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第103話 食費もおごり!二百人の職人団

(……ふぉふぉふぉ。泥パック一つで伯爵の心を完全に掴んだわい。これで平地のハブ拡張予算も、倉庫の追加投資も、全部伯爵持ちじゃ! 次は「人手」と「専門職」を引き出す番じゃのう……。職人三人衆の所も人が増えたといえ、これだけの工事はさすがにキツいじゃろ)


カイトは黄色い帽子をキュっと直すと、無邪気な笑顔を全開にしたまま、伯爵に向かってトテトテと近づいた。


「おじちゃん! ありがとう! おっきな おうち(倉庫)と おやど(宿屋)作るの、すっごく たのしみ!」


伯爵はまだ小瓶を懐に抱えたまま、感嘆の余韻に浸っていたが、カイトの言葉にハッと我に返った。


「ふむ……そうだな。倉庫と宿屋は急務だ。資金は私が追加で出す。だが、アルベルト。この村に、そんな大規模な施設を短期間で建てるだけの職人がいるのか?」


アルベルトは慌てて首を横に振った。


「は、はい……いえ、その……大工や石工、鍛冶屋は旅館の工事や、村の仕事もあって……今の人数では到底……」


「ふふん。やはりな」


伯爵は腕を組み、鋭い視線をアルベルトに投げかけた。


「ハルバード領には、熟練の大工集団、石工ギルド、鍛冶師団が揃っておる。木材も石材も鉄も、ガラスも、質の良いものが豊富だ。……貴公の村がこれほどまでに可能性を秘めているなら、当然、私の領から人を貸し出すべきだろう」


カイトの目がキラリと光った。

(来た来た! 伯爵よ、ようやく本丸じゃ!)


「おじちゃん! ほんとう? おおきな おうち作る人、いっぱい きてくれるの?」


伯爵はカイトのヘルメット頭をグリグリ撫でながら、珍しく柔らかい笑みを浮かべた。


「もちろんじゃ、カイト。……アルベルトよ、私の領から『百人の職人団』と、あの『粗朶道』のような特殊な土木技術を間近で学ばせるための『百人の人員』、合わせて二百名を派遣しよう。工期は……三ヶ月以内にハブ拠点を形にしろ」


「に、二百名……!?」

アルベルトが息を呑んだ。


「そうだ。ただで人と金を出してやるほど、私はお人好しではないぞ。職人を貸す代わりに、我が領の者たちにも貴公の村の技術を習得させてもらう」


伯爵の抜け目ない要求。だが、ここでアルベルトは表情を引き締め、まっすぐに伯爵の目を見返した。


「……閣下。大変ありがたいお申し出ですが、技術の無償提供という条件は呑むわけにはまいりません」


「ほう?」


伯爵の眉がピクリと動く。融資を受けている男爵が、最大のスポンサーに条件を突き返したのだ。護衛たちに緊張が走る。


「……実は現在、南部のオデール伯爵領から百名の者たちが実習に来ております。彼らには『技術指導料』として金貨百枚を頂戴し、労働力と引き換えに粗朶の技術を教えているのです。もし閣下の者たちに無償で技術を公開すれば、正当な対価を払ってくださったオデール伯爵に対して、我がフェルメールの面目が立ちません」


アルベルトの毅然とした言葉に、天幕の中が静まり返った。


(……ふぉふぉふぉ! おっ、親父! いいぞ、よく言った! スポンサー相手でも譲れない一線はきっちり引く。他所との契約を盾にして、ビジネスの筋を通すとは……なかなか堂に入ってきたじゃないか!)


カイトは内心で、パパの成長に拍手喝采を送った。

伯爵はしばらくアルベルトをじっと見つめていたが、やがて「フッ」と口角を上げた。


「……なるほど。あの生真面目なオデールが、金貨百枚を払ってでも欲しがった技術か。確かに去年の水害は、甚大な被害だったと聞く。ならば、私だけがタダ乗りするわけにもいかんな。ハルバード家の名折れになる」


伯爵は地図をバンッと叩いた。


「よかろう! ならば、これから建てる『ハブ施設の全建設資金』と『資材の全額負担』……さらに、我が領から派遣する二百人が滞在中に消費する『食料の全額支援』。これらをすべて、ハルバード家からの『二百名分の技術指導料および投資』として正式に契約しよう。これで文句はあるまい?」


「なっ……!? しょ、食料の全額支援まで……!?」


アルベルトの顔から、今度は驚きで血の気が引いた。二百名もの大男たちを三ヶ月滞在させる食費など、金貨百枚どころの騒ぎではない莫大な額になる。


「アルベルトよ、ハルバード領は王国でも指折りの穀倉地帯だ。二百人の大男を食わせる程度の麦や干し肉など、たかが知れている。職人団と共に、当面の食料も馬車で定期的に運び込ませよう」


(っしゃああっ! 建設費も食費も全額おごりじゃーーっ!!)


