分類 2
『分類』について教えよう…………ってちょっと待って待って。
「種族の……分類?」
分類って…………獣人種や影族みたいな名称分け?
「とは違うの」
ではないらしい。そりゃそうだ。名前だけだったら調べればすぐわかる。
「おぬしらも知っている通り、この世界には多種多様の種族が住み着いている。それこそ人も獣も見境なくな」
そりゃあ、院にいるだけでも人族や魔獣人種に水棲種、獣人種鳥人族や影族プロース人族など、片手じゃすまない数の種族が揃ってるわけだしね。
でも、それがどうさっきの話に関係があるのさ。
「まあ、『優先位』について話すための予備知識とでも思っておくれ。これを知っていた方が説明がしやすいのでの」
まあ、それなら……。
「それでは続きを…………といきたいがその前に」
「?」
サシャさんは懐から三枚の紙とペンを取り出すと何かを描き始めた。
「何かいてるの?」
「少々話が長くなりそうだからの。できなくはないがこのままではちときつい。というわけで――」
描き終えたのか、一枚をジール先生に投げ渡し、もう二枚を私とクレスの額に押し当ててきた。
「……?」
紙が光った? 自分のじゃ見えないので、クレスのおでこを見た。
サシャさんから押し付けられた紙には、魔法印のようなものの絵が描かれていた。ただし、私が知っているものとは、文字も構成も別物だ。少なくとも私は見たことがない印だった。
「今のは……?」
説明を求めて、サシャさんを見る。
サシャさんは笑みを浮かべたまま口を開き――――――、
《――少し、話し方を変える》
口調とアクセントがガラッと変わったサシャさんの言葉が頭に響いた。
「これは…………」
念話? 耳で聞いているように感じたけど、サシャさんの口の動きは私の拙い読唇術でもわかる、聞こえたものとは別物の動き方だった。頭に直接言葉を送ってきている? いや、とりあえずそれは今はいい。それよりも問題は、サシャさんが今話したのは――――、
[……どうして、サシャさんが"日本語"を? ――――あ]
しまった。つられて日本語を使っちゃった。
《…………ああ、お前にはその言語で聞こえるのか》
「え?」
私の呟きに真っ先に反応したのはサシャさんだ。けれど、その言葉はまるで日本語という言葉で聞こえているとは知らなかったように聞こえる。
「――おい、話がこじれるからとっとと説明しとけ」
ジール先生が自分でおでこにあてていた紙を降ろすのを見るに、先生は何が起こったのかを知っているらしい。
《そう急かすな。若いうちから短気だとハゲるぞ》
「誰がはげるか」
うわ、ジール先生がイラついた声を出すがサシャさんは全くひるまない。むしろ面白そうに笑ったままだ。というかサシャさん口調が変わってるよね?
《こちらが本来の喋りと思ってくれていい。さっきの言語は妙な喋り方に聞こえていたんだろう?》
…………やっぱりサシャさんが喋っているのは日本語だ。勿論、この世界に日本語という言葉は存在しない、はず。どうして? もしかして、サシャさんは私と同じ……? けどそれにしては……。
《混乱させるのも可哀そうではあるし、ネタバラシでもするか》
サシャさんはトン、と扇子を閉じるとその先をジール先生に向ける。
《ジール、お前には私の言葉がどう聞こえる?》
「…………口調は変わったが、使っている言語は変わっていない」
え?
《そうか。ではクレスにはどう聞こえる》
『……同じく』
え? え?
《――つまり、異なる言語で聞こえているのはお前だけということになるな》
「……どういうこと?」
サシャさんは自分の喉を指す。
《種族の違いとしか言いようがないが、私の本来の声は、他の種族の可聴域からずれている。普通に喋っても、多くの者には耳鳴りとしてしか聞こえないらしい》
もしかして、さっき湖のほうで聞こえた耳鳴りは、サシャさんがユアさんと話していたからなんだろうか。あれ、てことはユアさんには聞こえてた?
