十一母の苦悩1
十一、母の苦悩1
光栄は朱美という娘の母親のあとを付いていった
物思いに耽りながら歩く彼女の歩みは覚束ない。
時々、よろめきそうになる。
深い悲しみに沈んでいることが分かる。
危うく光栄はその体を支えそうになって差し出だした手を押し留めた。
そんなことをすれば光栄の存在に気付かれてしまう。
いや、それどころではない、突然の出来事に驚き、恐怖を感じて騒ぎ立てるに違いない。
「何月も前からこの俺を悩ましていたのは、この親と朱美という娘の会話であったのか」
ようやく気になっていた悲しげな声の発信源を突き止めて、光栄の疑問は解けた。
だが、これで問題が解決した訳ではない。
このまま、平安の世に戻ったとしても安心して修行に打ち込み、人々の吉凶禍福への対処に暗示を与える仕事に専念できそうにない。
なぜならば、この母娘は、どうやら、癒すことの難しい、深い悲しみに見舞われているようだ。
その悲しみに、何とか始末をつけねば、これから先、どうにも夢見が悪くなりそうに思えて仕方がない。
では、如何ようにしたら、己の心に平穏をもたらすのかを探る必要がある。
それには、この親子が思い煩っている悲しみの源を見つけ出して、早いところ溶解してしまわねばならない。
「おい、おい、この俺に、一体、何をして欲しいのだ。そこな女性、話してみるが良い」
ためしに、背後から、そっと囁きかけてみた。
「えっ」
背中に何かの気配を感じて振り向くが何も見えない。
「誰かがいるのかしら」
暫く周りの様子を窺っていたが、勿論、誰の姿も無い。
「きっと気のせいね」
溜息をついて、看護ステーションの窓口を覗き込むと、いつもの看護師がにこやかに応対に出た。




