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異世界で新たな人生を  作者: ミト
幼少期
44/45

幕間:月見で一杯

 夜。


 地下深くから湯をくみ上げているらしい見晴らしのよい露天風呂を、贅沢に一人で貸し切り上がった後、ジールはユアに月がよく見える縁側に案内された。

 そこではサシャが猪口を片手に腰掛け月見をしていた。そばには空になった酒瓶がすでに一本転がっている。

《……やあ、湯加減はどうだった?》

「……悪くはない」

《それは重畳。喜んでもらえて何よりだ》

 夜も更けて大分経つというのに、サシャが座っている辺り一帯は暖房をつけているかのように暖かい。

《これなら湯冷めの心配もないだろう。一杯付き合っていかないか?》

「……断らせる気のない質問は最初からすんじゃねえ」

 ユアがすかさずひいた座布団にドカッと座ると、肩にブランケットがかけられる。

「すまないな」

「いえいえ、お気になさらず。それではひい様、何か御用がありましたらお呼びください」

《ああ。下がっていい》

「失礼します」

 ユアはお辞儀をすると、縁側の角を曲がり見えなくなった。

《こうして共に飲むのも久しぶりか。最後の時は…………リリシアもいたか?》

「お前らが目の前で飲み比べして院の酒を根こそぎ平らげて、ベリーに絞められたのが最後だ。しばらく禁酒令が出された。――お前が逃げた後にな」

《……なんと。そんなことがあったのか》

 まるで悪びれてない声で謝罪をし、サシャはジールに用意してあった猪口を渡す。

 持ち上げた猪口にサシャが酒を注ぎ終えると、そっと口をつける。

「…………」

 予想通り、かなり強い酒だった。

《なんだ、まだこの度数は無理だったか?》

「……平気だ。いつの話をしている」

《学術院で似たようなものを突っ込んだ時は酔っ払って倒れただろう。今日飲んでいるのはそれよりも強いものなんだが》

「何十年も昔のことを蒸し返すな」

《昔、と言われてもなあ。私にとってはつい先日程度にしか感じないほどの年数だ》

「お前とはそもそもの感覚からして違うだろうが。俺たちはどうやったってお前よりも先に死んでいくし、お前はどうしたって俺たちと共に生きていくことはない。――――…………そう俺に言ったのはお前だ」

《…………そうだなあ。確かにあの時は、ここまで長い付き合いになるとは思っていなかった。時間は流れ変わるものだな》

 サシャは酒を飲む手を止め、ジールの顔を見て面の下でニヤリと笑う。

《尤も、昔も今も大して変わらぬものはあるようだがな。――――いまだに、その顔隠しているのか》

 サシャに呆れたように笑われたジールの顔は、普段頭まですっぽり覆っているローブがなく、月の光の下、素顔が顕わになっている。

 褐色の肌に黒髪、黒眼、そして本来、金髪翠眼が特徴であるはずのプロース人族と同じ、長い耳が髪の間から伸びている。さらにはその目元に、プロース人族の特徴ではない(・・・・)小さな黒石がふたつ生えている(・・・・・)。

 本来、異種族間の両親から生まれる子どもの種族は、どちらか片方の、あるいは軽い先祖返りとして片方の何代か前の先祖と同じものになる。しかし、ほんの極稀に、本当に僅かな確率であるが、両者の特徴を併せ持つ姿で生まれる場合がある。――俗に、異形種(キメリア)と呼ばれている存在だ。

 ふたつの種族の特徴を持ち、どちらの種族とも異なる姿。異形種はどちらの種族として扱うのか、それとも全く新しい種とするのか、一番最初にその存在が発見された記録は数百年も前からあるのにも関わらず、いまだ研究者の中でも議論が交わされているという。

 昼間、メルティアに告げたように、確かに分類上の異種族間の差別は、表立って騒ぎ立てるものは少なくなっている傾向にある。しかし、たとえ同じ種に属する者であっても、自分たちとは異なる異物(・・)を携えるその姿に、いまだ嫌悪感を強くあらわにして拒否する者も存在するのが、実情だ。

《いい加減、その顔さらけ出したらどうだ。世間はともかく、お前たちのところで育った者なら変わらずに接するだろうに》

「……んなことはわかっている」

 頭ではわかっている。そんなことはわかりきっているのだ。そういう感性を持つように教育しているのだから。そして、自分が目指している理想の世界は、そんな誰もが自らの出自に負い目を持たず、共生していくことができる世界だ。

