか数分のうちに無血開城してのけたのだった。
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