救出
「…………よし、作戦変更だ。坊主、――――この壁、ぶっ壊せ」
『…………それが指示?』
「おう。つっても、壊すのは俺らが通れる程度にだけだぞ。下手にぶっ壊して中に被害出してもまずいからな」
『……元の作戦は』
「そっちも内容自体はあんま変わんねえな。壊す場所が搬入口か壁かに変わっただけで」
クレスのチャグを見る目が胡乱なものへと変わった瞬間だった。
「しかたねーだろ。本来は姐さんがやる手筈だったんだ。あの人は最善の方法よりも手っ取り早い力技を選ぶ人なんだよ」
『お前はやらないのか』
「わりぃが俺は移動専門でね。戦闘に期待はするな」
『……使えない』
「この件に関しては否定できねーな」
「…………」
抱え上げているメルティアの体勢を変え、左手のみで支えて空いた右の手のひらを船へ向ける。
「あ、その翼もいい加減しまえよ。元がない分、腕よりも戻すの楽だろ?」
『うるさい』
チャグの茶々をかわし、クレスが呼吸を整え、船をにらみつける。すると、再び波がうねりだし、たちまち渦を作り出した。
「…………さっすがは"水ノ神"ってか。完全に覚醒しちゃいねえのにこの精度……わかっちゃいるが、末恐ろしいね」
チャグの呟きは渦の制御に集中するクレスの耳には届かなかった。
ドリルのように回転し、棘のように鋭く突き出た渦の先が船に向けられる。
「……」
クレスが振り上げた腕をサッと降ろすと、その動きに従い、渦が勢いよく船へめがけて激突した。
派手な音をたてて渦は船の外板をがりがりと削っていく。
「………………っ!?」
あともう少しで貫通する、となったとき、突然クレスの腕が何かに弾かれたように上へと振り上がった。それと同時に船を削っていた水が膨張し、削り取っていた外板の瓦礫ごと、暴発した。
「あぶねぇっ!!」
間一髪、チャグがクレスの襟首を掴み引き寄せたことで被害を免れた。
「…………?」
クレスが突然自分の制御を離れた右腕を見つめる。何が起こったのかをわかっていないようだ。
その様子を見ながら、チャグはクレスを立たせ、その頭をクシャリと撫でる。
「……あー、こういうとこはまだまだガキってことかよ」
『なにがだ』
クレスがチャグの手を払いのける。チャグは肩をすくめ、暴発し結果的に無事穴が開いた船へ足を向ける、が振り返り、真面目な口調でクレスに告げる。
「お前、今日はもうその文字を出す以外の魔術は極力使うな。自覚してねえみたいだが、大分限界が来ている」
「……」
チャグはそのまま穴の中へ入っていく。クレスはそのぽっかり開いた穴の前に立っていたが、ふと背中の翼を広げ、ゆっくりと折り曲げていく。背中にピタリと折りたたまれた翼は、クレスの中へ解けるように消えて行った。
翼をしまい、身軽になったクレスはメルティアを抱え直し穴をくぐって船内へ侵入した。
クレスが外から侵入したのは、貨物庫の一つだったらしい。元は積まれていたのだろう木箱がいくつも崩れている。チャグは既に部屋を出ているらしく、室内に彼の姿は見当たらない。
辺りを見回しているとどこからともなく蝶が飛んできてクレスの周りを漂う。フーディエだ。
「……」
フーディエが飛んできた方向を見ると、この部屋への入り口があった。どうやらチャグもあそこから出て行ったらしい。
クレスが入口へ足を進めると、周りを飛んでいたフーディエがクレスの前をひらひらと飛んでくる。まるでついて来いと言わんばかりにだ。
「……ついテこイと?」
クレスが確認するように尋ねるが、フーディエはそれに応えようとはしない。当然だ。どう見たってフーディエにはそのための器官が存在しない。
クレスが止まっているとフーディエもその前に留まっているだけでどこにも行こうとしない。クレスが一歩進めばフーディエもその分前に進む。
やがてクレスがフーディエを追うように歩き始めるとフーディエもその分案内するように進んでいく。
通路を出て、周りを警戒しながら進むが妙なことに誰ともすれ違うことがない。誰とも会わないまま、聞こえてくる物音はクレスの足音と地震のように揺れる船体、その余波でパラパラと落ちてくる破片ぐらいだ。
いくつかの部屋を通り過ぎたところでフーディエが一つの部屋の中へ入っていく。
そっと覗き込むが明かりが無く、中の様子は判別しづらかったが、部屋のあちこちから息を殺して物陰に潜む気配を感じる。
警戒をあらわにする気配に身構えつつ、クレスはフーディエの元まで歩いていく。
フーディエが旋回する傍にあったのはクレスの腰ぐらいまでの高さの檻だった。
「………」
暗さに慣れた目で辺りを見回せば、暗がりにいくつものサイズがバラバラな檻が置かれている。半分近くは空のようだが、いくつかの檻の中にはじっとこちらを見つめてくる何かがいた。
