第117話 超VIP待遇!勘違いの魔力樽
面接を終え、二人の採用を決定した日の午後。
アンナは王都の乗合馬車のギルドへ足を運び、泥靴村へと向かうメリダとウドのためハルバードまでの「一番安い乗合馬車」の手配を済ませていた。後は、ハルバードに迎えの馬車を手配してもらうだけだった。
その後、彼女は大事な『別のお使い』のため、ノルド辺境伯の王都別邸へと向かっていた。
手には、モーガン商会特製の『F』の焼き印が入ったスライダー革巾着袋。その中には、高級感のある小瓶が一つ収められている。中身は当然、今や王都の貴族夫人たちの間で狂信的な人気を誇る『フェルミエール・ミラクルマッド・プレミアム美肌泥パック』である。
辺境伯別邸の裏口に到着したアンナは、家令に品物を渡して早々に帰ろうとした。
しかし、裏口には、なぜか辺境伯の奥様本人が待ち構えていた。どうやら、泥パックの到着を今か今かと楽しみにしていたらしい。
その時、アンナの視界の端に、異様な存在が飛び込んできた。
分厚い装甲板に金糸の刺繍、重厚な装飾が施された巨大な馬車。
王族や他国の大公が乗るような、圧倒的な威容を誇る一台が、裏口の脇に静かに停まっていた。
「奥様、どなたかやんごとなきお客様がお見えになっているのでは? お邪魔であれば、出直してまいりますが……」
アンナが気を利かせてそう言うと、奥様はコロコロと上品に笑った。
「うふふ、違うわよ。あれはウチの馬車。車軸の部分が、王都の職人じゃなければどうしても直らないって言うから、こっちに運んで修理してもらっていたのよ」
言われてよく見れば、重厚な装飾の一部に、武門の要であるノルド辺境伯家の紋章がしっかりと刻まれている。普段、奥様が王都の移動で使っているお茶会用の優雅な馬車とは、まったく別次元のシロモノだった。
「左様でございましたか。それにしても、素晴らしい馬車ですね。……実は先ほど、うちの新規雇用の者たちのために乗合馬車の手配をしてきたところなのですが、同じ馬車という乗り物とは思えないほどの重厚さですわ」
アンナはただの世間話のつもりでそう言った。
だが、それを聞いた奥様の目が、獲物を見つけた鷹のようにキラリと光った。
「どこに向かうのかしら?」
「ハルバードの手前です」
「あら。なら、その乗合馬車はキャンセルして、あの馬車に乗って行きなさいな」
「……はい?」
「明日、ちょうどあの馬車をノルドの領地まで運ばせるところだったの。ハルバードならノルドの途中でしょう? ついでにあなた達の新人さんも乗せていってあげるわ」
「よ、よろしいのですか? 辺境伯家の本邸用馬車に、平民の雇われ人を乗せるなど……」
「構わないわよ。空のまま走らせるのも勿体無いしね」
奥様は気前よく笑うと、アンナの耳元にスッと顔を寄せ、貴族特有のねっとりとした、しかし有無を言わせぬ笑みを浮かべて囁いた。
「――そ・の・代・わ・り、ねぇ?」
(……なるほど。もう一瓶、泥パックを都合しろということですね)
アンナは瞬時に奥様の『裏の要求』を察知した。
泥パック一瓶で、あの超高級な辺境伯VIP馬車をチャーターできるなら、安い買い物である。アンナは深々と一礼した。
「……承知いたしました。奥様のご厚意に、フェルミエール本社より心からの『感謝の品(もう一瓶)』を、後日必ずお届けにあがります」
斯くして、魔法学校の落ちこぼれであるメリダとウドの二人は、アンナの泥パック外交により、図らずも『ノルド辺境伯の超豪華な貴族用馬車』に乗って泥靴村へ向かうことになったのである。
***
翌朝。王都にあるフェルメール家の別邸。
指定された時間にやってきた二人の姿を見て、セシリアはふうと小さくため息をついた。
メリダは昨日と同じ、丈をズルズルに引きずった魔法学校の制服姿で、肩には相変わらず丸太のような杖を担いでいる。
その隣に立つ巨大なウドは、明らかにサイズのあっていないパツンパツンの私服姿だった。胸元のボタンが今にも飛びそうな様子である。
本人はただ金がなくて服を買い替えられないだけなのだが、その巨体と前髪で隠れた顔も相まって、どこからどう見ても『服がはち切れるほど巨漢の不気味な男』だった。
セシリアのその視線に気づいたメリダが、顔を真っ赤にしてキャンキャンと噛み付く。
「……うっせー! 何着て行こうとアタシの勝手だろ? マトモな服はこれしかねぇんだよ!」
「私は何も言ってませんことよ。……魔力樽一号さん」
「はぁ!?」
馬鹿にされたと気づいてメリダが杖を振りかぶろうとした時。
別邸の奥から出てきたアンナが、無表情のまま二人の間に割って入った。
「馬車が来ます。こちらへ」
アンナは淡々とそれだけ言うと、言い争いを無視して表通りへと歩き出していく。
「おいおい、どこに行く気なんだよ! アタシらは泥靴村に行くんだろ!」
「……」
文句を言いながら後を追うメリダと、無言でついていくウド。
しかし、表通りに出た二人は、そこに停まっていた『あり得ない代物』を見て完全にフリーズした。
分厚い装甲板に金糸の刺繍、車体には恐ろしげな紋章がデカデカと刻まれている。王族が乗るような圧倒的な威容を誇る超重厚な馬車が、そこに静かに待機していたのだ。
アンナが屈強な騎士の格好をした御者の男と何事か二、三言葉を交わし手紙を渡す。それが終わると、彼女はこちらを振り返って淡々と言った。
「さあ、馬車に乗ってください」
「マ、マジかよ……。スゲェな……」
メリダは肩に担いだ丸太を落としそうになりながら、震える声で呟いた。
隣のウドも、前髪の奥で目を限界まで見開き、「……(ポカーン)」と口を半開きにして間抜けな顔を晒している。
「良かったですね。フェルメール領まで向かってくれるそうです。では」
アンナは、それがさも『当然の社用車』であるかのように言ってのけると、呆然とする二人を押し込むように乗せ、ガチャリと重厚な扉を閉めた。
やがて、四頭立ての屈強な馬に引かれ、辺境伯の馬車が静かに走り出す。
恐ろしいほど分厚い装甲のはずなのに、車内は最高級のクッションとサスペンションが効いており、信じられないほど静かで揺れがなかった。
ふかふかのビロードのシートに沈み込みながら、メリダとウドは、あまりの豪華さにキョロキョロと内装を見回した。
「……なぁ。なんかアタシたち、スゲェ良いところに雇われたんじゃね?」
「……(コクコクコクッ!)」
ウドがかつてないほどのスピードで何度も頷く。
王都で全落ちし、誰からも期待されていなかった落ちこぼれの二人。彼らはこの瞬間、自分たちが『選ばれしエリート』として泥靴村という伝説の現場へ向かっているのだと、完全に(そして致命的に)勘違いを完了させていた。
二人の『魔力樽』と特大の勘違いを乗せた超豪華馬車は、一路、北のフェルメール領を目指して進んでいくのだった。
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