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第100話 日帰り視察のち絶句。特大圧密

皆様の温かい応援のおかげで、ついに第100話という大台に到達することができました!


ほとんど、何も用意も出来ないままにハルバード伯爵が来る日を迎えてしまった。


やれた事と言えば、生石灰のついたミスリルの大槍を綺麗にしたことと、温泉の横に休憩所を設けたこと。エレナの指示で、この付近で採れるものを使った調理と、リーザが屋敷の客室にクリーンの魔法を入念に掛けたくらいである。


物々しい警備の中、伯爵の馬車が泥靴村の広場を抜けて、丘の上のフェルメール邸にやってきた。


玄関で伯爵一行を迎えたアルベルトの隣では、エレナと手を繋いだミレーヌと、黄色い安全帽ヘルメットを被ったカイトがちょこんと立っていた。


「よーこそ、いらたいまちた」

「おじちゃん、いらっしゃーい!」


舌足らずなミレーヌと、無邪気なカイトの可愛らしい挨拶に、厳格な顔つきの伯爵もわずかに頬を緩める。


すかさずエレナが一歩前に出て、淑やかにカーテシーをして微笑んだ。


「遠路はるばる泥靴村へお越しいただき、感謝に堪えませんわ、伯爵閣下。本日のご予定はいかがなさいますか? 客室はすでに清めておりますし、ささやかながらお食事の準備も整えておりますが……」


「気遣い感謝する、マダム・フェルメール。だが、領地の政務が立て込んでいるゆえ、本日は日帰りの予定だ。ハルバード領からここまでは五十キロほどの道程……早朝に出立して馬車を飛ばせば、日帰りで十分に視察できる距離ではあるのだがな」


伯爵はそこで少しだけ顔をしかめ、自分の腰のあたりをトントンと軽く叩いた。


「いかんせん、北街道を抜けてからの悪路が酷すぎる。ガタガタと馬車が揺れるたびに、腰に響いてな。この老体に鞭を打たれている気分だったよ」


(……ほぅ! 悪路で腰を痛めただと? それは重畳! ならばワシらが作った『粗朶道』のフカフカな乗り心地が、最高のプレゼンテーションになるわい!)


「それは……大変ご不便をおかけいたしました」


カイトが内心でガッツポーズをしている横で、アルベルトが申し訳なさそうに頭を下げる。伯爵は「気にするな」と手を振った。


「そのための視察だ。貴公らが作っているという新しい道が、この腰の痛みを吹き飛ばすほどの価値があるものかどうか、しっかりと見定ませてもらおう」


「承知いたしました。では、実際に今作っている道をご案内いたします」


一行は各々の馬車に乗り込み、建築中の粗朶道へと出発した。

ズブズブと車輪が沈むはずの湿地帯。しかし、伯爵の乗る馬車は思いのほか揺れず、安定して進んでいく。


(……ほう。ここは底なしの湿地の上だと言うのに、これほどスムーズに馬車が進むとは。先ほどの悪路の揺れが嘘のようだ。いや、むしろ普通の道より、よほど腰への負担が少ないのではないか……!)


粗朶道の最前線で馬車を降りると、伯爵は感心したように周囲を見渡した。


「見事だ、アルベルト。この底なしの湿地の中に、ここまで普通の街道が出来上がっているのは素晴らしいことだ」


「ありがとうございます、閣下」


「続いて、閣下に投資していただいたミスリルの使い道についてご説明します。あちらをご覧ください」


アルベルトが指し示した先には、大人よりも巨大なミスリル製の大槍が工兵隊によって支えられていた。


「あの槍を泥沼の深く、泥の層まで刺すのです。そしてミスリルを通して魔力を流し込むことで、泥沼から強制的に水分を抜き去り、地盤を固めております」


「なるほど……説明で聞いてはいたが、実際に見てみれば納得がいく。だが、それほどの大規模な地盤改良、いったい誰が魔法を――」


「カイト、こっちへ来なさい」


アルベルトが呼ぶと、黄色い帽子をかぶったカイトがトテトテと走ってきた。


「魔法の行使は、このカイトが行っています」


「……アルベルト。貴公、まさか本気で言っているのか?」


ハルバード伯爵は、足元で黄色い帽子をかぶってニコニコしている五歳児を見下ろし、深くため息をついた。


「魔力溜まりの拡張は五歳からが常識だぞ。いくらミスリル製の、魔力伝導率が優れているとはいえ、幼児の魔力でこの底なし沼の泥を押し固めるなど……フェルメールには、他に魔法を扱える者がおらんのか?」


