第108話 振動コートローラー始動!
泥靴村の旧道入り口。
そこに鎮座する異様な物体を前に、南北の職人衆や村の男たち、そして工兵隊や人足たちは息を呑んで立ち尽くしていた。
この世界のいかなる文献にも記されていない「震える重機」である。
(ふぉふぉふぉ。ワシがポロリとこぼしたコートローラーという名前が、そのまま正式名称として採用されてしもうたわい)
『重圧式・魔導振動コートローラー』
直径一メル、幅二メルに及ぶ巨大な人工石の円柱。その中心には車軸となるミスリルの大槍が貫通し、両端にはバルカスが打ったF字の鉄枠が麻縄でガッチリと結びつけられている。
総重量はおよそ二トン。中が空洞になっている鉄製のローラーとは次元が違う、純粋な石の塊が放つ暴力的な質量を誇っていた。
「じゃあ、みんな! テストするから、ひいてみよー!」
黄色いヘルメットを被ったカイトが、パタパタとローラーの前に進み出て無邪気に両手を広げる。
「引くって……坊主、これ相当重いぞ。どうやって動かすんだ?」
バッカスがインテリ眼鏡を押し上げ、胡乱げな目を向けた。
カイトはニコニコと笑いながら、前方で交差する鉄枠の牽引ハンドルを指差す。
「ここ、みんなで もって、前に引っぱるだけだよ〜!」
その言葉に、南北の職人たちが一瞬固まった。二トンもの石の怪物が「引っ張るだけ」で動くなど、誰の目にも正気の沙汰とは思えなかったのだ。
だが、前日の粗朶マット運びで南部衆に煮え湯を飲まされた北部の男たちが、ここぞとばかりに前に出た。
「ハッ! 南の連中、すっかりビビッちまってんな?」
「こういう力仕事こそ、俺たち北部のハルバード衆の出番だろうが!」
ガチムチの北部勢七人が意気揚々と鉄枠に群がる。
二メル幅の前枠に五人がギッチリと横並びでへばりつき、左右の縦枠にそれぞれ一人が取り付いて、極太の麻縄ごと鉄枠を力一杯握りしめた。
「オラァ! いくぞォ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
七人の屈強な男たちが一斉に体重を前にかけ、二トンの塊を引っ張る。腕の筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がり、額に青筋が浮かぶ。
「ムムムムムッ……!!」
「クッソーッ! ピクリとも……重くて動かねぇ!!」
当然である。地面の凸凹に巨大な円柱がガッチリと噛み込んでおり、静止した二トンの『初動摩擦』を人間の力だけで突破するなど、物理的に不可能なのだ。
顔を真っ赤にして息を上げる北部の男たちを見て、カイトは、ポンと手を打った。
「あ、ごめんごめん! 『すいっち』いれるの わすれてた!」
「……スイッチだと?」
「バッカスのおじちゃん! ローラーの よこに ついてる『ませき』に、まほうをながしてみて!」
「おう? ああ、わかったぜ」
バッカスがローラーの側面に歩み寄り、車軸である大槍の端にむき出しになっている起動用の魔石に触れ、魔力を流し込んだ。
――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
空気を震わせるような重低音が響き渡り、二トンの巨大円柱が小刻みに激しく震え始めたのだ。
「う ううおっ!? な なんだこ こり りゃ、腕がが、震え え る ぞ ぞ!」
縄を握っていた北部の男が、裏返った絶叫を上げた。
それもそのはず。バッカスが仕込んだ百個のクズ魔石が一斉に高周波で駆動を始めたことで、二トンの円柱は単なる重石から、周囲の空気をピリつかせる「震動の塊」へと変貌していたのだ。
「あ あ あ あ あ あ……ッ!!」
縄を伝わって、男たちの剛腕、分厚い胸板、さらには立派な顎鬚までもが、見たこともない速度で細かく波打ち始める。あまりの振動に奥歯がガチガチと鳴り、視界すらも揺れて、まともに前が見えない。
「お おい!は 離せ! 痺れて手が、ははなれれれ……ッ!」
「馬鹿野郎うう! 離しししたたら足がローラーに轢かれるぞぞぞ!」
逃げようにも、強烈な振動で手の感覚が麻痺し、縄を握りしめたまま固定されてしまっているのだ。
そんな阿鼻叫喚の様子を、黄色いヘルメットを被った幼児は「わあー、すごいすごい!」とパチパチ手を叩きながら眺めている。
「今なら うごくよ! サジおじちゃん、うしろから 丸太で 押して!」
「えっ? お、おう!」
見学していたサジが慌てて丸太を拾い上げ、ローラーの後ろの隙間に差し込んで、テコの原理でグッと押し上げる。
魔導振動によって地面との摩擦が極限まで減っていた二トンの円柱は、サジの丸太のひと押しを「きっかけ」にして、ゴロンッ!と重々しく前に転がり始めた。
「おじちゃんたち、そのまま まっすぐ走ってー! 止まったら、しずんじゃうよー!」
(ふぉふぉふぉ。一度動き出せば、振動で土の中の空気が抜けて、驚くほど滑らかに進むはずじゃ。……もっとも、引いている奴らの内臓はシェイカーの中の氷みたいな気分じゃろうがな)
「走、はしし、走れるるかか、こんなものぉぉぉぉっ!!」
怒号とともに、七人の男たちがガタガタと震える足でデコボコの旧道を踏み出した。
ここは何年もの間、重い荷馬車が通り抜けてきた旧道だ。
雨と泥、そして無数の車輪によって深くえぐれた「轍」が幾重にも刻まれ、乾燥して岩のように固まった土の隆起が点在する、馬車の車軸をへし折るような悪路である。
更にその前方を、下地作りを担う男たちが猛烈な勢いで進んでいた。
彼らの作業は、ただ無秩序に穴を埋めているわけではない。
一定間隔で打ち込んだ木の杭に、一本の長い水糸を張り、そこから路肩へ向かってなだらかに下がるように、新しい土を放り込み、スコップの裏でパンパンッと叩いて斜めの起伏を作っていく。
本来であれば、スコップで叩いた程度のフカフカな土など、重い馬車が通れば一瞬で凹んでしまうし、岩のように固まった土の隆起を平らにすることなど不可能だ。
だが、二トンの質量と魔石の超振動の前では、そんな常識すら無意味だった。
――ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
「うおおおおおおっ! 重ぇぇぇぇっ! なんだこの振動はァァァッ!?」
「う、嘘だろ……っ、ちょ、待て、お前ら速ぇ、速ぇって!」
魔力を注ぎ続けるため、車軸である大槍の端に必死にしがみついたまま小走りで伴走するバッカスが、ガタガタとズレるインテリ眼鏡の奥で目を剥いた。
この世界の魔法は、術者自身が魔力の供給源となる仕様だ。彼が手を離した瞬間に、魔石の駆動は止まってしまうのである。
「おい、見ろよ……あんなにボコボコだった道が……」
バッカス自身も強烈な振動に全身を揺さぶられながら、己が組み上げた重機が通過していく地面を見て絶句した。
ローラーが通過するたび、土の隆起が振動で脆くも崩れ去っていく。そして二トンの円柱が、その崩れた土を深い轍の中へと強引に押し込み、空気を抜いて極限まで締め固めていくのだ。
ローラーが通り過ぎた後の地面。
そこには、さっきまでの「車輪の跡」も「不快な凸凹」も、跡形もなくなっていた。
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