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第104話 超精密図面と、絶句する親方衆

泥靴村の広場に、『泥靴工兵隊』の面々が整列する。

隊長のロバートが木箱の朝礼台に立ち、本日の連絡事項を伝えていた。


「先週の伯爵来訪により、近日中にハルバードから百名の職人と百名の研修生、合わせて二百名の大集団が来ることになっている。……で、今日の門番は誰が担当だ?」


ロバートがぐるりと隊員たちを見渡すと、工兵たちがニヤニヤと笑いながら一斉に二人を指差した。


「「「ジョージとガンタです!」」」


「そうか、じゃあ今日は安心だな。ジョージ、頼んだぞ!」


ロバートがニヤリと笑って親指を立てる。


それを聞いた瞬間、指名されたジョージは顔を青ざめさせ、悲痛な叫び声を上げた。


「な、なんで俺が門番の時に集団が来るような事を言うんですか!? 難民の五十人に、南のガチムチ百人……俺が門番の日は絶対に大群が来るんですよ! 誰か、頼むからシフトをチェンジしてください!」


「そういう宿命だ。諦めろ! ……よし、以上で朝礼は終了だ。各班、持ち場へ散れ! 解散!」


「ガーンッ! なんでだぁーーっ!? これじゃまるで、俺が集団来訪の専用門番みたいじゃないですかーっ!」


膝から崩れ落ちて頭を抱えるジョージの肩を、サジや他の隊員たちが「どんまい」「お前が門番の日は絶対に来るから、逆に予定が立てやすくて助かるわ」とゲラゲラ笑いながら叩いていく。


少し離れた場所からその朝礼を眺めていたカイトは、黄色いヘルメットを直しながら、腹の中で笑った。


(……ふぉふぉふぉ。ジョージの奴、すっかり貧乏くじが定着しとるわい。じゃが、悲観することはないぞ。あいつが門に立っておれば『また来たか!』とすぐ対応出来るわい。優秀な警報器じゃ)


――そして、数時間後。


泥靴村の門の前。槍を持って立っていたジョージは、街道の彼方をじっと見つめ、ガタガタと震え始めていた。


「……ガンタ。おい、ガンタ」


「なんすかジョージ。そんなに青い顔して」


「……ほ、ほら見ろォォォッ!! やっぱり来やがったァァァ!!」

ジョージが涙目で指差した先。


街道の向こうから、もうもうと巨大な土煙が巻き上がっていた。地響きと共に近づいてくるのは、大量のテントや資材を積んだ馬車列と、見渡す限りの男、男、男の大群だ。


「うおっ!? ま、マジで来たっすね……! ジョージ、占い師になれるっすよ!」


「占い師なんかになりたくねえよ! だ、旦那様ァーッ!! 伯爵領から集団が来ましたぁ!!」


ジョージの悲鳴に近い急報を受け、アルベルトとカイト、領主邸の客室に滞在しているクラークと、工兵隊員たちが即座に門前へと駆けつけた。


村へと到着した二百名の大集団の先頭に立っていたのは、筋骨隆々の大男――ハルバード領が誇る建築ギルドのまとめ役、ダグラス親方であった。


「止まれ! 代表者以外はその場で待機を!」


ガンタとジョージが槍を交差させ、二百人の大軍団の歩みをピタリと止める。散々大集団の対応をしてきた彼らの動きには、もはや一切の無駄も隙もなかった。


「おお、クラーク様! ご命令通り、職人百名と見習い百名、それに資材と野営具の天幕一式をきっちり運んでまいりましたぜ」


ダグラス親方が、村から出迎えたクラークとアルベルトに対して胸を叩いて礼をした。


「ご苦労だった、ダグラス。長旅で疲れているところすまないが、すぐにフェルメール男爵様に挨拶を」


「ハッ。フェルメール男爵様、我らハルバードの職人団、伯爵閣下の命によりお力添えに参りました。……しかし、聞いていた通りのド田舎、いや辺境ですな。こんな泥沼の先に、本当に巨大なハブ施設とやらを建てるんで?」


ダグラスの後ろに控える職人たちも、泥靴村の様子を見てヒソヒソと話し合っている。


「王都の仕事も請け負う俺たちが、こんな村の出稼ぎとはな」


「まあ、適当な図面でサクッとデカい倉庫でも建ててやりゃ、田舎なら喜ぶだろ。とっとと終わらせて帰ろうぜ」


ハルバード領の職人たちは、優秀ゆえにプライドが高い。辺境の村での仕事など、半ばバカにしてやってきている部分があった。


(……ふぉふぉふぉ。ざわついとる、ざわついとる。職人ドカタどもが『辺境の村仕事』と舐めてかかるのは、いつの時代も同じじゃな)


アルベルトの足元から、黄色いヘルメットを被った幼児がトテトテと進み出た。カイトは無邪気な笑顔の裏で、老獪な現場監督の目をギラリと光らせた。


(新しく入った職人を掌握するには、最初の『実力提示マウンティング』が肝心じゃ。王都仕込みの腕だか何だか知らんが、ワシの現場ルールを骨の髄まで叩き込んでやるわい!)


