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賀茂光栄 時空を駆ける  作者: 屯田 水鏡
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九、病院

九、病院


気が付けば二人は良く晴れた空に浮かんでいた。

「若、これはどうしたことで御座りましょうや、空に浮かんでおりますぞ」

「うむ、そのようだな」

「それにしても、ここはどこで御座りますかな」

眼下に高層ビルの林立が見える。

光栄や蜘蛛丸が生まれて育った平安の世とは様相が異なっている。

どうやら、異界に辿り着いたらしい。

「若、足下を覧下され、見慣れぬ建物ばかりで、何とも気持ちの悪い眺めではござらぬか。みな、四角ばった建物ばかりで、寝殿造りなど、趣のある家は、どこを見回しても見当たりませぬなあ」

「蜘蛛丸、声は聞こえるか」

「おう、おう、若、聞こえまするぞ。確かに、あの声で御座ります、これはあっちから、いや、こっちから・・・」

「うむ、あれだ、蜘蛛丸、見つけたぞ。かの声はあの建物から聞こえて来る。分かるか?」

光栄がビル群の一角を指さす。

「あの白い建物で御座いますか。壁に何か文字が書いてございますが、何と読むので御座りましょうや」

「うむ、病院とあるのは、やまいのいん、と読むのであろうか。あの文字から推察するに、恐らく、天平の頃、聖武天皇のきさき、光明皇后が奈良の都に設けられた施薬院せやくいんのごときものであろう。してみると、この俺に助けを求めておるのは病人か?」

呟く光栄の思考は、まんざら、的外れでもない。

少しばかり違うのは、光栄が今いるのは、彼が生きた十世紀から十一世紀の初頭、つまり平安の世から、千年以上後の世界であることである。

ここでは、病院やまいのいんではなく、病院びょういんと読み、施薬院とは比べものにならない高度な治療を施していることを光栄はまだ知らない。

「若、みな空高くそびえるほどの建物ばかりで御座るな、京の都の羅城門のすぐ脇にある大寺院、教王護国寺の五重塔よりも高いかもしれませぬぞ。それに、あちこちの大路や小路を忙しく動くものがありますぞ、あれは何で御座りますか、牛車とは比べ物にならないほど、速く動いております。なにやら、虫が蠢いておるようで、落ち着きませぬな」

五重塔は万物を構成する五つの要素である地、水、火、風、空をかたどった五層に仏舎利を祀る塔である。

平安の世には五重塔よりも高い建物は無かった。

コンクリートの高層建築が登場するのは明治以降、西欧の建築文化が輸入されるのを待ってからである。

さらに、蜘蛛丸が「忙しく動いて、まるで、虫が蠢いているよう」と言った自動車が出現して一般に普及するのはその後である。

平安の世に生きた蜘蛛丸が、得体の知れない、未来の日本の姿に驚嘆の声を発するのは無理からぬことなのである。


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