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異世界で新たな人生を  作者: ミト
幼少期
36/45

交渉

 突然現れた人形師を名乗る男は、笑みを浮かべたまま入り口をふさぐように手を広げている。実際には一人で入り口を塞げるわけでもなく、隙間は空いているのだが、それでも容易に通り抜けることは出来ない雰囲気を漂わせていた。


 クレスたちが警戒し身構えている間にも操られた船員たちはじりじりと室内に侵入し、クレスたちを包囲し始めている。クレスはメルティアをしっかり抱き直し、いつでも踏み出せるよう腰を低くする。この船員たちさえ突破してしまえば残るは優男と使用人らしき女のみ。可能性は高くはないが低くもない。

 しかし、踏み出す前にその動きをチャグが遮る。

「やめとけ。万全でない限り、人形師が二人組(・・・)のときに飛び込むのは自殺行為だ」

『どういう意味だ』

「とにかく、ここは俺に任せてもらうぜ」

 そう言ってチャグはクレスとメルティアを隠すように前に立ち、声を張り上げる。

 

「………交渉、だあ? この、状況で?」


 チャグの返答に軽く頷き、男は芝居がかった動きでお辞儀をしてくる。

「エエ。あ、自己紹介が遅れましたネ。ワタシはハンスルストと申しマス。この船にはもはやあなた方に敵対する者は居りマセン。どうか穏便に事を終わらせてもらえないデショウカ」

「……魔人族(・・・)の野郎に穏便と言われたって、そうそう信用できるもんじゃねえな。なにを企んでる? この状況で敵意がないとはとてもじゃねえが言えねえぜ」

 チャグは接近してくる船員たちを顎で指し、クレスを手振りで少しずつ後退させる。その際、フーディエの方をちらちらと確認しながら自身も下がる。

「オヤ、これは手厳シイ」

 男性――ハンスルストは薄笑いのまま、シルクハットのつばをおさえ、やれやれと頭を振る。

「ですが、ワタシ達に敵意がないのも事実なのデス。どうか、信じてもらえないでショウカ」

「誘拐を笑顔でやってる奴のどこを信用しろってんだ。こいつらを連れ去れば、人族に友好的じゃない獣たちは人の住処を襲う。そうすれば、世界に混乱が起こることぐらい、わかってたんだろうが」

「ですから、アナタ達が動いたト? 神の一人である彼の方ガ? それはそれは……なんとも、運が悪イコトデ。しかしこれハ……」

 ハンスルストは眦を下げまるで困ったような表情を浮かべたが、瞼をうっすら開くや、すぐさまつり上げ、ニヤリと笑みを浮かべた。

「…………なに笑ってやがる」

「いえいえ……確信できただけデスヨ。――――交渉は可能ですネ?」

「………」

 チャグは表情こそ変えなかったが、クレスにかろうじて聞こえるほどの小さな舌打ちをした。

「…………もう少し下がれ」

「……!」

 先程から、チャグはハンスルストと会話しながらも、やけにフーディエを確認している回数が多い。クレスの位置からはあいにくフーディエの姿は見えず、チャグが何を見ているのかはわからない。

「…………可能もなにも、丸腰の俺達へ数に物言わせた人形よこしといて助けてくれたァ、随分な言いざまだな」

「これは仕方のない処置でス。神と言えば我々人にとっては理解不能な存在。たとえその眷属と言えども、身の危険に変わりはないのデスカラ」

「けっ、何が理解不能な存在だ。姐さんについても、神の性質(・・・・)についても、知っていなきゃこんな対応はしてこねえだろうが」

「たまたまデス。彼の方については以前のことで見当がついていましたのデネ。そして交渉の内容ですが……アナタ達の目的は、ここにあった獣たちの奪還、あるいは解放だったのデショウ?」

 尋ねてはいるがすでに確信しているのだろう。チャグは返事をしなかったが、ハンスルストは構わず続ける。

「彼の方の目的に我々の殲滅も含まれていれば、とっくの昔に船ごと消滅していたでショウ。ですが実際には船は原型を留めており、さらに言えば双子への攻撃も止んでいますネ?」

