第114話 玉突き事故!求む魔法の乾燥機
ロラン領に『悪魔の出張屋台と露天風呂』が導入された翌日。
泥靴村の資材受け入れヤードは、朝からかつてない異常事態に見舞われていた。
「おい、ロラン領の連中、昨日までの二倍……いや、三倍のペースで枝を運び込んできやがるぞ!?」
「まて、それより……あいつら、なんかおかしくなってないか?」
「エール!(エール!) 風呂!(肉!) 風呂!(肉!)」
血走った目で変な掛け声を繰り返し唱えながら、次々と馬車で枝の山を降ろしていくロラン領の領民たち。その尋常ではないバフ(労働意欲)の恩恵、いや『被害』をモロに被ったのは、泥靴村のマット編み部隊だった。
「枝の在庫置き場がもう溢れる! 早く編め! ハルバードの実習生たちも手を休めるな!」
「なんだ一体!編んでも編んでも枝が減らねえぞ!?」
ロラン領からの爆速納品に押し出されるように、泥靴村のあらゆる場所で粗朶マットが狂ったようなペースで生産されていく。
完成したマットは次々と前線へ向けて運ばれていくが、ここでついに『工程の玉突き事故』が発生した。
「駄目だ! 温泉旅館の横に作った仮置き場、もうマットで埋まっちまってるぞ!」
「ならその先の平地に持っていけ! とにかくここからマットを退かさないと、次の枝が置けねえんだよ!!」
後方からの異常な生産圧力に耐えきれず、運搬部隊は溢れ返ったマットを抱え、最前線である『階段断層のハブ拠点』へと雪崩れ込んだ。
だが、そこはまだ――。
「よしっ、金ゴテ仕上げまで終わったぞ!」
「いやぁ、腰がバキバキだぜ!汗と涙の結晶だな……!」
最前線の断層地帯で、地面の凹みに手作業でモルタルを練り、真っ平らな基礎盤面を塗り上げたばかりの左官職人たちが、満足げに汗を拭っていた。
「どけどけーっ! マットのお通りだァァッ!!」
「後ろがつっかえてんだよ! 早くそこに置かせろ!!」
ベチャッ! ズブズブッ! ドサァッ!
生乾きのモルタルに、無数のブーツ跡が深く刻まれる。
「…………あっ」
「てめぇらァァァァッ!! 今、俺たちが半日かけて塗ったばっかりの生モルタルだろうが!!」
「知るかよ!! 仮置き場がパンクしてんだ!置く場所がねえんだよ!!」
前線のド真ん中で、手にしたコテを振り回す基礎部隊と、マット運搬部隊の胸ぐらを掴み合う大喧嘩が勃発した。
***
「……という訳ですな。モグラ叩きのように問題点が出て来ています」
フェルメール邸の執務室。
クラークからの悲痛な報告を受け、アルベルトとロバートら首脳陣は一斉に頭を抱えていた。
「どういうことだ……。ロラン領からの資材不足が解消された途端、今度は我々の現場がパンクしたというのか?」
アルベルトが胃の辺りを押さえながら唸る。
(……ふぉふぉふぉ。完全に『工程の玉突き事故』じゃな。)
応接セットの端でりんごジュースを飲んでいたカイトは、内心で重いため息を吐いていた。
(後工程のペースに合わせて、必要なものを必要なだけ作る『ジャスト・イン・タイム(JIT)』。前世でさえ、職人にこれを徹底させるのは至難の業じゃった。
目の前に材料があればあるだけ『俺の仕事は終わらせたぜ!』と全力で作り上げてしまうのが、労働者の悲しい性じゃからな。……ましてやこの世界の者たちに、工程管理の概念など通じるはずがないわい)
カイトがストローを噛みながら現場の惨状を思い描いていると、ロバートが渋い顔で提案した。
「……旦那様。こうなっては仕方ありません。ロラン領に発注をストップするか、せめて泥靴村のマット編み部隊の作業を一時停止させましょう。
マット敷きの作業も、いまは岩のテラスの境目を探す仕事で止まっています。これ以上マット置場を広げれば、今度はハブ拠点の建設資材置場や、実際の建設現場にも影響が出ます。それに、モルタルが乾くまで養生するには、どうしても『時間』が必要です」
「確かに、それしかないか……」
アルベルトが頷きかけた、その時だった。
「だめだよ!!」
カイトがりんごジュースのコップをドンッと置き、満面の笑みで声を上げた。
「テラスのはしっこが、見つかれば、またドカドカとマットを使うもん。それにパパ! モルタル、すぐに かわかす 方法があるよ! 『ドライ』の まほうだよ!」
「……ドライ?」
アルベルトが目を瞬かせると、カイトは力強く頷いた。
「うん! ハルバードのガラスの お店でね、おじちゃんが『ドライ』って 言って、お部屋の しっけ(湿気)を とばしてたの! あれを モルタルに かけたら、あっというまに かわくよ! まほう使いの人が来るまで、ぼくやるよ。バッカスおじちゃんがドライの ませきを もってるから」
(ふぉふぉふぉ。以前、地盤改良の実験をしてボツになった『ドライ』の魔石が、こんなところで役に立つとはのぅ! モルタルの養生期間をすっ飛ばすには、乾燥魔法のゴリ押しが一番じゃ!)
