第109話 地獄のローラー駅伝【前】
サジが恐る恐る真新しい道に足を乗せ、つま先でグリグリと土を探る。
「……っ!? すげぇ……なんだこの平らさは。さっきまで足首が捻れるくらいボコボコだったのに……」
何度か足踏みをしたサジが、目を見開いた。
「土が、みっちり詰まってやがる……。轍の跡なんて、完全に消えちまってるぞ」
「ああ……信じられねぇ。突き棒を持った職人が何十人も並んで、何日も叩き続けなくちゃならないはずの道が、たった一回の通過でこれかよ……」
「しかも南部の街道より綺麗になってないか?」
南部の職人が、震える声で呟いた。
だが、奇跡の路盤を錬成する代償は、決して安くはなかった。
「も、もう……だめだぁぁぁ……ッ!!」
突如、前枠を引いていた北部の男の一人が限界を迎え、泥の上にズルリとへたり込んだ。限界を超えてシェイクされ続けた筋肉が、完全に言うことを聞かなくなったのだ。
伴走しながら大槍に魔力を流し続けていたバッカスは、それを見た瞬間、反射的に魔石から手を離した。
――ゴスッ……ズシンッ!!
空気を揺るがしていた超振動が消え失せ、二トンの円柱は急激に摩擦抵抗を取り戻して「不動の岩」と化した。
「……ッ!?」
「うおわっ!?」
限界まで前傾姿勢で全力で引いていた残りの六人は、背後の重機が急停止した衝撃に耐えられるはずもなかった。
激しい振動で麻痺していた手が「バツンッ!」とグリップからすっぽ抜け、行き場を失った体重によって派手に前方へダイブする。
「べちゃあぁっ!!」
六人全員が、カエルが潰れたような無様な姿勢で下地の泥の中に突っ込み、もつれるようにして転がった。
「はぁ、はぁ、はぁ……死ぬ、腕が……千切れる……ッ」
泥まみれになった七人の北部衆が、ピクピクと痙攣する腕を抱えてうめき声を上げる。
「おいおい……魔力の消耗もバカにならねぇな……っ」
伴走を終えたバッカスもまた、膝に手をついて肩で息をしていた。
圧倒的な作業効率の裏にある、文字通り血反吐を吐くような超絶肉体労働。
カイトはパタパタと倒れている男たちとバッカスの前に歩み出ると、わざとらしくニコッと笑った。
「おじちゃんたち、おつかれさまー! すごい道ができたね!」
「ぜぇ、ぜぇ……坊主、悪魔か、お前は……」
「まほうも、ませきが 多いからキツいよね。つぎは、ぼくがやるよ!」
「だ、ダメに決まってんだろ! お前が魔法流した瞬間に、クズ魔石が全部吹っ飛ぶわ!」
「えーっ!」
「『えーっ!』じゃねぇ! こいつは魔石交換が一切出来ねぇんだ。壊れたらそれで終わりなんだよ!」
バッカスが息も絶え絶えに怒鳴り返す。
(ふぉふぉふぉ。こりゃ、機械の方もデリケートじゃな。それにギリギリまで引かせるのも危ない。無茶して誰かが転んで、ローラーに轢かれでもされたら大惨事じゃ。運用ルールをキッチリ決めんといかんの)
カイトは黄色いヘルメットの鍔をクイクイと上げながら、阿鼻叫喚の惨状を見下ろし、内心で渋い顔をした。
重機の性能は申し分ないが、現場で一番やってはいけないのは『労災』であり、次に避けるべきは『重機の破損(工期遅れ)』である。倒れるまで引かせるような運用は三流のやることだ。
「でもね、これだと みんな あぶないから、つぎから『おやくそく』を きめるよ!」
カイトが小さな指を一本立てると、息も絶え絶えの男たちと、遠巻きに見ていた人足たちがビクッと肩を揺らした。
「えっとね、ひっぱる おじちゃんたちは『五十歩』すすんだら、ぜったいに ストップして こうたい! むりしちゃ ダメだよ!」
「ご、五十歩で……交代?」
「うん! あと、ぜったいに『走らない』こと! ゆっくり歩いた方が、かたくなるんだよ! バッカスのおじちゃんは、横を いっしょに 歩きながら みんなを見てて。あぶない!って おもったら、すぐに『スイッチ』を きってね!」
カイトの提案に、現場の空気がハッと変わった。
五十歩での交代なら、限界を迎える前に安全に止まることができる。しかも「走らない(ゆっくり進む)」というルールは、体力の消耗を防ぐだけでなく、振動を土にじっくりと伝えるための理にかなった手順だった。
幼児の口から飛び出した、『安全第一の作業手順』に、バッカスは眼鏡の奥の目を丸くした。
「……なるほどな。限界まで酷使するんじゃなく、余力を残してゆっくり回し続けるのか。その方が怪我人も出ねぇし、結果的に道もよく締まる……坊主、お前本当に五歳か?」
「えへへー! じゃあ次は、南部のお兄ちゃんたち、じゅんばんで おねがいねー!」
カイトが無邪気に手を振って指名した瞬間。
さっきまでローラーの通る道の前で下地作りを行っていた南部の職人衆が、一斉に「ヒッ」と息を呑んで顔を青ざめさせた。
「お、俺たちもアレをやるのか……!?」
「当たり前だろ……っ、ぜぇ、ぜぇ……俺たち北部衆だけが、こんな泥を被るなんて不公平だからな……」
泥まみれで倒れ伏していた北部の男が、痙攣する腕を押さえながら、悪魔のようにニヤリと笑う。
「さあ南部の連中、五十歩だぞ……。死ぬ気で引っ張って、せいぜい綺麗な道を作ってくれや……っ!」
「ヒィィィッ……!!」
かくして、安全第一という名の絶対的なルールのもと、南部対北部の『五十歩交代のローラー駅伝』が幕を開けたのだった。
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