第8話 戦神
「エルザ! 嬢ちゃんの介抱を頼めるか。教会の裏で待ってろ。ミリザ! あのバカを連れ戻すぞ!」
異変を感じて宿から出てきた二人に、声を投げる。
「……はい! わかりました!」
ミリザはすぐに飲み込んだらしい。
走り出した俺の後に、迷わずついてくる。
クシェルは正気を失ってやがる。
俺がしっかりしないと、このままじゃ全滅だ。
あいつは立ちはだかる兵を斬り倒して、まっすぐ広場へ進んでいく。
倒れた村人と兵士が、月の赤に照らされて同じ色に見えた。
「なんだよアイツ……あんなに強かったのかよ」
仮にも帝国の正規兵だぞ。
ちょっとやそっとの鍛錬じゃ、ああはならない。
一人、二人、三人。
踏み込みが速いというより、相手が斬られたと分かる前に倒れている。
広場の二人はそう簡単にはいかない。
かち合う前に連れ戻さないと。
「にしても、戦い方が雑だなぁ!」
クシェルが取りこぼした兵の膝を、弓で射抜く。
獲物がどっちへ逃げるかは、足を見れば分かる。
弦を引く指は冷えているのに、背中だけが熱い。
「おい! クシェル!!」
くそ、駄目だ。聞いちゃいない。
広場に近づくにつれて、敵の数が増えてくる。
このまま追いかけても、囲まれるだけだ。
どうする。
建物の陰から飛び出してきた兵への対応が、一拍遅れた。
「サルターレ・ライトニング!」
ミリザの雷が地を這って、四方の兵に突き刺さる。
兵たちが怯んで距離を取った。
「……まったく。どいつもこいつも頼もしいな」
ミリザは、ニコッと笑って応えた。
こんな時によく笑えるもんだ。
「取り敢えず、周りを片付けるぞ!」
「はい! カイェンさん、左!」
「見えてる!」
取り囲んでいた兵を片付けてから、クシェルを追った。
焼けた村の匂いは、どこでも同じだ。
よく知っている匂いだった。
「遅かったか……」
俺たちが着いた頃には、クシェルはもう戦っていた。
相手は、あのヴィンセントだ。
広場の端の瓦礫に身を伏せて、二人の様子を窺う。
金属のぶつかる鈍い音が、広場に響く。
ヴィンセントの斧は大振りなのに、クシェルの剣を素早く、的確に弾いていた。
「まったく……酷い有様だ。ウチの兵はいつから貧弱になったのか。こんなガキ一人、止められぬとは」
一目見ただけで分かる。
力の差は歴然だ。
体の大きさ、体の使い方、斧の技。
剣を交えるたびに、クシェルにだけ傷が増えていく。
三度に一度、あいつの足が流れる。
「どうした。村を救いたいのではないのか? そんな技量では」
なのに、なんだ。
押されている感じが、全然しない。
最初は、ヴィンセントが手を抜いているのかと思った。
違う。
奴は本気で振っている。
本気で振って、クシェルが下がらない。
弾かれた剣が、弾かれた向きから戻ってくる。
ヴィンセントの後ろ足が、石畳を半歩擦った。
その顔に焦りの色が見え始める。
こんなガキ一人、と言った顔が崩れていく。
それを見るのは、正直、気分がよかった。
「ほう……」
ヴィンセントが、初めて両手で斧の柄を握った。
二人の間で風が巻く。
火が揺れて、瓦礫の埃が広場の真ん中へ吸われていく。
クシェルの剣の周りだけ、空気の色が違って見えた。
斧が風を割って、クシェルの肩口を浅く裂く。
クシェルは下がらない。
裂かれた肩のまま踏み込んで、斧の柄を剣で叩いた。
斧を握る手が、一瞬だけ開いた。
兵たちの間で誰かが息を呑む。
「この村から兵を引け」
「ふっ……」
斧が轟と鳴って、クシェルを吹き飛ばした。
追って斧が落ち、クシェルがいた石畳が割れて跳ねる。
一拍遅ければ、胴が二つだった。
クシェルは石畳を二度転がって、起き上がった。
「あんまり調子に乗るなよ小僧! 状況が解っていないのか? 威勢だけでは何も解決せんぞ!」
吠えた。
吠える必要のない相手に、吠えている。
「意地っ張りなのもいいが、程々にしてほしいぜ……」
隣でミリザがこちらを見た。
まだ止めに入らないのか、と言いたげな目だ。
分かってる。
だが、あの風の中に割って入れば、こっちが斬られる。
「この辺りが潮時だな」
矢筒から二本抜いて指に挟む。
ヴィンセントが斧を担ぎ直して、広場の端へ顎をしゃくった。
「おいティル! 見ているだけか」
火のそばに座っていた赤髪の女は、顔も上げなかった。
長い片刃の剣は、膝の横に立てたままだ。
「貴方だけで足りるでしょう? 師団長殿。足りないのなら……少し面倒かしらね」
女はクシェルではなく、自分の手の甲を見ていた。
奴は舌を打って斧を振り上げる。
そこへ射った。
一本目は斧の柄に弾かれた。
二本目は目を狙った。首を振って避けられる。
弓を背に回して、走る。
「サルターレ・ライトニング!」
ミリザの雷が石畳を走って、ヴィンセントの足元で弾けた。
光に目をやられた兵が、二人、三人と転がる。
その間にクシェルの襟を掴んだ。
「引くぞ!」
「……まだ……」
「黙れ! 死ぬ気か!」
クシェルが膝をついた。
掴んだ襟に、急に全部の重さが来る。
剣を握ったままの手が、石畳に落ちた。
息はある。
目だけは、まだヴィンセントを見ていた。
「カイェンさん!」
「俺が背負う。ミリザ、道を開けてくれ!」
ミリザは一度だけクシェルの顔を見て、何も言わずに前へ出た。
路地の入口にいた兵を、雷が払う。
固まった指から剣を抜き取って、クシェルを背に担ぎ上げる。
背負ったクシェルは、見た目より重い。
焚き火の石を抱えたみたいに、熱かった。
矢筒に手をやる。
残り二本。
路地の角を三つ数えて、教会の裏へ回る道を頭の中で引いた。
「追え!」
後ろで怒鳴り声が上がった。
兵の足音は揃っていない。
目をやられた者、雷で痺れた者。
追ってくるのは、三人か四人だ。
「師団長。あの少年は何ですか?」
「知らん。……知らんが、覚えておく」
兵の問いに答えたヴィンセントの声は、吠えた時より低かった。
路地に入る前に、一度だけ振り返った。
広場の火のそばで、赤髪の女が初めて顔を上げていた。
見ていたのは、ヴィンセントでも兵でもない。
俺の背中で気を失っているクシェルだった。
月と同じ色の目をしていた。