 気づけば、いつの間にか船の振動は止まっており、爆発音なども聞こえない。

「……何が言いたい」


「あなたの反応ではっきりわかりまシタ。――――目的を果たした以上、あなた方にはもう、ワタシ達を攻撃する理由がナイ」

















 ――――――パチ、パチ、パチ。



 気の抜けた拍手が、貨物庫内に響いた。

「…………?」

「…………」

 場違い故によく響いたその音の出所は、クレスのすぐそば、子狼を抱きかかえた――――








「…………ま、正解と言やあ正解だな」

 ハンスルストの言葉を受け、沈黙していたはずのチャグが突然大きく息を吐いた。拍手の音とともにそれまで漂わせていた緊張感を一気に弛ませたチャグに、クレスのみならずハンスルストまで戸惑いの表情を覗かせた。

「……まあ、お見事と言っておいてやる。一応及第点だしな」

「……?」

「……どういった意味デスカ?」

 それまでの道化じみた仕草のまま、笑みを浮かべつつもハンスルストの声には動揺の色がのぞいている。

「言葉通りの意味だ。姐さんは、お前の交渉に応じてやるってよ」

「…………!?」

『どういうことだ』

「どうもこうも、俺は姐さんの指示に従って向こうの出方を見てただけだ。賢い奴なら、神が出てきた時点で無駄な抵抗はしねえ。そのうえでこっちの思惑に気付き指摘してきたら、そん時はその英断を称えて、今回は手を引いてやろう……ってな」

『だが、あの双子どもは……』

「あの正常な思考も出来ないガキどもなら、端っから対象に入れてねえよ。…………だから喜べ。お前(・・)が出てきた判断は、――――正しい」

「…………」

 チャグが告げた言葉は、形だけを見れば賞賛のようであったが、雰囲気は完全に上位の者が下位の者へと向けるねぎらいであった。

「………………随分と、上からの態度デスネ」

 表情こそ保ってはいたが、ハンスルストの絞り出した声には苦々しさが滲んでいる。

「お前だって知ってんだろ。――神はいつだって、人がどんな手を使おうと揺さぶられることはない。絶対的で、残酷で、理不尽な最上位の存在だ。姐さんの気まぐれに感謝するこった。まあ何が言いたいかというと――――神がこの程度で揺らぐと思うな、ガキ」

 ギシ、という微かな物音がクレスの耳に届いた。チャグの様子を伺うが、彼はこれと言った反応はしておらず、ハンスルストは会話に気をとられているようで気付いていない。傍らの女は反応どころかこれまで一切の動作を行っていない。

「……さて、ここで姐さんからの伝言がある。そろそろこれ以上、あんたの時間稼ぎに付き合うのは飽きた、だとよ」

「時間稼ぎ、ですカ?」


「詳しくは本人から聞いてくれ。――俺は伝言を届けただけなんで、ねっ!」


「なっ――――!?」

「……っ!?」

 チャグが突然クレスの襟首を掴み、メルティアごと一気に後ろの壁際まで飛び退った。

 その動きに反応しハンスルストが指示を出すよりも早く、ドゴンという大きな音と共に床が大きく傾いた(・・・・・・)

「これハ………………っ!」

 慌ててハンスルストが手を振ると、操られた船員達が身を翻し、彼を守るように囲む。

「あ、そうそう。威嚇だけにしてこっちに触れて来なかったのはいい判断だぜ。危害を加えてたら、こいつの餌食になってただろうからな!」

 チャグが叫んだ瞬間、チャグたちとハンスルストの中間――さきほど、チャグが立っていた辺り――に天井を突き破り、貨物庫を…………いや、船まるごとを一刀両断するほどの巨大な氷の刃が降ってきて、貨物庫を完全に分断した。

 氷の巨刃が床を貫通し勢いを殺した後、再度チャグとクレスの立っている床が逆に傾いた。今度はこちらが立っている側のみが傾いているらしく、その結果、巨刃で両断された部分から隙間ができ、そこから見える空の下、甲板より双子神――――サシャが見下ろしていた。








「……………………遅い」

「無茶言わねえでくれよ。あんたの行き当たりばったりの策に付き合ってここまでやったんだぜ」

「確保は」

「できてる」

 甲板から飛び降りざま、サシャはなにか筒のようなもので巨刃を殴りつけた。するとかなり分厚いはずの氷が跡形もなく砕け散り、破片がチャグたちの方へ降り注ぐ。

「うわっ!? あっぶねえだろ姐さん!」

「怪我をこさえるほど大きいものは残しておらぬ」

 そう言って着地したサシャの姿は、クレスが最後に見たものといくらか変わっていた。

 胸元辺りだった髪は腰まで伸び、耳は位置は変わらず人のものから獣のそれへ、額からは面を突き破り少しねじれた角が右側頭部に沿って生えており、腰からは何本もの尾が陽炎のように現れたり消えたりしていて、正確な数はわからない。

