第19話 証
シャーリーが、裂きかけの布を石畳に置いた。
止める間もなく、ミリザの脇をすり抜けて前へ出る。
「私よ」
騎士の視線がシャーリーの髪で止まり、それから俺の腰へ落ちた。
「連れの者もだ。剣はこちらで預かる」
広場の口を塞いだ槍が、何本もこちらを向いている。
その後ろには、まだ集まった人たちが残っていた。
ここで抜けば、この中で斬り合いになる。
鞘ごと剣を外して、柄を騎士のほうへ向けた。
エルザは手当てをしていた娘を母親の腕に返してから、黙って立ち上がった。
兵に前後を挟まれて、坂を下りる。
道の脇へ寄った人たちが、通り過ぎる俺たちを目で追っていた。
「ゆうべの騒ぎの……」
「しっ。聞こえるよ」
坂の下では、乗りつぶされた馬がちょうど引かれていくところだった。
守備隊の詰め所は門のすぐ内側にあった。
通された奥の部屋には、窓が高い所に一つあるきりだった。
その窓の下の椅子に、若い男が座っていた。
頬杖をついたまま、入ってきた俺たちを眺めている。
蜂蜜色の髪を後ろへ流して、額を見せていた。軍装は旅の埃をかぶったままだった。
騎士たちが戸の脇に並んで片膝をつくと、シャーリーたちも入るなり床に手をついた。
遅れて、俺も膝をつく。
「顔を上げよ」
顔を上げたシャーリーの目が、大きく見開かれた。
「……シャルロ様」
その目が頬杖をついた手の指輪で止まる。
「いえ……陛下」
「久しいな、シャーロット姫。よく無事でここまで来た」
シャーリーは何か言おうとして、唇を結んだ。
「……知り合いだったのか」
思わず、口から出ていた。
「口を慎め! 陛下の御前だぞ」
王の後ろに控えていた男が、鋭い声を上げた。
「良い。気にするな。手荒な真似をしたのはこちらだ」
王が軽く手を振ると、男は口を閉じた。俺を見る目つきだけは、変わらなかった。
「帝国から使者が来た。ヴィンセント・ノーヴァだ」
ドルナ村の、あの斧の男だ。
隣で、シャーリーの肩が小さく跳ねた。
「ディズァブルは、君を渡せと言っている。渡さなければ、この国も敵とみなすそうだ」
「そんなの……取引になっていないわ」
「そうだな。脅しだ」
王は頬杖を外した。
「あの男は、ウィズニアの血を魔力の元凶だと言った。根絶やしにしなければならぬ、とな」
シャーリーは王から目を逸らさなかった。
「私は判断をしなければならない。帝国の言い分が正しいのか、奴らが世界の調和を乱しているのか。国はもう落ちた。それでもなお、なぜ帝国は君を追う」
彼女はすぐには答えなかった。
「……なぜウィズニアの血がそう言われるのか、私には分かりません。父が何をしようとしていたのかさえも、私には分かりません」
シャーリーは床についた手を握りしめた。
王の後ろの男が口を開いた。
「陛下。亡国の姫君ひとりで戦が避けられるのなら、安いものでございましょう」
戸の脇の騎士が一人、鼻で笑った。
「そうだな」
王はあっさりと頷いた。
「君を差し出せば、帝国は黙るだろう。私の兵も死なずに済む。……どう思う、シャーロット姫」
「……構いません。私一人で済むのなら」
気づいた時には、膝を起こしかけていた。
シャーリーの手が横に伸びて、俺の袖を押さえた。
「ただ」
彼女は手を下ろして、王に向き直った。
「私はウィズニアの無実を証明したい。時間をください」
王は何も言わずシャーリーの目をじっと見つめている。
「期限を切っていただいて構いません」
下ろした手が震えていた。
「……良かろう」
王はもう一度頬杖をついた。
「ならば、証を持ってこい。帝国への返事は、十日引き延ばしてやる」
シャーリーが細く息を吐いた。
鼻で笑った騎士は床に目を落としている。
それから王の目が俺に移った。
「ゆうべ祠の前で剣を抜いていたのは、お前だな」
「ああ」
「何者だ」
「……分からない。昔の記憶が無い」
「その分からぬ男が、姫について行くか」
「こいつは最初に会った日に、俺を知ってる奴を一緒に探すって言ったんだ。だから俺も行く」
「……そうか。ならば、姫から目を離すな」
王はシャーリーへ目を戻した。
「十日のうちに、ミザリアの私のもとへ戻れ。戻らねば、私が探し出して帝国に引き渡す」
「……はい」
後ろの男は口を開きかけて、そのまま閉じた。
代わりに、戸の脇に並んだ騎士の中から、年かさの一人が口を開いた。
「陛下。見張りも付けずに行かせるおつもりですか」
「兵を付けて歩けば、帝国の目はその列を追う。この者たちだけのほうが、まだ紛れる」
王が戸の脇へ顎をしゃくった。
「剣を返してやれ」
騎士が預かっていた剣を、両手で差し出した。
受け取って、腰に戻す。
王はもう、高い窓のほうへ目を向けていた。
詰め所を出て、坂を上りはじめたところで、シャーリーが足を止めた。
自分の手を見下ろしている。
声をかけようとした時、坂の上から誰かが駆け下りてくる足音がした。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!! 姫様!!」
通りの人たちが振り返った。
紛れるどころじゃない。
くすんだ紺のローブの男が、亜麻色の髪を跳ねさせて、まっすぐこっちへ走ってくる。
ミリザと並んでシャーリーの前へ出る。
後ろで、シャーリーの声がした。
「……リュオン?」




