第116話 悪徳リクルート!魔力樽の出荷
日後。フェルメール家別宅の応接間。
アンナが魔法学校や学院の裏掲示板に貼り出した『破格の給与・魔法制御の技術一切不問』という怪しい求人に釣られて、二人の若き魔法使いがやってきていた。
一人は、魔法学校の指定ローブを改造して丈を長くし、今時珍しい『巨大な木の杖』を、まるで戦士が大剣を担ぐように肩に乗せた赤毛の少女、メリダ。
もう一人は、大木のようにそびえ立つ巨体だが、前髪で目を隠して猫背で立つ青年、ウドである。
「……あァ? 勤務地は辺境の泥靴村ァ? ふざけんな、アタシは別に、そんなくせぇ泥沼の仕事がやりたいわけじゃねぇからな! 貴族の試験官どもが『紅茶の温度を適温に保て』だのチマチマしたことばっかやらせるから、ちょっとミスってテーブルクロスを紅茶まみれにしただけで落としやがってよぉ!」
メリダはガンを飛ばすようにセシリアを睨みつけた。
その隣で、ウドはただ「………」と、無言で床の木目を数えている。
(……なるほど。片や無駄に魔力がデカいだけの不良娘。片や自己主張すらできない木偶の坊、ですわね)
ソファに優雅に腰掛けたセシリアは、扇子で口元を隠しながら二人の『欠陥』を一瞬で見抜いていた。
貴族に仕える魔法使いには何よりも『気品』と『礼節』が求められる。この二人が王都の就職戦線で全滅し、完全に売れ残ってしまった理由は明白だった。
アンナが手元の調査書を淡々と読み上げる。
「メリダ様。魔力量の測定テストにおいて、学年トップ。ただし魔力圧の微調整が一切できず、魔石を焼き切る事、八回。そのため実技は最低評価」
「……うるせぇな! オンかオフしかできないのはアタシのせいじゃねえよ!」
「ウド様。魔力量は学年三位。しかし、面接において一言も発することができず、コミュニケーション能力ゼロと判定され全落ち」
「……(ビクッ、と肩を揺らして俯く)」
報告を聞き終えたセシリアは、立ち上がり、泥パックの売上でパンパンに膨れ上がった金貨の入った麻袋を、ドンッとテーブルの上に置いた。
「……最高ですわね」
「あ?」
メリダが怪訝な声を上げる。
「お聞きなさい、貴方たち。わたくしの雇い主であるカイト親方が求めているのは、お上品なティーカップにお湯を注ぐような『繊細な魔法使い』ではありません。ただひたすらに、己のありったけの魔力を長時間、指定された魔石に流し込み続けるだけの『巨大な魔力樽』ですわ!」
「ま、魔力樽だァ……!?」
魔法使いの誇りをへし折るような身も蓋もない表現に、メリダがカチンときて杖を握り直す。
しかし、セシリアはそれを札束――いや、金貨の暴力と、社交界を生き抜く為の令嬢の『覇気』で物理的にねじ伏せた。
「細かい制御や微調整は、すべて現場の『親方』が用意した魔石が自動でやってくれますわ。貴方たちは余計なアタマを使わず、ただ言われた通りにデカい魔力を放てばいい。……この破格の給金に見合った分まで絞り出すのですわ!」
チャリン、とテーブルの上に黄金の輝きがこぼれ落ちる。
貴族の初任給の優に三倍はあろうかという前金を見て、メリダのヤンキー顔がパアァッと間抜けに崩れ、無口なウドですら息を呑んだ。
「態度の悪さも、無口も、泥靴村の現場では一切問いません! むしろ、余計な口答えをせずに魔力を出してくれるなら不良でも大歓迎ですわ! さぁ、この契約書にサインして、明日の馬車でフェルメール領へ行きなさいな! オホホホホ!!」
「ち、ちょっと待ちなさいよ!」
目の前に積まれた莫大な金貨に目が眩みかけながらも、メリダはギリギリのところで突っ張った。
「い、いくら金が良くても、アタシは腐っても魔法学校の卒業生だ! 辺境の泥沼でドカタの真似事なんて、アタシのハク(経歴)に傷がつくようなこと……ッ!」
「あら」
セシリアはパチンと扇子を閉じ、哀れむような、それでいて獲物を完全に追い詰めた悪魔の笑みを浮かべた。
「ハクに傷がつく、ですって? ……わたくし、貴方たちは喜んで飛びつくと思いましたのに。だって、あの『バッカス』の直接指導が受けられるのですから」
「……は?」
メリダの動きがピタリと止まった。無口なウドの肩も、ビクッと大きく跳ねる。
「……バッカスって、あの? 魔法学校の魔導史の教科書に載ってる……あの伝説の天才、バッカス……!?」
メリダが震える声で尋ねると、セシリアは余裕たっぷりに頷いた。
「う、嘘だろ! バッカス先生は『絶対に弟子を取らない』ことで有名じゃねえか!? 唯一の例外は、アタシたちの魔法学校を歴代トップで卒業した超エリートの『ゼノス』先輩だけで……! 辺境の現場で直接指導なんてあり得ねえ!」
メリダが魔法学校の常識を盾に反論するが、セシリアは扇子で口元を隠し、悪魔のような笑みをさらに深めた。
「オホホホ! その超エリートのゼノス先輩とやら、つい先日まで泥靴村に特別召喚されて、一緒に『土木作業』をしていたそうですわよ?」
「……はぁ!?」
「ですが……親方が要求する魔法刻印のレベルがあまりにも常軌を逸していたため、そのエリート先輩はついに限界を迎えハルバードへ逃げ帰ってしまいましたの」
「な、なんだとォォォッ!?」
メリダが素頓狂な悲鳴を上げ、ウドも目を見開いて固まった。
あの、誰もが憧れる完璧な超エリートのゼノス先輩が限界を迎えて逃げ出すほどの、過酷で、そして規格外にレベルの高い魔法の現場がそこにあるというのか。
セシリアは、完全に混乱している若者二人にトドメの一撃を刺した。
「……あのゼノスですら耐えきれなかった圧倒的な試練。貴方たちのその『無駄に大きいだけの魔力』なら、あるいは先輩を超えることができるかもしれませんわね?」
その言葉が落ちた瞬間。
不良魔法少女にとって、ただの『ドカタ仕事』は、一瞬にして『伝説の職人の下で、あのゼノス先輩すら超えられるかもしれない(ヤンキーの成り上がり)奇跡の試練』へと変貌を遂げた。
「……(スッ、ササササササササッ!)」
無言のウドが、人生最速のスピードで契約書にサインを書き、羽ペンを置いた。
「ちょっとウド!? テメェ抜け駆けしてんじゃねえぞ!! ゼノス先輩が逃げ出した魔石、アタシがブッ放してやる!! 貸せ、サインするから!!」
メリダはアンナの手から契約書とペンをひったくり、自分の名前をデカデカと書き込んだ。
「オホホホホホッ!! 契約成立ですわね! アンナ、この『立派な重機たち』を、明日の朝一の馬車でフェルメール領へ出荷なさいな!」
「かしこまりました、お嬢様」
かくして。
王都の就職試験で弾かれた「出力だけはバカでかい若者たち」は、セシリアの巧妙な事実の歪曲により闘争心を激しく煽られ、泥靴村の『タコ部屋』へと出荷されていく事になった。
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