 そのためにあの施設を作った。異なる種族・性質・生態であろうと、適切な知識と配慮があれば、今まで互いに分かり合えないと決めつけていた者たちとも、共に生きていくことが可能なのだと、証明するために。

 だがそれでも、ジールは限られた者の前でしか、素顔をさらすことができなかった。どんなに大丈夫だとわかっていても、どうしても踏ん切りをつけることができないのだ。

 サシャもそれはわかっているので、それ以上どうこう言うことはなかった。大体サシャとて年がら年中顔を隠しているので、どうこう言える資格はないのだ。

《……まあ、お前たちはよくやっているほうじゃないか? 200年ほど前と比べれば、確かに人族の街に訪れる他種族の数は増えてきていると思うぞ》

「200年前って……、ほぼ表立った異種族間の交流がまだ存在しねえ時代じゃねえか」

《そうだとも。1000年単位で変化のなかった世界が、ここ200年で急激に変化した。まあ発端はいろいろと見当がつくが》

「……戦争と(・・・)、学院(・・)か」

 戦争といっても歴史上において数多くのものが存在するが、この場合示しているのは明確に武力を伴って行われたと記録されている、『最後(・・)の戦争』である。約220年程前に勃発したその戦争は、簡単に言えば妖獣類と武獣類の互いの間に生じていた軋轢が、国同士の争いという形で表面化したものだった。

 当時有数の大国であった武獣類の国と、中規模ではあるが、強力な能力を持った妖獣類が数多く在籍していた国の間に起きたその争いは、最初は小さな小競り合いだったという。

 間に険しい山脈を挟んでいたためか、山を横断できる抜け道も小さいうえに安全ではなく、交流も盛んではなかった。互いに偏見と畏怖が混じった認識を抱いていた国同士の諍いは、気づけばすでに引き返せない規模にまで膨らんでいた。その頃には付近の国にも飛び火が及び始めており、静観する国、賛同を示して肩入れする国など、歴史を紐解いても稀な規模へと発展した。

 ――しかし、規模は大きいが、ここまでなら過去に起きた戦争と、そう大差はないはずのものだった。この戦争が『最後の戦争』と呼ばれる所以は、その終結の仕方である。


 ――1日で、両方の国が(・・・・・)壊滅状態に陥ったのだ(・・・・・・・・・・)。


 両方の国がどうしてほぼ同時に致命的なダメージを負ったのか、詳しくはわからない。その記録ごと、ほとんどの国民が瞬く間に滅びてしまったからだ。少し遅れて近隣の国々が調査隊を派遣し確認できたことは、二国の首都と、両国間にはしっていた山脈を含めた戦場が丸ごと、地形が変わるほどのレベルで抉られたように消失していたこと。そして、戦場を生き残った数少ない生き証人の存在だった。

 生き残っていたのはほとんどが両国の住人ではなく、戦争のために雇われていた傭兵だったという。彼らも当然無傷とはいえず、半死半生の体でうなされたそうだが、その中の何人かはうわ言のように同じ言葉を呟き続けていたそうだ。


 ――曰く、戦場に"神"が現れた、と。


 真偽は、わからない。そう告げた者も数日後には自ら命を絶ったからだ。しかし、その直前にある伝言を残していた。


 ――神は告げた。これ以上の世界への汚染は看過できない。だから、介入することを決めた、と……


 それから少し時間が経った頃、世界中の――特に、戦争状態やその秒読み段階に入っている国々で妙な噂が流れ始めていた。

 突然、王や宰相といった、国の中枢を担う位の者たちが、一斉に戦線の放棄を命じ始めたという。

 当然、混乱に陥るのは下々の兵や民たちだ。少なくない混乱が各国を覆ったし、こちらの行動に対する敵国の動きにも敏感になった。

 しかし、どの国も対立国への深追いはせず、自らも撤退準備を始めた。突然の奇妙な行動に、うやむやなまま、戦争は終わっていった。後日、対立していた国の王同士が、疲れ切った顔で停戦協定にサインを行う会議があちこちの国で開かれたという。