 人と獣の中間のような姿に変わったサシャは着地するなり、抱き上げているメルティアごとクレスを俵のように抱き上げた。

「……!?」

「暴れるでない。面倒じゃ。チャグ」

「はいよ」

 クレスの動きを腕一本で封じ、チャグに指示を出す。チャグは左に子狼を抱え、右をサシャの膝裏に回し、肩の上に抱え上げる。その途中、サシャはハンスルストへ視線を向け、上を向いた。

 チャグが床を蹴り勢いよく跳び上がると、何もない空中を蹴った(・・・)。不思議なことにチャグの体は落ちることなく、そのまま空中を蹴り上がり続け甲板に降り立った。

「…………」

 甲板に降り立ち解放されたクレスは、その惨状にしばし言葉を失う。

 まず、氷原の規模が広がっている。クレスが最後に見た時はまだ海が見える範囲もあったが、今はなだらかとは程遠く、そこらじゅうで巨大な隆起が出来ており、四方を見渡せなくなっている。船の反対側は巨大な氷塊に押しつぶされ、一部が海面へと沈んでいる。恐らくこれが船を傾かせた原因だろう。

「………………生きてるんすか? あれ」

「……さてな。元々が半死人じゃ。精霊石による延命措置をしていたようだが、あれにはもう生きている(・・・・・)意味(・・)が無いようにも思えるがの」

 サシャとチャグの視線の先、分断された甲板の向こう側にはピクリとも動かない二つの影があった。



 ――――右半身が氷に包まれたネーア。


 ――――左半身が氷に覆われたミーア。



 どちらもが意識を失い、石が埋め込まれていた筈の眼は氷の中であり、肝心の石はどこにもなくぽっかりと空いた空洞が虚ろに視線を向けていた。

「――ところで姐さん。さっきから気になってたんだけど、力暴走してね?」

「よくわかったの。メルティア嬢からとった力が切れたので自前に切り替えたのだが…………どうも出力に失敗する」

 今も正直加減が効かん、とサシャが指先に小さな氷を生み出してみると、突然膨張し四方八方に鋭利な棘を突き出した。

「ぅをわっ!? …………あー、てことはやっぱあれ(・・)がそうかあ」

「だろうなぁ………………なあ? 人形師」


「……………………サテ、なんでショウ」


 サシャが呼びかけた先、向こう側の甲板にハンスルストを抱え上げ、甲板へ跳び上がってきた女が降り立っていた。

「なあ人形師、妾はそれが欲しい。寄越してはくれぬか?」

 そう言ってサシャは女のほう――正確には、その腕に抱きかかえられている布の塊へと視線を向ける。

 疑問形で投げかけられてはいたがその口調はまぎれもなく命令であり、ハンスルストに逆らう術を与えない。

「……………………シーラ」

 ハンスルストが女――シーラに呼びかける。するとハンスルストを貨物庫から救出した時以外、微動だにしていなかったはずの体躯が滑らかに動き、ハンスルストの数歩先、船を両断する亀裂の縁に布の塊を置いた。