「おじちゃんたち! 遠くから きてくれて ありがとう!」


突然しゃしゃり出てきた幼児に、ダグラス親方がキョトンとする。


「ん? なんだこのちんちくりんの坊主は。迷子か? あっはっは、おいおい、危ねえからお家でママとおままごとでも……」


「控えよ!!」


クラークの鋭い一喝が飛び、ダグラスの笑い声がピタリと止まった。


「この方をどなたと心得る! 伯爵閣下が絶賛された『魔法の大槍』の使い手にして、この泥靴村のすべての建築と都市計画を束ねる真の頭脳! フェルメール家長男、カイト様であらせられるぞ!」


「……は? 現場を束ねる……このガキが!?」


二百人の職人たちがポカンと口を開ける中、カイトは内心でほくそ笑んだ。


(……ふぉふぉふぉ。クラークの奴、今のセリフはまるで水戸黄門の助さん角さんみたいじゃな。どれ、ならばワシは印籠代わりに、この図面を見せてやるとしようかの)


カイトは腰のポーチから分厚い羊皮紙の束を取り出し、バサッと広げた。

それは、カイトが前世の知識を総動員して引き直した、超高精度の『ハブ施設群・設計図面』である。


「おじちゃん、これ、あしたから 作る おうちの おえかき(図面)ね! ここは『かたい じめん(岩盤)』だから、まず デコボコを たいらに してね! そしたら、くだいた 石と『こな(生石灰)』を まぜたものを しいて、しっかり きそ(基礎)を つくるの! お水が たまらないように、この『レベル』をつかって、みぞ(水勾配)は 百分の二 で つけるの!」


「……あぁん? ガキの落書きが図面だと? 貸してみろ!」


ダグラスが苛立たしげに、カイトの手から半ばひったくるように羊皮紙を奪い取った。


だが、その図面に視線を落とした瞬間――。


「なっ……!?」

ダグラスの動きが完全に凍りついた。


そこには、王立建築士ですら描けないような、完璧な構造計算に基づいた緻密な図面が記されていたのだ。岩盤の段差を見事に利用した建物の配置。そして幼児の口から飛び出した、「生石灰」「水勾配」「百分の二」という、あまりにも専門的すぎる指示。


みるみるうちに、屈強な大男の額から滝のような冷や汗が噴き出していく。図面を持つ太い両腕が、ワナワナと小刻みに震え始めた。


(ふぉふぉふぉ! 岩盤の上に直接建てるなら、生石灰と砂利を混ぜて魔法で水分を抜き、一気に硬化させる『人工石コンクリート』のベタ基礎が最強じゃ!)


カイトは、小さな腕にはめた『二連魔石のミスリルブレスレット』をチャラリと鳴らして見せた。


「石と『こな』を しいて お水を かけたら、ボクが この まほう で、お水を ぬいてあげる! そしたら、一瞬で ガッチガチの 『コンクリート』になって、くっつくんだよ! おじちゃんたち、プロなんでしょ? ボクの おえかき 通り、きれいに できるよね?」


カイトが小首を傾げてニコッと笑うと、ダグラスはゴクリと大きな生唾を飲み込んだ。


ダグラスは理解したのだ。目の前にいるこの幼児が、魔法の力で土木の常識を覆す『バケモノじみた建築の頭脳』であり、自分たちなど足元にも及ばない存在だということを。


「……っ、ハ、ハハァーーッ!!」


ダグラスは先ほどの傲慢な態度を完全に引っ込めると、ワナワナと震える両手で図面を恭しくカイトに返し、その場に深く、深く平伏した。


「お、親方!? なんでそんなガキに頭下げてるんすか!」


後ろでポカンとしていた職人が、信じられないものを見るような目で声を上げる。


その瞬間、ダグラスは、ガバっと振り返り、その職人の頭にガツンッと渾身のゲンコツを叩き込んだ。


「痛えッ!?」


「馬鹿野郎!! 口を慎め! こんな完璧な図面を引ける奴なんて、王都にだってイネェんだよ!!」


ダグラスの怒鳴り声に、ざわついていた二百人の職人たちが一斉に静まり返った。親方は再びカイトに向き直り、額を地面に擦り付ける勢いで頭を下げる。


「ハルバード建築ギルドの誇りにかけて! 必ずや図面通りの基礎造りと、建屋の施工を完遂してみせます、カイト様!!」


「ウチの坊ちゃんが一番えげつないっすね」

「ああ。あの大男たちを一瞬で従えちまうんだからな……」


門番のジョージとガンタがヒソヒソと囁き合う。


泥靴村は、かつてない規模の「大軍団」を飲み込み、いよいよ巨大ハブ施設の建設という未知の領域へと突入していくのだった。


本日もお読みいただき、ありがとうございました!

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