 不思議には思いつつも、戦争が終わることに喜んだのは各国の平民たちだ。おまけに、敗戦国になったわけでもない。協定はお互い痛み分けの内容で収まったとも聞く。終戦の理由に検討はつかなくとも、政治に無関心な民たちには関係のない話で、とにかく戦争が終わり、家族が戻ってくることを純粋に喜んだ。

 結局、何があったのか、真相を知るのはお国の中枢部であり、どの国でも箝口令が敷かれ、その理由は200年以上経った今でも公表はされていない。

 とは言っても、どんなに隠そうとしても情報は漏れてしまうもの。当時の資料や騒がれていた噂を集め、ジールはある推測をたてていた。

「――当時、各国に奇妙な賊が侵入することが多かったらしいな」

《……ああ、そうだな。あの時は、娯楽も少なく、そういったゴシップの類はすぐに広まっていった》

 ジールはちらりとサシャの口元を窺ったが、サシャは口端をあげ、ちびちびと猪口へ新たに注いだ酒を飲んでいる。

「――その賊は、国の中で警備の最も厳しい城に忍び込んでは誰に危害を加えるでもなく、何かを盗んでいくこともなかったそうだな」

《……そう聞いているが》

「――じゃあ、この話は知っているか? その賊はわざわざ厳重な城の警備をかいくぐり、王の居室へと侵入すると、こう告げたらしい」


『――これ以上戦争を行うなら、お前の国を滅ぼそう』


《…………おや、その話は初耳だな。どこから仕入れた?》

 サシャは口につけていた猪口を膝の上にのせ、ジールの方へ顔を向ける。

「……リリシアが、各国の王族に伝わる国の昔話として、直に聞いたらしい」

《……ほお、そうか。だが、たかが脅されただけでおいそれと戦争をやめるほど、王も安いプライドではないだろう?》

「……賊が、その少し前に二つの国を滅ぼした(・・・・・・・・・)奴の一味だったら(・・・・・・・・)? ――もっと言うのであれば、それはお前たち神の内のどいつかだろう?」

《……なぜ、そう思う?》

 ジールは空になった猪口に自ら新たな酒を注ぐ。あくまで酒の肴として、という体で通すのだろう。別にジールの話が真を含んでいたものでも、サシャに彼を害す気は今のところないのだが。

「まず、当時の魔法や技術の発展度でいえば、最高レベルの警戒と警備がなされている国の最深部に単独で突破するのは無理な話だ。かといって、仮にそれが可能な規模と実力を持つ何らかの組織があったとしても、しでかしたことに対してのメリットがあまりにも少ない」

《そうだな。結果を言えば賊が行ったのは不法侵入と脅迫のみ。相手の警戒心をあげて危険度を高めるだけで得たものは何もなく、ハイリスクローリターンでしかない。……だが、まだそれだけでは決め手にはならないようにみえるが》

「……」

 ジールは酒の注がれた猪口を傾け、一気に飲み干す。サシャが新たに注ごうとし、瓶が空になっていることに気づくと舌打ちし、そこらに転がっているまだ封の解かれていない酒瓶を適当に拾い、投げて寄越す。

 片手で受け止めた酒瓶を、いちいち封を開けるのが面倒になったのか、封ごと瓶の注ぎ口を切り飛ばし、切り口から直接酒を注ぎこむジール。表情には出ていないものの、少しは酔い始めているらしい。

「王族には他にも公にはできないものの、代々伝わっている話がいくつかある。その内の一つに、『最後の戦争』で滅びた二国の生き残りの者たちの証言を集めた記録がある」

《…………ほお、生き残りが。だが、あの時の被害範囲は首都を含めた近隣の町村を派手に巻き込んでいた。生き残りがいたとしても、首都からは程遠い、それこそ情報伝達が遅れに遅れる辺境の村程度では?》

「……お前ら神は、本当に大局しか見ねえな。実行するにしても当日の様子しか見ない。その前後に俺たちがどんな行動をし、たとえ小細工をしていたとしても、お前たちはまるで気にしない」

《……ふ。私個人であれば、ある程度の過程も考慮に入れるが、神として(・・・・)であれば話は別だ。害になると判断した時点で即時滅却。その残骸を誰が回収しようが修復しようが、こちらが危惧する影響レベルに達しない限り、後はどうでもいい。再び害になると判断した時点で滅却するだけのこと》