「……この二人は回収させて頂きマスヨ」

「構わぬ。もうソレに用はない」

「厳しいデスネエ」

 サシャが見せつけるように振った指先は、何かを抉りとったかのように血で真っ赤に染まっている。

 ハンスルストの表情は、相変わらずへばりついてるような笑みだったが、よく見れば冷や汗をかき微妙に強張っている。

「ここまでされて表情を保てるというのは、いっそ見事ではあるがの……」

「お褒めに預かりマシテ、恐悦至極…………といったところでスカネ」

 ハンスルストはかぶっていたシルクハットを胸元まで持ってき、ペコリとお辞儀をする。

 一瞬前まで見せていた強張りは瞬く間に隠され、浮かべる笑みにはすでに違和感がなくなっている。

 道化じみた表情と雰囲気を取り戻したハンスルストにサシャが疑問を投げ掛ける。

「……ああ、そうじゃ。少し聞きたいことがある」

「なんでショウ?」

ソレ(・・)は放っておけば数時間後に死ぬだろうに、回収する必要があるのか?」

 サシャがそれ、と指した先ではシーラが素手で双子を拘束していた氷を砕き、救出しているところだった。

『なんだあれは』

「ありゃ人形だ。言ったろ、人形師が二人組のときは注意しろって。人形師が二人組の時、もう片方はそいつにとっての最高作品なんだよ、大抵が」

 クレスの疑問にチャグが小声で答える。

「遠隔魔法の使い手にとって最大のメリットは離れた場所、視界の届かない場所でもほぼノーコストで魔法を発動できることだ。だけどその反面、近接あるいは高速での戦闘に弱い。それを補うために生み出されたのが魔道操糸人形。遠隔でも動かせるが、術者の目の前で操作したら手足よりも動かせる。つまり人形師と戦うなら、先に戦闘用にカスタマイズされたそいつの最高傑作と戦わなきゃなんねえわけだ」

 おまけに生き物じゃねえから文字通り身を粉にしても襲ってくるぜ、と愚痴るチャグを尻目に、クレスは考える。

 先ほどは途中からやけに余裕たっぷりな態度をとっていたが、冷静に考えれば向こうは戦闘特化の人形にその人形師+操られた船員(複数)……。対してこちらはそれぞれ片腕は(抱き上げてて)使えず、限界の近かった己と(自称)戦闘向きではない使い魔……。


 どう見ても詰んでいるのはこちら側だった。


(ハッタリだったのか……)

 クレスの視線が疑わしいものをものをみるように変わったのを感じ取ったのか、チャグも一応フォローを入れてくる。

「あっちが最悪実力行使に出てきたとしても、姐さんがどうにかしてたぜ。……あの人は何だかんだで、ここで誰かを死なせるつもりはなかったらしいからな」

「……?」

 最後の方は更に小さな声となっていったので、クレスには届かなかった。

 クレスとチャグが小声で言い合っている間にも、サシャの問いかけは続く。

「―――様子を見る限り、ソレはこの先生き残ったとしても自我は大分失せているのであろう? 実験する(・・・・)のは勝手だが、死者の領分は侵すでない」

「フフ……、生きたいと願ったのは、彼ら自身デスヨ。どんな手を使っても、どんな姿になっても生き延びたい。我らは方法を示しただけ、選んだのは―――彼らの意思デス」

「意思であろうと、おぬしたちがそれを尊重する理由はないように思えるがの」

「彼らは、数少ない成功例の一つなのデス。ワタシ達にとっても、貴重な観察対象デシテ」

 ハンスルストは懐から黄緑色の液体が入った試験管を二つ取り出すと、床へ落とす。試験管は割れ、中の液体がとび出す。

 飛び出た液体はアメーバのようにドロドロとしており、空気に触れるやいなや、人一人包み込めそうな大きさにまで膨張し、シーラの抱える双子へ向かって這っていく。

「ほう……、自我がわずかにしか残っていないのに成功、かの」

「恥ずかしながら、自我がわずかにでも(・・・)残っている、ノデス」

 アメーバはそれぞれ双子にまとわりつき、完全に中へ閉じ込めると表面が硬質なものへ変わった。それをシーラが両脇に抱え上げる。大きさも質量も増えているはずだが、その手が震えることはない。