《別にお前たちに聞こえる範囲の声も出せるが、少々無理に出しているので長時間の使用は喉に負担がかかる。だから、私たちの意思を他種族に伝えるために、こういった術が昔から使われてきた》
「術?」
《簡単に言えば、対象の頭の中に印を展開し、我々の声を対象の理解可能な範囲の言語に変換し伝えるものだ。その都合上、聞こえる言語は、対象が最も理解しやすいものとなる》
へえ、そんなことまで出来るんだ。それにしても、ここ数年そんなに使ってなかったのに、まだ私にとって一番馴染みのある言葉って、変わってなかったんだ……。あれ、そういえば……。
《言葉の使い勝手は、滞在年数によって変わりもするからな。出会うたびに聞こえる言語が変わっている者も、まあザラにいる》
「……――サシャさんって、元から"ニホンゴ"を知ってた?」
話していないというけど、私が咄嗟に喋ってしまった日本語を理解していたように見える。
《ああそれは…………本に、のっていただろう》
気になったことをそのまま聞いてみたら、返事はあっさりと返ってきた。そっか、そういえば、院にも日本語で書かれた本もあったね。ていうか私もそれで勉強してたし。…………………あれ、本に発音のしかたってのってたっけ。
《――これで、お前に言葉が変わって聞こえた理由は理解できたか?》
「……あ、うん。ありがとう」
《では、話を戻そう。さっきも言ったが、この世界には多種多様の人や獣が存在している》
ああ、そういやそんな話だったね。それで、どう関係があるの。
サシャさんが扇子でボード代わりらしいフーディエを指すと、表面に大きな三角形が浮かび上がった。
《その中でも人――人種は、大きく五つの分類で分けることができる》
三角形の中に線が四本引かれ、五つの段に分かれた。三角形というより、ピラミッド型みたいだ。
《それぞれの名称はこうなっているな》
そう言うと、上から順に次々と文字が現れた。
"神獣類"
"幻獣類"
"霊獣類"
"妖獣類"
"武獣類"
人なのに獣って名前なのはいいのかな。というか、なんていうか……なんか大層すぎる名前のような気もするんだけど。
《人とて、広義で見れば獣だろう。それに、この世界では人と獣に明確な境界を持っている者の方が少ない》
そういうものなの?
《あくまでこれは、理解しやすいように種族を分けているだけだ。名称も……まあ多少含んでいるものがないわけではないが、大きな意味はない》
けど、分類ってある意味差別ってことにならない?
《そこらは解釈の仕方によるな。そもそも差別とは、二者の間にある違いを区別することだろう。人とはいえ、種族そのものが見た目も、構造も別物なのだ。どちらがどちらも異なるのは当たり前のこととも言える。まあ、同種族内で優劣を決めつけたがる意味合いの差別であれば、話は別だろうが。――そもそも、人がどうして獣ではなく人として区別されるようになったかは――――》
「……おい、話が逸れてんぞ」
サシャさんが話し続けるのを聞いていたら、ジール先生が止めてくれた。
《……おっと、これは失礼した。まあとりあえず、説明するときに話が通りやすくなる単語とだけ覚えていてくれればいい。別に、誰が誰を蔑んで呼ぶためのものというわけではないのだからな》
「……はあ」
とりあえず、深いことは考えずに、そういうものだと流した方がいいみたいだ。
《――それで、これらにそれぞれの種族が振り分けられている訳だが、別に無造作に分けられているわけではない。理由はある》
「……理由? そういえば、その順で書かれているのにも、理由があったりする?」
《ああ、一応あるな。簡単に言えば、数だ》
「数?」
サシャさんは三角……ピラミッド型の頂点を扇子で指し、そのまま下げていく。
《一番上が最も数が少ない。次点でその下。下に行けば行くほど数は多くなる。要は、神獣類に分類される者が最も数が少なく、武獣類に分類される種族が最も数が多いということだな》
「……どうして、そんなに偏りができてるの」
サシャさんが扇子を上下に振ると、『幻獣類』と『霊獣類』の枠が離れて、上二つと下三つに分かれた。……ていうか、フーディエ結構便利だね。
《上二つに関しては、大分特殊な条件を満たさないと分類はされないからな。あまり覚える必要もない。今回教えるのは下のほうだ。上は…………気になったころに、自分で調べるほうがいいだろう。ジールも、異論ないな?》
「…………わかった」
ジール先生はなにか言いたげな顔をしてたけど、結局なにも言わないことにしたみたいだった。
《さて、なぜ数に偏りが出来るのかということだったな。まあ簡単にいえば、特定の性質ごとに分けているからなんだが》
「特定の性質?」
《例えば、『妖獣類』。これに分類される条件は、何かの能力に特化していたり、特殊な能力を体質として持っていること。それに該当するものが当てはまるな》
「……たとえば?」
《…………ジール》
「……お前らが知っている種族では影族の『潜影』、水棲種の『魔声』あたりだな」
「……へぇ」
サシャさんの代わりにジール先生が例を挙げてくれた。確かに私が知っている範囲で説明してくれたほうが想像がつきやすい。
「……じゃあ、クレスも『妖獣類』に入るんだ」
クレスも水棲種で強い『魔声』を持ってるんだしね。
声をかけたら、ずっと寄りかかっていたクレスが、もぞもぞと動いて向きを変えようとしているのを感じたので振り返ると、クレスはフーディエに書かれた文字を見上げていた。
「……」
=……そうだね
……ん? なにか違った? だけど、クレスの表情からは特にそれ以上、読み取れることはないように見える。
《……そうだな。基本的に水棲種全般はここに属する、が》
――同種族内の人種全てが、同じ分類に属するというわけでもない。
「……?」
どゆこと?