抱えていたメルティアをギュッと抱き付くように引き寄せ全方位に反応できるよう身構えると、不意に下の方からメルティアがひっぱられるような感覚がした。
「…っ」
下に顔を向ければ、すぐそばの檻の中から獣の口のようなものがメルティアの服の裾を銜えて引っ張り込もうとしていた。
すぐさまメルティアをさらに抱え上げる。銜えていたなにかは檻によりそれ以上出ることはできず放したが、それでも諦めずに鼻を檻に擦り付けている。
「……」
「待て待て! そいつも保護対象だ!」
クレスがはっきりと警戒の意思を浮かべ檻を攻撃しようとしたとき、チャグの焦りを含んだ声が響き渡った。
姿の見えなかったチャグがいつの間にか入り口に立っており、手にはどこから手に入れたのか鍵束のようなものを携えている。周りにはクレスのとは別固体のフーディエが舞っている。
『……保護対象? こいつらがメルティアが助けようとしていたモノ?』
「……そーだよ。ついでに言うと俺らの探し物でもある」
『こいつらは、なんだ』
「簡単に言えば、誘拐だな」
チャグは喋りながら檻の中に閉じ込められている獣の数と種類を確認していく。
クレスはどの檻からも数歩以上離れた位置に移動し、チャグの様子を見つめる。
『…誘拐?』
「そ。こいつらは皆、さっきの双子どもに連れてこられてきた。そのままどこに行こうとしてたかはまあ…………ある程度の予想はつくな」
『……お前たちはこいつらを助けに来たのか?』
「いんや? 俺らが捜してたのはあくまでもそのうちの一匹……そうそう、お前が攻撃しようとしたガキだけさ」
確認が終わったのか、クレスに向かって唸りながら檻にかじりついている獣に近づき、その鼻筋を撫でて落ち着かせようとする。
「……よう、ガキんちょ。覚えてねえか? 俺のこと。お前の爺さんのところで会ったんだが」
警戒をあらわにしていた獣――よく見ると子狼である――はやがてチャグの匂いに覚えがあったのか、鼻を擦りつけるように手のひらへ押し付け始める。
「お、気が付いてくれたみてえだな。待ってろ、今出してやる」
そう言うとチャグは鍵束の中から鍵を取り出し、子狼を閉じ込めていた檻の扉を開けて縮こまったその体躯を抱き上げる。
「よっし、救出完了」
『……他はどうするんだ』
クレスは他の檻に閉じ込められている獣たちを見回す。とてもではないが、二人で無事運び出せる量ではない。
「まあ…………残りの奴らを助ける義理も理由も俺達にゃあねえからな。時間もないし、残念だが置いていく」
チャグもクレスに倣い、檻の様子を眺めた後、肩をすくめやれやれと言うように頭を振る。
「…………と、いきたいとこなんだがな」
『助けるのか』
「おう。このまま放置していくと、面倒なことになっちまうんでね」
『……どうやって』
「こういう時こそ、姐さんは便利でね」
チャグは懐から四つ折りにされた小さな紙片を取り出す。
『それは?』
「姐さん特製の魔法印だ。中身は、空間歪曲収納。生物であっても数時間なら安全を保証できる……それ以降はわからんが」
『聞いたことがない魔法だ』
「そりゃそうさ。こりゃ姐さんが連絡を受けたあとに即席で作ったもんだからな。俺でも扱える使い捨て、ってとこだ」
チャグは広げた紙を床へ投げ捨てる。紙に書かれた魔法印は床に落ちるなりそのインクがひとりでに伸び始め、瞬く間に元のサイズの十倍は大きくなった魔法印が貨物庫の床に広がった。
「んじゃ、こいつの面倒を見といてくれ」
そう言ってチャグはクレスの足元に抱き上げていた子狼を降ろす。
『……何故』
「お前その嬢ちゃん手放して手伝う気ねえだろ。突っ立って見てるだけならガキんちょの面倒見とけ」
チャグから離された子狼は、クレスにおずおずと近付き、クレスのズボンの裾によたよたと寄りかかる。
蹴ってやろうかと思ったが、やめた。メルティアが助けようとしていたものなのだ。クレスはメルティアが少しでも悲しむ可能性のある要因を、自ら作る気はない。
チャグは閉じ込められている檻を片っ端から開け、中に閉じ込められている獣を引っ張り出しては魔法印の中心へ放り込んでいく。中には、チャグに対してあからさまに警戒を向け、檻の奥から動かないものもいたが、チャグがなにか巾着のようなものを近付けると、たちまち瞼を閉じて大人しくなった。
『何を嗅がせている』
「睡眠薬を混ぜた香袋ってとこだな。興奮してるやつほどよく効く。初めて嗅いだ奴なら大体半日ぐらいはもつぞ。回を重ねる度に薄まっちまうのが難点だが」
