第115話 落ちこぼれ狩り!悪役令嬢の罠
自室の机に向かい、ロバートは羽ペンを走らせていた。
「よし。これでいい。……いや、待てよ。マリーの家庭教師の件も絶対に外せないな!」
ロバートは一度置いた羽ペンを再び握り直し、血走った目で便箋の後半に猛烈な勢いで文字を書き殴り始めた。
現場からの要請よりも娘への愛情がびっしりと詰まった分厚い便箋の束をトントンと揃え、ロバートは深い息を吐き出した。
「フッ……。この手紙を見たらあいつら、感動で窓ガラスを突き破るかもしれんな『え、マ、マリーが!すごいですわ!』」
セシリアが驚く姿を想像し、少しニヤリと笑って立ち上がった。
館の裏口で、出発準備をしている馬の傍らに立つ漆黒の外套の男に声をかける。
「頼む、これを王都の別宅へ。大至急だ」
「……承知した」
男は低い声で短く答えると、手紙を受け取った。
その時、ロバートは男の顔の輪郭を見て、ハッと息を呑んだ。
「……ん? お前、どこかで……」
ロバートの脳裏に、人生で最も無防備だった瞬間のトラウマが蘇る。
「お、お前! あの時の……便所に押し入ってきた奴だな!?」
男はロバートの指摘を肯定も否定もせず、ただ外套を翻して顔の半分を隠した。
「……ところでアンタ、名前はなんて言うんだ?」
ロバートが訝しげに尋ねると、男は背を向けたまま、ニヒルに答えた。
「……『シャドウ』だ」
それだけ言うと、男は無言のまま歩き出した。
「……えっ?」
ロバートは思わず目を瞬かせた。
「ちょっと待て、それ本当に名前!? おい、本当に名前なのかよ!!」
ロバートの全力のツッコミに答えることなく、シャドウは颯爽と馬に乗り込み、王都へと出発していった。
***
王都、フェルメール家別宅。
優雅な昼下がり、セシリアがリビングでお茶を楽しんでいると、控えめなノックの音が響いた。
「アンナ、出てちょうだい」
「はい、お嬢様」
アンナが扉を開けると、そこには漆黒の外套を被った男が立っていた。
「……フェルメールからの、至急の手紙だ。」
男はそれだけ言うと、アンナに手紙を手渡し、一礼して踵を返して去っていった。
「……なんだか、拍子抜けですわね」
セシリアがティーカップを置きながら首を傾げる。
「もっとこう、窓ガラスを突き破って転がり込んでくるか、天井裏から現れるかと思いましたわ」
「時と場所と常識を弁えているのでしょう」
アンナは無表情のまま手紙の封を切り、中身に目を通した。そして、わずかに眉を動かす。
「……お嬢様。アルベルト様からの『至急の要望』です。現場のモルタルを急速に乾かすため、『ドライ』の魔法をかけ続ける要員が絶望的に足りないとのこと。繊細な魔法の技術は問いません。ただ『魔力量』さえあればいいので、王立魔法学校や私立の魔法学院の卒業生を、金に糸目をつけず至急かき集めろ、という指令です」
「まぁ。エリートである魔法使いを、ただの巨大なドライヤーとして使うおつもり? 相変わらず狂った現場ですわね」
セシリアは扇子で口元を隠し、目を細めた。
「それと……」
アンナが、呆れたような声でさらに便箋をめくった。
「ここから先はロバート様の個人的な追伸なのですが……『ついでに、我が愛しのマリーの輝かしい未来のため、宮廷魔導師にふさわしい最高峰のエリート家庭教師も同時に見つけてくるように。魔法の才能が開花したマリーの可愛さとその輝きは星のごとく――』……以降、便箋三枚に渡って娘への異常な愛と自慢が綴られております」
「まぁ!」
セシリアは目を丸くして純粋な驚きの声を上げた。
「マリーが、魔法を開花させましたの!? それは大変喜ばしいニュースですわね。ですが、泥靴村にはバッカス殿がいるのに何故、家庭教師を?」
アンナは手紙の二枚目に目を落とし、淡々と答えた。
「……バッカス殿は口が荒く、未来の宮廷魔導師(淑女)の教育上よろしくないそうです。それに、あの方はそもそも、あの超エリートの『ゼノス』以外は絶対に弟子を取らなかった方ですからね。ロバート様としては、何が何でも『王都の洗練されたお上品なエリート』をマリー様につけたいようです」
「……なるほど」
その説明を聞いた瞬間、セシリアの顔から先ほどのふんわりとした笑顔がスッと消え、絶対零度の冷たい目つきに変わった。
「父親の身勝手なポエムには反吐が出ますわね。アンナ、その後半の三枚は暖炉に放り込んでちょうだい」
「はい」
アンナは無表情で短く答えると、一切の躊躇なく、ロバートの血と涙と親バカの結晶を暖炉の炎の中へポイと投げ捨てた。
「どうされますか、お嬢様。マリー様の家庭教師はともかくとして、魔法学校の卒業生はプライドの塊です。いくら給金が良くても、泥靴村で土を乾かす『ドカタ仕事』など、好んで受ける者がいるでしょうか」
「オホホホ!」
アンナの懸念を打ち消すように、セシリアの高笑いが響き渡った。
「相変わらず凡人ですわね、アンナ! まともに募集をかければ、誰も見向きもしないでしょう。ですが、今の時期、魔法学校や魔法学院には『ちょうど良いターゲット』がウヨウヨしていますわよ!」
「と、おっしゃいますと?」
セシリアは扇子をパチンと閉じ、悪魔のように微笑んだ。
「貴族の就職試験(お上品で繊細な魔法)に落ちて、行き場を失っている『落ちこぼれ』たちですわ! 貴族たちの採用はとうの昔に終わり、年を越せば『野良魔法使い』に転落することが確定している不器用な生徒たち……。タイムリミットが迫って焦り狂っている彼らの鼻先に、この『泥パックで稼いだ莫大な前金』をぶら下げて差し上げますわ!」
「……なるほど。彼らの弱みと欲望、そして『時期的な焦り』を同時に突くのですね」
アンナが感心したように頷くと、セシリアはさらに口角を吊り上げた。
「ええ。それに……もし金だけで首を縦に振らなければ、彼らのちっぽけなプライドを粉々にへし折る『奥の手』……今貴方が口にした、あのゼノスすら逃げ出したという噂も使えますわよ」
「……悪魔ですね。すぐに手配いたします」
アンナが一切の無駄なく手帳にメモを取る。
王都の別宅から、現場を救うための『最凶の魔法使い派遣事業』が、今まさに産声を上げた。
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