《――何事にも、例外は存在するということだ》
「例外……」
《ああ。とはいえ例外は例外だから、一部しか該当はしない。大半はそのまま分類されるから、そう混乱するものではないだろう。簡単な例を挙げるとして……》
サシャさんがフイッと扇子を横に振ると、書かれていた文字が中央から左に寄って、右側に空白ができた。
《……そうだな、わかりやすい例では、影族とプロース人族だろう》
右側に『影族』と『プロース人族』の文字が出た。
確か影族にはシシルが、プロース人族には院長先生が当てはまるね。
《影族もプロース人族も、種族としては"亜人種"に総称される。が、プロース人族を含めた亜人種の大半は『武獣類』に分類され、影族など一部の亜人種は『妖獣類』に分類される》
「その……『武獣類』に分類される条件は?」
《固有の能力を持たない平凡な種……、というのは冗談だが、際立った能力こそ持たないが、かといって何か劣っている訳でもない、場合によってはオールラウンドともいえる者たち……が当てはまる。突出した能力は無いが全体的に安定した能力値をもつ種族が分類されるな。つまりは大体の種族がここになるんだが》
へえ、まあ妖獣類の分類方法が特殊な能力や体質持ちなわけだし、そうするとそれ以外になってくるわけだよね。
サシャさんが扇子をふるい、今度は『妖獣類』の枠と『影族』が、『武獣類』の枠と『プロース人族』がそれぞれ線で繋がれた。
《このように、同種族内でも別の分類に属する種族は、多くはないがいるにはいる。これは亜人種に限らず、他の種族にもこういった存在はいるから、気になった時にでも、調べて確認しておいたほうがいいぞ》
「……うん」
まあ、院に居る人たちのぐらいは知っておこうかな。でも今までそういった類の本はあんまり見掛けなかった気がしするんだけど。
ちらりとジール先生を窺うと、聞きたいことを察していたらしく、説明してくれた。
「……本はあるが、授業でも使っているから隣の部屋の棚だ。こそこそ隠れて読むような場所にはない」
あう。やっぱりばれてた。これは……怒られる材料が増えちゃったかな。よし、クレスも共犯だし道連れにしよう。
《……メルティアには、この分け方がどう見える?》
サシャさんが掌の上で扇子を回しながら尋ねてきた。
「……え?」
《さっきの差別の話についてだが、解釈の仕方によると言っただろう? 中にはな、妖獣類を特別な能力を持った優秀な種族だ、と思い、武獣類を何もない劣った種だ、と思って蔑んでしまう輩もいてな。二人には関係ない話だが、そういう考え方をする者もいてしまうことは覚えておいたほうがいい。最も、この思想に関しては逆の考え方をする輩もいるが》
「……逆?」
《ああ。武獣類こそが最も優れた種であり、妖獣類はそれに従うべき存在だ、とかな》
「……どうして?」
別に、特定の種族だから優れてるんじゃなくて、実力はあくまで個人の問題なのに。
《さあな。私には関係のない話のせいか、私自身もあまり理解はし切れていない。…………ジール》
サシャさんが視線を投げつけると、ジール先生は溜息をついて立ち上がる。
「……わかっていると思うが、生まれは才能や得意分野の傾向を定めはしても、本人の実力は本人次第だ。そこは理解しているな」
「……はい」
フーディエの前まで移動した先生に、どいたサシャさんが扇子を投げてよこす。受け取った扇子の柄をトントンと叩くと、先から鋭い切っ先がとび出した。…………え?