喋りながらも作業を続け、瞬く間に空の檻が増えていく。順調にいっているように見えたがしかし、心なしか獣を引きずっていく度に、何故かチャグの顔色が悪くなっていく。中には大きめの獣もいるが、所詮は人に捕まえられ、檻に閉じ込めて船に搬入できるようなサイズのものばかりだ。数も多いというわけでもないので、そこまで急激に体力を消耗するはずではない。加えてチャグはなんだか焦っているようにも見える。
『いずれは沈むだろうが、まだ沈没には余裕がある。何故急ぐ?』
「……そういや、言ってなかったか。実は姐さんの推測じゃあ、この船には最低でもあと一人、厄介な奴がいる……はずなんだ」
チャグは息切れを起こしながらも、ラスト1体を残して檻を空にした。そこまでいってようやく一息ついたのか、動きを止めてしゃがみこむ。
『……はず? そもそも、何故そんなに息を切らしている。見掛け倒しか』
「てめえ、大分口悪いよな……。俺が体力削られてんのは姐さんのせいだ。あの人魔法印の魔力配分が自分基準の目分量なんだよ。並の奴だったら3分も発動してりゃあ、余裕で魔力枯渇になってぶっ倒れてるレベルだ」
息が整ったのか、勢いよく立ち上がり最後の檻の鍵を開ける。最後の檻に入っていた獣は比較的大人しく、チャグが背を押し誘導すると自分から魔法印へ進み、少し躊躇ったのち、中心へ飛び込んだ。
「よっし、終わり! で、確証がねえのは俺が実際にそいつにあったことがねえからだ。姐さんも確率は半々って言ってたからな。……けどもまあ、いるっつー可能性がでかくなってきちまってんだよなあ」
『……証拠は』
チャグがパン、と手を叩くと、魔法印はどんどん縮小していき、元の紙片に収まるサイズまで縮まった。小さくなった紙片を拾い上げ、懐に入れる。
「ここにくるまで、船員の姿を見かけたか? 俺は見なかった。最低でも、そこの嬢ちゃんが気絶させたやつが転がっててもおかしくはねえのに」
確かに不自然に思った記憶はある。しかし、あくまで偶然で片付けられる範囲だ。今は甲板のほうでの騒ぎもあって、上のほうに注意が向いているだけかもしれない。
「一理あるが、鍵のあった部屋まで無人だったんだ。ついでに、姐さんから聞いた話だとそいつは人形師らしい」
『人形師?』
「……あ? 知らねえのか? 人形師ってのは遠隔魔法の使い手の別名みてえなもんだ。別に遠隔魔法のやつら全員が人形師ってわけじゃあねえんだが……、多いのは確かだな。でまあ、人形師は状態と場合によっては、人の身体を操ることも出来る」
『状態と場合?』
「おう。確か……人形師に対して、敵意がないことと、意識を失っていること。ちなみに死体にも適用される。気色悪いぜ。白目をむいて泡を吹きながら近づいてくる光景は」
『あんな感じにか』
丁度入り口のほうにチャグが言ったような光景が見えたので視線を向ける。
「お、そうそうあんな感じ………………って、……は?」
「――どうも。ワタシの噂をしていたようなので、現れてみマシタヨ」
白目をむき、よだれや泡を吹きながらよたよたと入り口に集まる人影。水夫の服装をしているので船員たちだろう。その奥に佇む二人組。片方は漆黒のドレスに純白のエプロンドレスを身につけた女性。使用人のように片割れの後ろに立ち、何か布に包まれたものを抱えている。
もう片方は、燕尾服に黒いシルクハットをかぶった男性だ。一見普通の人族にも見えるが、細められた目元に二つ、涙のように連なった碧い石が肌に直接埋め込まれている。
「いやはや、ワタシはあくまであの子達の監視役であって、でしゃばる気はなかったのデスガネェ」
シルクハットの男は、芝居がかった口調でやれやれと頭を振る。
入り口は彼らに塞がれ、脱出できるような隙間はない。
「…………噂の人形師さんのご登場、ってか?」
「噂のかどうかはわかりませんが、この船に人形師はワタシだけデスネェ」
「随分と遅い登場だな。高みの見物でもしてたのか?」
「イエイエ、とんでもナイ。ワタシはあの子達がどう対処するかを観察していたダケデス。いわば保護者と言えるようなモノ。あの子達の成果を見届けるのがワタシの役目でしたノデス」
「……へえ。んじゃあ、その保護者サマがどうして今更ノコノコ出てきたのか、理由を聞かせてもらえるかい」
子狼を持ち上げながら、チャグが警戒もあらわに敵意のこもった声で尋ねる。
シルクハットの男は向けられる敵意にもなんら動じることなく、仮面のような笑みを顔に張り付けたままだ。
「ワタシはあくまで監視役ですから。あの子達が使えなくなるのを放置していたとなると、ワタシが叱られてしまうのデスヨ。それは困りマス。ですから…………」
そこまで言って、男性は芝居がかった口調のまま、ニッコリ笑って告げる。
「――交渉に来ましタ。ワタシ達を見逃して欲しいノデス」