 それでなんの問題もない、と告げるサシャは驕るでもなんでもなく、ただの事実として述べているのだろう。神についての知識は恐らく世界でも有数であるジールは、それが虚栄でも誇張でもないことを知っている。

 それだけの力を持っている存在なのだ。この世界での神という定義は。

 自分たち市井の只人が希望や願望の元に創り出した偶像神ではなく、明確に上位的存在として世界に設定(・・)された者たち。

 今目の前でのんきに酒をかっくらっているサシャも、その気になればこの地上から生命を排除するのにさほど時間はかけないほどの力を持っている。

 とはいえ、そんな危険人物と呼べる存在の隣でどうしてこうものんきに酒を飲み交わしているのか。

 それは、神であっても行いに制限がかけられる禁忌事項が存在することを知っているからだ。

 もちろん、ジールも内容すべてを知っているわけではない。知っていることは以前、今までの研究結果をもとに、サシャに噓をつかないという言質を先にとり(もちろん代償は大きかった)手に入れた証言だ。取り付けるまでが大変だが、この(見た目だけは)少女の姿をしている存在は、基本的に一度でも交わした約束を、自ら破くことはしない。かわりに、こちらから破る羽目になるよう仕向けたりはするが。

 話したのも、どうせ知ったところでどうすることもできない、と判断したからだろう。


 ――サシャ曰く、神は……『代理神』は、大勢よりも個を、国よりも世界を優先する役割であり、機構である。

 ――故に、神自身が世界の脅威となることがあってはならない。個々の判断で、殲滅対象を判別してはならない。


 そんな決まりがあるらしい。いや、あるのではなく、刷り込まれているのだという。

 ――いったいいつから?


《そんなものは決まっている。神に創り変えられたとき(・・・・・・・・・)だ》


 ジールの心を読んだかのタイミングで、サシャが答えを告げる。

「……古代の、禁忌魔法か」

《――おや、ついにそこまでたどり着いたか》

「さわりだけだがな」

 奇妙なことに、世界には細部は異なれど、人から神へとなった話が各地に伝承として残っている。しかし、それを証明するのは童謡などの口伝ばかりで、本当にそんな話があったかどうかを明確に記録しているものはない。だから、現地に住む村や町の住民さえも、よくある御伽噺としか捉えていないのが大半だ。

《――魔法と称してはいるが、あんなもの魔法でも魔術でもない、ただの現象だ。……起こせる者はいつでも起こせるし、気まぐれで向こう(・・・)から干渉してくることもある》

 ――忌々しい連中だ。

 伝承の通り、神へと変質した実例が握る猪口から、ぴしりと不穏な音が鳴り、注いでいた酒が指先を伝ってこぼれる。

《……おっと。少し力を入れすぎたか。これでは飲めんな》

「……しまいにするか?」

《いや……》

 サシャの指先から氷が這い、猪口にできた隙間を埋める。

《ひとまずはこれで飲めるだろう》

 応急措置を施した猪口に新たな酒を注ぐサシャ。割とハイペースで飲んでいるが、呂律が怪しくなる様子はない。

《――それで? 仮に神が行ったのだとしても、神にだってそんなことをするメリットはないだろう。さっきも言った通り、基本的に神が動くのは事態が世界に影響……もっといえば、環境(ぶたい)が破壊される可能性が出てきた場合だ。ヒトがいくら争ってお互いが滅びあおうとも、それだけでは神は動かない》

「……そうだな。神は俺たち人の存在に興味はない。それは知っている。だが俺はもう一つ、神について知っていることがあるぞ」

《ほう?》

 サシャはとぼけたふりをして話を促す。ここまでくればジールが次になんと答えるかわかっているのに、あくまで彼の口から告げられることを待つらしい。だがここまで来たならばあともう一手だ。

「生き残りの者たちによれば、その者たちが情勢が危うくなってきたと感じ取り、一家で国を出ようとした数日前に、王が住まう城へ賊が入ったという噂が流れたらしい」

 当時、国民のほとんどが互いに隣国の住人に対して、偏見と侮蔑を抱いていたのは事実だ。しかし、その意識や考え方に批判する者がいなかったわけではない。特に国をでて他種族との交渉を常とする商人などは、偏見も比較的少なかったので、常々国に対して危機感を訴えていたという。