ジール先生は驚くことなく文字が消えて真っ白になったところを切っ先でなぞっていく。すると表面になぞったところを辿って黒い線が現れ、字が書かれていく。
「妖尊武卑の理由には見当がつくな?」
「……ん」
まあ特別な能力、っていうのに惹かれるのはわからなくもない。だからって誰かを蔑んでいいわけじゃないけど。
「武尊妖卑については、大きな理由としては年数だな」
「年数?」
「さっきこいつが言っていたように、この分類は大きく分けて五つだ。つまり細かく分けようと思えば、特に武獣類はさらに分類分けできる」
そういえばサシャさんも大きく分けるって言ってたね。
「最も簡単な分類がこれだが、この括りが制定されたのはここ200年ほど前で最近のほうだ。その際、どの種族がどれほど昔から存在していたのかも調べられた。結果、妖獣類の大半が武獣類に属する種族よりも後に、あるいは武獣類をベースとして、突然変異などで分かたれて誕生した種族だということがわかった」
「……へえ」
「もちろん、全ての妖獣類が武獣類より後に生まれたわけではないし、武獣類とは共通点のない種族もいる。だが、その数は全体で見ると少数だったために、妖獣類の根源が武獣類にあるという認識が広まってしまった。そのせいで、妖獣類は親ともいえる武獣類に逆らうな、という風潮も流れた。妖尊武卑の思想もあふれていた時代だから、余計にな」
――その思想は、今も根付いているところには根付いている。
「今はもう、その考え方は広まってないの?」
ジール先生やサシャさんの話しぶりからすると、その風潮はもう極一部のものになっているように聞こえるけど、今の話を聞く限りだと、そう簡単に消えそうなものには思えない。
「…………その後に、その考えを全て吹っ飛ばす出来事が起きたからな」
「……え?」
何かボソッと言ったようだけど、よく聞こえなかったな。
《人は、優劣を決めたがる輩が多い。些細なことでも判断材料にする心意気には感服するが、傍から見れば面白い児戯にしか見えないな》
「お前から見れば誰でもそうだろう」
《そうだな。だからこそ面白くもあり、逆につまらなくもある》
サシャさんが口を挟んできたけど、二人にしかわからない会話をしていて、よくわからない。そのまま(言ってる内容はともかく)軽口の応酬が始まったので、勝手に休憩することにした。いつの間にか、ユアさんがお茶を淹れていてくれていたのでクレスと一緒に飲む。
「…………っておい、なに勝手に茶を飲んで寛いでんだ」
「だって、二人で楽しそうだったから」
「誰が楽しいだ!」
うーん、さっきから思ってはいたけど、ジール先生がやけに感情的だ。イラついているとも言う。サシャさんの前ではいつもこうなのか、初めて見た私には判断がつかないなあ。
《ジールの機嫌が悪いのは眠いからだろう。不眠不休で動いていたのだろうからな》
「………………あ」
ソウデシタネゴメンナサイ。
《……さて、ここまでは問題ないか?》
ジール先生と交代し、再びサシャさんがフーディエの前を陣取る。
「……今のところは」
とりあえず説明されたことは理解できてると思う。
《何か質問はあるか? なければ次へ進むが……》
「あ……えっと……」
《ん?》
質問、質問ね……。
「……それぞれの分類の数の比率は、どのくらいあるの?」
数が偏ってるって言ってたけどどのくらいなんだろう。
《割合か? そうだな……》
そういってサシャさんは少し考え込む。文字を見ながら計算しているのか、扇子は上下を行ったり来たりしている。
《そうだな……大雑把な数字ではあるが、『神獣類』と『幻獣類』を一括りとして、1:2:3:4といったところか》
綺麗に比率が並んだなあ。ていうか神獣類と幻獣類、二つ合わせてようやく一割なんだ…………。
《実際にはもっと差があるがな。――ひとまず、妖獣類と武獣類の説明は終わりにしよう。さらに詳しく知りたければ、近いうちにジールが授業をしだすだろうから、その時学べばいいだろう》
妖獣類と武獣類が終わりで、神獣類幻獣類は説明しない。となると残りは霊獣類のみとなるわけだけど……、正直なところ、妖獣類と武獣類でほとんど分けられちゃう気がするんだけど、霊獣類の分類条件てなんなの?
《霊獣類は、別名で特殊型と言われるほど異質な特徴持ちでな》
妖獣類は特化型、武獣類は万能型と呼ばれるらしい。神獣類、幻獣類は二つ揃って特例型だとか。
《最大の特徴は二つ。一つは身体に、脳や心臓などの臓器以上に重要な物質として、"核"が存在していること。二つ目は、『陣』を持たず、魔術が使えないことだ》