「――サテ、せっかくのご厚意を戴いたことですし、我々は退散することとシマショウ」

 ハンスルストがシーラを引き連れ、船の縁まで歩いていく。その背に向けてサシャが言葉を投げつける。



「――次は、くれぐれも妾に見つかるへまはせぬことだな」


「………………――――肝に、命じておきマスヨ」



 ピイイィヤ~~~~~~、という鳴き声がした次の瞬間、空高くよりクレスの身の丈何倍もある怪鳥が急降下してきた。

「…………っ!?」

 衝撃と風圧が同時に発生し、クレスは咄嗟の事に身体を屈め視線を下に向ける。

 怪鳥は船すれすれを通り過ぎると、今度は急上昇し瞬く間にその姿は見えなくなった。

「……なんとも、派手な退場の仕方じゃの」

「…………姐さんも十分派手だったとは思うぜ」

 風が止み、クレスが顔をあげるとハンスルストたちの姿は消えていた。

 怪鳥が船に接近したあの一瞬で乗り移ったということだろうか。残されたのは、貨物庫に倒れこむ操られていた船員たちと、亀裂の縁に置かれた布の塊だけだった。

 サシャが拾い上げたその布の中から出てきたのは、古びた折れた剣だった。

『それは……』

 布の中から出てきたそれを見た瞬間、クレスのなかで何か不愉快な感覚が走り抜けた。

 剣を見るクレスの視線に気付いたのだろう。サシャが再び剣を布で覆い隠す。

「まだおぬしが感じるのは違和感だけかの? まあ、知識として覚えておくがよい。――これは『神殺し』…………のレプリカだな」

『神殺し?』

「殺しとついてはいるが、実際に殺せるわけではないぞ。範囲内の『代理神(・・・)』の権限(・・)を、一時的に弱体化させるものじゃ。神は本来最上位の存在であり、代理神がおる場所ではその神が司る現象を引き起こすのには神の許可がいる。だがこれはその権限を弱めるので、強制力が失われる。つまりは神の力の無効化さ。…………おぬしが記憶(・・)を取り戻しさえしていれば、無用の説明だったのだが」

以前の生(・・・・)に興味などない』

「…………そうだな。以前(・・)よりも、おぬしは生き生きとしておるよ」

「ところで姐さん。レプリカってなんでわかんだ?」

「阿呆が。神殺し自体、世界にいくつとない貴重品じゃ。剣の形のものは妾が把握しているものでも片手に満たぬ。そんな貴重品を強要されたとてそうホイホイと渡せるものか」

「あ、なるほど」

「それに本物ならば妾の制御はもっと効かなくなっておる」

「げ」

 サシャは神殺しをひょいとチャグへ投げ渡す。慌てて受け取ったチャグは渡された理由がわからない。

「持って帰ってこい。そろそろ港からも人が来る頃合いじゃ、見つからずに行けよ。妾は坊たちを連れて先に帰る。ああ、途中でジーさんに伝言も頼む」

「へ? いやいや俺も一緒に連れてってくれよ」

「それがある限り妾の力は安定せぬ。この中で自力での移動手段を維持できているのはおぬしだけじゃ」

「だ、だからって……っ」

「はよう行け」

「ちくしょー!!」

 紙片と子狼をべしっとサシャに投げつけボン、と音と煙をたてて獣姿に戻ったチャグは、剣を布ごと口で銜えて空を駆けて行った。去り際に「あねふぁんのいひわう――!!」と叫んでいたとかいなかったとか。

 やれやれとため息をつき、紙片を懐へしまい小脇に子狼を抱えたサシャは、クレスとメルティアの方を向き近付いてくる。子狼はさっきからやけに大人しいと思ったら、いつの間にか伸びていた。いつからだ。

「……さて、おぬしらにはこれから妾の屋敷へと来てもらうぞ。怪我の手当てと、メルティア嬢への礼もせねばならぬからの」

『必要ない』

 サシャの言葉にクレスはメルティアをギュッと抱きしめ、一歩後退る。

「いいや、必要さ。おぬしとて勘付いてはいるのだろう? 気づいてしまえば、見逃すことは難しい」

「【……メルティアは、なニも知ラナい。――なにモ、気付いテイナい!】」

「そうじゃな。その原因についてはいずれ調べる必要はあるが…………気付くか否かは関係ない。すでにメルティア嬢はおぬしと同じでそういう(・・・・)存在になっておる。見過ごすことはできぬし、対策も施さねばならぬ」

「【対策……?】」

「気休め程度のものではあるがの。――――【解錠を許可 開け】」

 サシャの言葉とともに、サシャの影に波紋が出来る。

「入るがよい」

『影族以外での影の空間転移………………"空間"を司る神か』

 クレスの言葉を見て一瞬キョトンとしたサシャだが、すぐに合点がいったようで、名乗りを上げる。



「そういえば挨拶をしていなかったの。――――いかにも、妾はあらゆる"空間"を司る神。今はサシャと名乗っておるよ。よろしく、同胞たち(・・・・)


『――クレス・アルチェスト。経緯は覚えてはいないが"水"を司る神。…………メルティアにちょっかいは出すなよ』


 とりあえず三人称はここで一旦終了。

 次回から一人称に戻る予定です。

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