 しかし、それでも国は考えを改めることはせず、ついには特殊な兵器の開発にまで手を付け始めたという。いよいよ本当に危うくなってきた情勢の中、自分たちだけでも国を離れようとしたのは、愛国心を持ちながらも、合理的な思考と判断を求められる商人ならではの判断だったのだろう。

「結局、戦後唯一の証言者となった商人の一家は二つあった。どんなに思想の異なる国であろうと、同じ考えに至るやつはいるらしい。偶然にも同じ理由で国を脱出していた商人が両国にいたんだと。いや、この場合は二組しかいなかった、というべきか」

 けれど、この二組の証言があったからこそ、噂は信憑性を増すことなった。

《ふぅん……、それが当時やけに簡単に戦争が終わった理由か。いや、不可解には思っていたんだ。たかが警告の1件程度であっさり終わるものだ、とな》

「もう隠す気ないなお前……」

《互いにばれているとわかっているなら隠す必要はないだろう?》

 サシャは空になった酒瓶を指先にのせ器用にバランスを取る。

《お前が言いたかったのはこういうことだろう。『自分は神の中に、殺すことが確定したにもかかわらず、わざわざ逃げ道を用意させる中途半端(・・・・)な情けをもつ神がいることを知っている』かな。言葉にするとすれば》

「中途半端って……お前がそれを実行するために払う代償は――」


《――代償ではない》


 バキリ、と先程までサシャの指先で遊んでいた酒瓶が、派手に握りつぶされた。

 直前まで隣で酒を飲んでいたジールは、音がした瞬間既に距離をとっており、周りには何十もの陣が展開されていた。


「…………」

《…………》


 互いに張り詰めた空気が流れたが、沈黙はサシャが新たに開けた酒瓶の蓋がとぶ音で途切れた。

《……すまない。少しムキになっていた》

「……いや、こちらも失言だった」

 砕けた酒瓶を遠ざけ、陣を消したサシャとジールは先ほどよりは少し距離をあけて縁側に座りなおす。

《代償ではないよ、ジール。これは私が、私だけ(・・・)が得た特権であり、義務であり、責任だ。私は望んで、受け入れて、この力を手に入れた。だから――》



《だから、お前の友を殺した私を(・・・・・・・・・・)、お前が許せる理由を見つける必要はない》



「…………」

《……》

「…………はあ」

 ジールは腰かけた状態のまま前屈みになり、両手で顔を覆いため息をついた後、勢い良く顔を上げる。

「……確かにあいつ(・・・)をお前が殺したことに関しての憤りは、あれから50年以上経った今でも抱いている」

《だろうな》

「だが、」

《?》

 ジールは顔をまっすぐあげたまま、天に昇る月を見つめてはっきりと告げる。

「――それ以上に、この感情が単なる逆恨みでしかないことも、理解している。だから――、だからもういい」

 月を見ながら、注ぎなおした酒をぐいと煽る。


「お前は俺に恨みを抱いたままでいいと言う。だがそれはお前の勝手だ。俺はもうお前を恨むつもりはない。これは俺の勝手だ。もう本人がいいって言ってんだから、お前もわざわざ煽るな。そんなことしなくても十分、お前が神であり、決して警戒を解いては(・・・・・・・・・・)いけない存在(・・・・・・)だと、理解しているから」


《…………、………………そうか》

 サシャは数秒の間黙っていたかと思うと、くっくと笑い始める。

「……おい、なぜ笑う」

《……いや、お前2、30年くらい前から飲むたびに何か言いたげにして、結局何も言わなかっただろう。決まって、二人だけで飲む時にな。なんだ、ずっとそう伝えたかったのか、今のこと》

「…………うるさい」

《まあそうだな、さっきのを見る限り、確かに警戒態勢は解除していなかったようだ。偉いぞ、これで神を研究しているくせに、神を安全なものとして気を抜いていたら失望ものだった》

「………………それで」

《うん?》

 月見を中断し、片膝に肘をつき、じとーとした目つきでジールはサシャを見つめる。

「さっきの話、結局お前が主犯か?」

《うーん、そうだな、いい加減もう時効だろうし。言っても問題ないか》

「ジコウ?」

《簡単に言えば期限切れということだ。記録はとるなよ。残しておいたら滅却対象になる》

「しねえよ」

《結論からいうと、主犯も実行犯も別の代理神だ。私はそれに首を突っ込んで強引に案を捻じ曲げさせた、というところだ。知っての通り、あの地域は私の担当区域ではないからな》