「か、閣下! カイトの魔法は本当に凄いのです! 決してただの子供の火遊びではなく……!」


「親の欲目で子供を過大評価するのは勝手だが、私は遊びに融資をしたわけではないぞ」


冷ややかに言い放つ伯爵。その後ろで、伯爵筆頭魔導師であるオルトも「やれやれ」と肩をすくめている。


だがその時、後ろでウズウズと貧乏ゆすりをしていたバッカスが、ついに堪えきれずに前へ出た。


「……伯爵様よ。アンタ、俺が作った『バングル』をこの坊主に贈ってくれたよな」


「む? ああ、バッカスか。あの国宝級の魔道具を作った貴殿の腕は確かだが……」


「面識があるからハッキリ言わせてもらうぜ。……このとんでもねぇ坊主はな、そこらの魔導師なんか目じゃねえほどのバケモノだ。俺は何度も『頼むからこれ以上成長しないでくれ!』って祈ったくらいだからな!」


「なっ……!?」


その言葉に、後ろに控えていた魔導師オルトが色めき立った。


「何を狂ったことを言っているのですか、バッカス殿! 天才魔道刻印師たるあなたが、そのような世迷言を……!」


「世迷言かどうか、賭けたっていいぜ? 俺はコイツより魔力量や魔力圧が凄いやつを知らねぇ!」


バッカスがニヤリと好戦的に笑うと、オルトは顔を真っ赤にして前に進み出た。


「……ほぅ、いいでしょう。そこまで言うなら、私が直々に『本物の魔法』というものをお見せしましょう。幼児と比較されること自体が屈辱ですがね!」


「ならやってみろ! 言っとくが、そこの槍に魔力を流す『圧密魔法』は、前にそれなりに使える奴が、この坊主に『三十六倍』の差をつけられて惨敗してるからな!」


オルトは鼻で笑うと、ズブズブの泥に立てられた巨大なミスリルの槍に手を触れた。


「フン、素人の魔導師と一緒にしないでいただきたい!


「ハァァァァッ!!」

オルトが気合と共に魔力を大槍に流し込む。


ズズズッ……という音と共に、槍の周囲の泥が沈み込み、水が浮き上がってきた。


その範囲は、目測で直径約二メル。大人が両手を広げたくらいの広さの泥が、地面へと変貌した。


「ハァ、ハァ……どうです! これが宮廷魔導師にも匹敵する私の……」


「おじちゃん、すごいね! じゃあ、次はボクがやるね!」


オルトがドヤ顔で振り返るより早く、カイトがトテトテと歩み寄り、槍に小さな両手をペタッと当てた。


(……よーし。伯爵から今後の予算を引っ張るためじゃ。ここは一つ、派手に見せデモンストレーションを打たせてもらうぞい!)


「おみち、かたくな〜れ。えぇ〜いっ!」


「あ、坊主! やり過ぎっ!」


バッカスが悲痛な叫びをあげる中、カイトが『圧密』の魔力を、惜しげもなくミスリルの大槍へと叩き込んだ。


ボコボコボコボコボコボコッ


――ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!


「「「なっ……!?」」」


伯爵とオルトの目の前で、信じられない光景が広がった。


槍を中心とした泥沼が、まるで巨大な見えないハンマーで殴られたかのように、一瞬にしてすり鉢状にひしゃげた。


直径約八メル。

槍を刺した先の方に少し楕円に広がった魔法は、これ以上やると、バッカスがブチギレて怒り出すギリギリのラインだ。


オルトが作った二メルの円など完全に飲み込み、馬車が丸ごと四台は駐められるほどの広大な泥の海が、一瞬にして強固な岩盤のように圧縮された。


噴き出した大量の泥水がザバーッと周囲に波打ち、静寂が訪れる。


「……あ、あ、ありえん……」


オルトは膝から崩れ落ち、震える手でその広大な地面を指差した。


「い、一瞬で、これほどの面積の泥の水分を抜き去るなど……バケモノ、だ……」


カイトは黄色いヘルメットをちょこんと直し、呆然として固まっているハルバード伯爵を見上げて、ニッコリと笑った。


「おじちゃん、これでおっきな馬車も、いっぱい とめられるでしょ?」


バッカスは呆れ顔でカイトを見た。

「だから言ったんだよ。坊主の魔法が規格外だって…」


伯爵は、ただただ引きつった笑顔で、コクコクと頷くことしかできなかった。


本日もお読みいただき、ありがとうございました!


さて、ここでお知らせです!

100話突破を記念して、この後、0時10分に「特別編SSショートストーリー」を投稿します!

本編のドロドロした現場から少し離れて、王都でお留守番(?)をしていた

ロバート、セシリア、アンナの3人による、とあるドタバタ劇をお届けします。


「なぜあんなに優秀なセシリアお嬢様の実家が没落したのか?」という、

作者なりの答えを書いた一編ですので、ぜひ併せて読んでみてください!


「100話おめでとう!」のブクマや評価、コメントをいただけると、

作者のマット編み(執筆)スピードがさらに限界突破します!


これからも『物理で殴る幼児転生』とカイト親方を、よろしくお願いいたします。ご安全に!

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