第112話 デスマーチ!崩壊する補給線
泥靴村に隣接する『ロラン騎士領』の領主の館では、かつてないほどの怒号と悲鳴が飛び交っていた。
「ロラン様! もう限界です! 勘弁してください!!」
目の下にドス黒いクマを作った村長が、領主であるロランの執務机にすがりついて泣き叫んでいた。
「どうしたというのだ! 泥靴村からの資材発注は前代未聞の規模、我が領地にはかつてないほどの金が落ちているじゃないか!」
ロランが帳簿を見ながら興奮気味に言うが、村長の顔は絶望に染まりきっていた。
「金があっても、使う暇がねぇんですよ!! 本来なら明日は『安息日』で村は休みのはずなんです! なのにあの黄色いヘルメットの悪魔は『休日は割増料金(手当)出すから、倍持ってきてね!』って爽やかに笑うんです! 昨日、日が暮れるギリギリまでかかって、馬車二十台分の『枝の山』を泥靴村の現場に下ろしたばかりです! それなのに、今日のお昼に次の便を持っていったら、あの山がもう欠片も残ってなかったんですよ!?」
「な、なんだと……!? あの量を半日で使い切ったというのか!?」
泥靴村の連中は、一体どうやってあの莫大な枝を編み込み、土に埋めているのか。ロランには全く想像もつかなかったが、現場の悲痛な報告はそれだけではなかった。
「おまけに、伐採のペースが早すぎて、カルデラ湖の右奥に作った『新しい村』のさらに奥まで入らないと、もう太い木が残ってねぇんです!」
「新しい村……ああ、以前、泥靴村の建築を手伝った大工たちが、たっぷりと貰った謝礼金で拡張したという、あの湖畔の村か」
ロランが思い出すと、村長の後ろに控えていた木こりの親方が、血走った目でフラフラと前に出た。
「ええ……。皮肉なもんですよ。手前の森を全部切り倒しちまったおかげで、今やあの村は、カルデラ湖が一望できる見事な絶景の村になっちまいました。……でも、誰一人として景色なんか見てねぇんです!! みんな枝を切って縛って運ぶので精一杯で、毎日泥のように眠るだけなんですよ!」
親方の目から、ツーッと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ロラン様……俺たち、このままだと過労で倒れちまいます。なのに、あの黄色いヘルメットを被った五歳の悪魔が、満面の笑みで『あしたは もっと いっぱい もってきてね!』って手を振ってくるんです……! 夢に出るんですよ、あの笑顔が……っ!」
「ひ、ヒィィッ……!」
かつては泥靴村の特需で潤い、湖畔の新村まで作って浮かれていたロラン騎士領の領民たちは今、終わりの見えない『資材調達デスマーチ』の真っ只中に放り込まれていた。
前線(泥靴村)の異常な施工スピードが、後方支援(ロラン騎士領)の兵站を完全に食い潰そうとしているのだ。
「と、とにかく……金払いだけは異常に良いんだ! 倒れる者が増える前に、他領から臨時の人足を雇い入れろ! なんとしても泥靴村のペースに食らいつくのだ!」
「ロラン様ァァァッ!! なんとか休みを…休める日を作ってください。お願いします!」
***
「――という訳なのです。アルベルト殿、どうか……どうか少しだけ発注のペースを落としてはいただけないだろうか……!」
ロランはアルベルトの執務室にある応接セットに深く腰掛け、両手で顔を覆いながら悲痛な現状を吐露していた。
泥靴村の異常な施工スピード。それに追いつくためにハゲ山と化していくロラン領の森と、新村の絶景。そして、過労で倒れかけている領民たち。
同席して話を聞いていたハルバード領の内政官クラークは、羊皮紙に素早く計算を書き付けながら、青ざめた顔で眼鏡を押し上げた。
「……信じられませんな。我がハルバードから派遣した実習生たちが加わり、粗朶マット編みのペースが跳ね上がったとはいえ、まさかロラン領の森が丸ごと一つ消えかけるとは……」
「ええ。フェルメール家から頂いている破格の報酬には、私も領民一同も、心から感謝しております。……ですが、いかんせん施工の速さが尋常ではなく、彼らにはその金を使う暇も、休む暇もないのです。このままだと、本当に過労で倒れる者が続出します……!」
ロランの切実な叫びに、アルベルトも胃の辺りを押さえて重いため息をついた。
(……ふぉふぉふぉ。ワシらの爆速施工に、さすがのロランのおっさんもついに音を上げたか。確かにマット置場の中継地点が大きくなったおかげでマット在庫を増やしたからのう。大事なスポンサー兼、大切な同盟国じゃ。ここで潰れられては困るし、裏で『黄色い悪魔』って呼ばれるのも嫌じゃしのう)
応接セットの端で、少し大きい黄色いヘルメットを被ったカイトは、出されたジュースをストローでズズッと啜りながら、内心で一人頷いていた。
(同盟国が悲鳴を上げている時に「じゃあ工期を遅らせよう」なんて言うのは三流の現場監督じゃ。こういう時こそ、元請けの腕の見せ所じゃな!)
カイトはジュースのコップをコトリと置き、満面の笑みでロランへ向き直った。
「ロランのおじちゃん! おじちゃんたちの村のひと、とっても がんばってくれてるんだね! ありがとう!」
「はは……ありがとう、カイト殿。君の期待に応えたいのは山々なのだが、私も領民も少々限界が近くてね……」
カイトの無邪気な労いの言葉に、ロランは苦笑いを浮かべた。その顔には、小さな相棒への情けなさと申し訳なさが滲んでいた。
「でも、おやすみ する じかんが ないのは かわいそうだよね。だから、ぼくたちが『おやすみ』を、ロランのおじちゃんの村に もっていくよ!」
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