その言葉を聞いた瞬間、クラークの眼鏡がズリッと鼻筋を滑り落ちた。
「なっ……!? 『ドライ』の魔法で、泥を乾かす……!?た、確かにガラス工房や錬金術師が局所的に使うことはありますが……! エリートである魔法使いを、ただ地面を乾かすためだけの『乾燥窯』に使うなど聞いた事もありませんぞ!?」
「いや、それを言うなら、ミスリルを泥に刺したり、ローラーの車軸に使ったり、もう色々とおかしな事をしてるんだ、この職場は……」
アルベルトはこめかみを抑えながら呟いた。
「そ、そうでしたね。今更、魔法使いの無駄遣いに驚く必要はありませんでしたな……」
クラークはコホンと咳払いをして、ズレた眼鏡を押し上げた。
「しかし若様」
ロバートが、少し困ったような顔でカイトをたしなめる。
「若様がやれば一瞬で乾くでしょうが、若様の魔力を流せば魔石はすぐに焼き切れて粉々になってしまうんじゃないですか? それに、監督である若様がずっとモルタルの前で魔力を流し続けるわけにはいきません」
「うむ。ロバートの言う通りだ」
アルベルトも腕を組んで深く頷いた。
「人員の補充が急務だな。だが、実務レベルの魔法使いなど、この辺境でそう簡単に見つかるはずがないぞ」
「ならば提案なのですが……」
クラークが、理知的な光を瞳に宿して口を開いた。
「王都には『王立魔法学校』や、私立の魔法学院が存在します。そこの卒業生……あるいは貴族への就職にあぶれた者たちを、破格の給金で新規募集してみてはいかがでしょうか?『ドライ』を使うだけなら、繊細な技術よりも『魔力量』さえあれば重機として機能するはずです」
カイトの耳が、ピクリと動いた。
(……ほう! 王立魔法学校や、私立の魔法学院の卒業生じゃと!?)
カイトの脳内に、以前バッカスから聞いた『魔法学校』の存在がフラッシュバックする。
(王立魔法学校のOBを今のうちに現場で囲い込んでおけば、五年後に入学した時の先輩コネが最強じゃ!特に『ドライ』専門の落ちこぼれ連中は、ワシの工学理論で再教育すれば、永久機関級の乾燥重機に化けるわい……ククク)
ロバートが身を乗り出して力強く賛同した。
「それは名案ですな、クラーク殿!!」
「王都の学院出身者なら、現場の仕事のついでに、うちのマリーの魔法の『家庭教師』として雇うこともできるんじゃないかと!マリーは先日のローラー作業で素晴らしい適性を見せた! 今から英才教育を施さねば、将来の宮廷魔導師 が逃げてしまう!」
「……ロバート。お前の公私混同はともかく、理にかなった案ではあるな」
アルベルトは苦笑しながらも、即座に決断を下した。
「よし。ロバート、王都の別宅を任せている、セシリア嬢に指令を出そう。至急、王都で魔法使いをスカウトして現場へ送り込むように、と」
「承知いたしました。すぐに手紙をしたためます!」
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