「神が介入した理由は」

《それはお前も見当がついているだろう。特殊兵器だ。正体は毒でなあ。どこからの入れ知恵かは知らんが、両国でまったく同じ性質の毒兵器が秘密裏に製造されていた。あれが同時に放たれた場合、ヒトだけでなく大地も汚染されていた》

「情報が洩れてる時点で秘密裏ではないな」

《ふふ、まあそういうな。結構うまく隠されていたんだぞ。お陰で資料等の消却範囲も狭くて済んだ。……話を戻そう。本来は製造中の兵器ごと国を滅ぼす予定だったが、言った通り、情報統制が意外とうまくできていて、兵器のことを知っているのも国の一部の者たちだけだった。だから毒兵器の破壊と資料の受け渡しおよび破棄さえしてくれれば、干渉しないという交渉を持ちかけるよう、当時の殲滅担当の神にもちかけたのが私だ》

「結果は従わなかった、と」

《これはいささか私たちも思い上がっていたのだろうなあ。昔は神と名乗る者が現れた、というだけで一大事になっていたが、時が経つにつれ私たちがわざわざ介入するレベルの事象が発生しなくてな、いつの間にか私たち代理神および大本の■■■は御伽噺の中の存在として扱われ、神と言えばヒトの空想によって創られた偶像神を指すようになっていた》

「大本の…………なんだ?」

 突然、サシャがしゃべっている途中でノイズのような耳鳴りがし、一部がうまく聞き取れなかった。

《……いや、大したことじゃない。今の話には関係のないことだ。――まあとにかく、結論からいえば交渉は失敗、おまけに互いの敵国の間者と思われたらしくてな。開発速度が倍増した》

「そこで強制的に壊すことはできなかったのか」

《さあな、それは当時の担当者に聞け。それに、これでも私たちは十分に譲歩したんだ。元は問答無用で両国をすべて滅ぼすつもりだったしそういう仕事だった。だが妥協案も出したし逃げ道も用意した。ついでに脅しもしたな。それでも屈せず戦争続行を選んだんだ。自業自得だろう。――神であることを証明すれば? そこまで私もオヒトヨシじゃあない。信じないならそれまでさ。身をもって知るがいいよ》









 思わぬところで歴史の真相を知ってしまい、ジールはうなだれていた。

「……………………世界の裏歴史、といったところか」

《お。復活したか》

「ちなみに確認するがこの事実知ってんのは……」

《当時存在していた神は大体知っている。他は…………あー、まあ例外がいるにはいるが、それ以外は私は知らん。他の神がぽろっと誰かに喋っているかもしれないが、そこまでは把握しておらんよ》

「……というか『最後の戦争』の後の忠告してった話、あれも従わずに滅んでた国があったかもしれないのか?」

《いや? あれは嫌がらせだ。当時ちょっと別件で忙しくてな。あちこち移動する際にいちいち紛争地帯を通るのが面倒で、ついでに他の大きい戦争やってるとこにも忠告だけでいいからやっといてくれといったらああなった。とはいえ、度を超えたままであれば再び干渉していただろうな》

 ジールは再び頭を抱えたくなった。一応表面上は武力の戦争がなくなった平和な世界を作った立役者が、すぐ隣にいるのだ。

《…………それで? 長年疑問を抱いていた歴史の真実の一端を知った気分はどうだ》

「………………………………………………………………聞かなかったことにする」

《まあ、それが賢明な判断だろう。……む、いかん、酒が切れた》

「あ?」

 ジールがサシャを挟んだ向こう側を伺うと、何時の間にかジールが最後に確認してから3,4本ほど転がっている空瓶が増えていた。

「……寝酒にしては飲みすぎじゃねえか」

《……今夜は月見酒のつもりだったんだ。しかしいかんな……これ以上酒をくすねてくればユアにしかられる》

「ここらで切り上げればいいだろう」

《それはダメだ。雑談をしていただけでまだ本題(・・)に入っていない。仕方ない、ユアに茶でも入れてもらおう。ああ、ついでにお前の客室に入って荷物を取ってくる許可をくれ。一応、家主であろうと客人のプライバシーは守るぞ、私は》

「……は? 本題?」

《ああ、こちらがお前を呼び出した理由だ。内容は――――メルティアとクレスの経過報告、といったところか》


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