カイトは内心で特大のガッツポーズを決め、狂喜乱舞した。


「わあーい! おじちゃん、すっごーい! パンもお肉も、いっぱい もってきてね!」


「ああ、任せておけ。……だが、これだけの大規模な人と物資が動くとなれば、現場を取り仕切る『優秀な頭脳』が必要になるな」


伯爵はそう言うと、天幕の外に控えていた一人の男を呼び寄せた。


「クラーク。入れ」

「はっ。失礼いたします」


天幕に入ってきたのは、神経質そうな細身の男――ハルバード領の優秀な内政官、クラークだった。彼は本日の視察にも随行し、カイトのデモンストレーションや宿場町の構想を、常に背後で無言のまま羊皮紙に記録し続けていた男である。


「クラークよ。お前には明日から、この泥靴村に常駐してもらう。ハルバードから送り込む二百人の人員と資材、食料の管理、そしてフェルメール家との連携をすべて取り仕切れ。そして、彼らの土木技術を一つ残らず目に焼き付けてこい」


「承知いたしました、閣下。……して、一つ進言がございます」


クラークは手元の分厚い手帳をめくり、眼鏡の位置を直しながら言った。


「先ほど村の外れに野営地を拝見しましたが、なるほど、テント生活を行っているのは南部のオデール領から来ている者たちなのですね。……閣下、現在この村には、我が領からの二百名を受け入れるだけの建物(宿屋)がございません。派遣する者たちにも、当面は天幕テントを持参させる手配が必要かと存じます」


「む……」


勢いで二百名の派遣を決めた伯爵だったが、痛いところを突かれて「しまった」という顔をした。


そして、粗朶道の警備名目で普段からこの村に駐留している自領の騎士、ラインハルトに向き直った。


「ラインハルト。村に宿がないとのことだが、お前たちは普段どこに寝泊まりしているのだ?」


「はっ。我々は丘の中腹の建物に宿泊所を作っていただき、そこに寝泊まりしております。ただ、ベルノー子爵家から派遣された護衛の方々も同室におりますので、すでに八名で完全に埋まっております」


ラインハルトの生真面目な報告を聞き、伯爵は「やれやれ」と額を押さえた。


「……そうか。ならばクラークの言う通り、二百名分の大型天幕と寝具もハルバードから持参させろ。すべて経費に計上して構わん」


「承知いたしました。……アルベルト様、そしてカイト様。微力ながらお力添えさせていただきます」


クラークは恭しく一礼すると、手元の分厚い手帳を押し戴くようにして、畏敬の念を込めてカイトを見た。


「カイト様のあの恐るべき魔法の才と、先を見据えた類まれなる建築の采配……。このクラーク、一番近くで学ばせていただきます」


(……ふぉふぉふぉ。この生真面目そうな有能内政官殿が現場監督補佐マネージャーとして付いてくれるなら、資材管理から食料、果てはテントの手配まで全部丸投げできるわい。最高に仕事がやりやすくなるぞい!)


カイトは「えへへ」と無邪気に笑いながら、クラークに手を振った。


かくして、伯爵からの「莫大な追加融資」「二百人の人員」「全額支給の食料と寝床」、そして「超優秀な現場管理役クラーク」という、街づくりにおいて喉から手が出るほど欲しいリソースのすべてを、フェルメール家は完璧に引き出すことに成功したのだった。


***


その日の夜。


アルベルトは寝室で妻のエレナに伯爵来訪後の心情を吐露していた。


「……エレナ、正直に言うと私は怖いんだ。あの子の描く図面は、私の理解をとうに超えている。伯爵やクラーク殿の前では堂々と振る舞っているが、内心はいつボロが出るかと足が震えているんだ……。だが、私は……父親として、必死に食らいつくしかないんだ」


エレナは優しく微笑むと、震える夫の手を両手で温かく包み込んだ。


「大丈夫よ、あなた。あの子がどれほど凄い道を作ろうとも、その道を守る『壁』になれるのは、父親であるあなただけですもの。一人で背負わないで、私も一緒に食らいつくわ」


その真っ直ぐで力強い言葉に、アルベルトは緊張が解けたように深く息を吐き出した。


「……ああ、そうだな。ありがとう、エレナ」


月明かりの下、アルベルトは妻の手に自分の手を重ね、再び領主としての、そしてカイトの『父親』としての確かな覚悟を宿したのだった。

本日もお読みいただき、ありがとうございました!

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