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賀茂光栄 時空を駆ける  作者: 屯田 水鏡
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三、悲しげな声

三、悲しげな声


それは、ひと月ほど前の、ある夜のことであった。

深い眠りに着いていた彼の耳に、どこからか、助けを求めるような悲しげな声が届いた。

それは、会話している女の声のようであった。

従って、厳密に言うと、助けを求めたのかどうかは判然としない。

軒先に吊るした風鈴が風に揺れて小さく鳴ったのかも知れない。

なぜ、悲しげと感じたのか、それは彼にも分からない。

確かに悲痛な響きがあった。

そして、助けを求めていると彼の直感は受け止めた。

「この悲しげな声はどこから聞こえて来るのだ」

光栄は、目覚めるとすぐに、辺りを注意深く見回した。

耳を澄ませてもその声がどこから聞こえて来るのか判然としない。

だが、小さく消え入りそうな声が鼓膜を微妙に震わせている。

初めのうちは、うつの時に聞こえる幻聴ではないかと疑った。

神経過敏な光栄は十代の初めの頃から、幻聴や幻覚に悩まされだした。

思えば、それは女を意識し始めた頃に重なっているように思う。

現代医学から考えると、その現象は思春期という、人間の成長期に誰もが直面する、心身のバランスの微妙なずれからがもたらすものなのであるが、当時の科学知識では勿論そんなことは分からない。

病気の多くは疫病神によるものと思われていたため、僧による「般若経はんにゃきょう」等の仏経典の読経や陰陽師による祓の儀式によって、悪神を追い払うのが普通のやり方であった。

そんなことで、病気が治るはずはないと、現代人は思うであろうが、当時は、それらの儀式によって多くは治癒したのである。

これ等の呪法は、人間の身体がその精神と深くつながっていることを知る典型的な例であるのだが、現代医学は、この様な精神作用を考慮することは少ない。

兎に角、光栄が、眠りに付こうとするたびに、小声で話す声が聞こえるのである。

それが風鈴の声に似ているのは、恐らく、会話の主が女性なのであろう。

声は確かに、何処からか、聞こえて来る。

どうやら、神経過敏症でも耳鳴りでも幻聴でもないことを確信はしたものの、困ったことに、繊細な光栄にはその声を放っておくことが出来ない。

はるか彼方から伝わる溜息かあるいはすすり泣きのように弱弱しい声が気になって、遂には夜も眠れなくなってしまったのである。

「声の主を突き止めないことにはいつまでも眠れそうもなく、何日も寝不足の状態が続くに違いない」

思い余った光栄は、気を集中させて、印を結び、聞こえて来る声に耳を傾けているうちに、その声がどうやら、現世からではなく、未来から聞こえて来ることに気付いた。

「誰だ、何かこの俺に訴えたいことがあるのか、遠慮はいらぬ、はっきり申せ」

思わず光栄は叫ぶ。

だが、返答はなく、相変わらず、弱弱しい、風鈴の音に似た声が聞こえるばかりであった。

「この何とも奇妙な声の正体を突き止めないことにはどうにも落ち着かない。この苦痛を取り除くためには、何が何でも、声の正体を突き止めて、その根を絶たねば安眠できない。それには、時空を駆ける術を身に付けて声の主に会わなければなるまい」

そのように決心した光栄は時空を超える術の工夫を重ねるのであった。


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