危機
「「――――ケモノは、殺さなくちゃ」」
「――――!?」
その言葉と同時に放たれた気配に、体は本能的に察知して動いていた。
「【属性は光 形状は球 性質は拡散 発動】!!」
ほとんど反射的に叫んだ言葉に、魔術は応えてくれた。
手のひらから飛び出た光球は私と子どもたちの中間地点まで飛び、その場で一気に拡散した。
「うわっ!?」
「わあっ!?」
流石にこれには対応できなかったのか、子どもたちは暗がりからいきなり光に覆われた室内を直視することが出来ず、咄嗟に眼を腕で庇った。
――――今だ!
「【属性は強化 形状は無 対象は自身 性質は脚力 発動】!」
身体強化で限界ギリギリまで脚力を上げ、床を蹴る。
前に向かって跳躍した私の体は、怯んだ双子と天井の間をうまく潜るように跳び越え、そのまま廊下に着地すると勢いそのままに走り出す、のついでに後ろを振り返りながら、詠唱を省略して魔術を放つ。
「【床よ凍れ】!」
双子の足元が凍り始めるのを後目に、全速力でその場を離れる。
「……【属性は強化 形状は無 対象は自身『頭部』 性質は治癒 発動】」
走る途中、頭から垂れ落ちるものに気付いて、走りながら止血する。
今のところ追ってくる気配や足音はしない。が、油断は出来ない。
子狼たちのことが心残りではあるが、あの子どもたちの様子を見る限り檻の中の動物を今すぐどうこうするわけではなさそうだったし、それにこれはもう私一人の手に負えるものでもない。魔力も今日はなんだかんだであちこちにおいて消耗量の多い魔術を連発してたせいで、正直もう半分を切っているため危ないことこの上ない。
ここは早いとここの船から脱出してキドゥさんなりルックさんに知らせるなりしたほうが確実だ。
というわけで船からの脱出ルート及び出口を見つけることを画策しようとしたときだった。
突然、腹に響くような重低音が響いたかと思うと、船全体が微かな振動に覆われる。
「船が…………?」
どう考えても汽笛の音ですね今の。
まだ猶予あるんじゃなかったの? なんでもう出港し始めてるんだ。
もう船が港を離れたってことは、入り口に使った搬入口は使えない。となったら……、
「……甲板か」
そこから飛ぶしかないだろう。
となったら上へ通じる通路や階段でも見つけないと。
道すがら出会った船員の人達は片っ端から昏倒させる。光膜魔術を使用しているので見つかりづらくなっているため、奇襲が成功しやすい。
肝心の魔術も今のところどれも問題なく発動している。一体さっきのはなんだったんだろうか。
大人もいて、幼獣を取り戻そうとしてくるかもしれない成獣の存在も警戒すべき中、ただの子どもにその管理と責任を押し付けるものだろうか。否、無能な統治者だってそんな愚は冒さない。
――つまり、あの双子にはこの役目を任されるだけの力があるはずなのだ。得体の知れない、何かの力が。
…………それが、さっきの魔術の無効化につながっているんだろうか。けれど、その直後に発動した光魔術は問題なくその効力を発揮した。何か、条件があるんだろうか……。
やっぱり、この世界には知らないことが多すぎる。
けれどなにもできない訳じゃない。碌に移動範囲が狭かった前世と違い、今世は知る手段も、自由に動ける体と技術もある。
そこまで考えて状況が状況で不謹慎なのだけど、好奇心が湧き上がってくる。
――もっといろんなことを知りたい。
(この世界を回るために)
――もっといろんなことを学びたい。
(この世界で、生きていくために)
――もっと、いろんなことを感じたい。
(……コレ以上、何度モ――――)
……………………ん?
あれ、今何を考えてた? これ以上? なんのこっちゃ。
とにかく! 今後の目的のためにも、私はこんなところで人生終了する気なんてさらさらないのだ。
大分上の階にまで上がってきたようだ。ちらほらとあちこちに窓が見えてきてる。
「…………当たり」
目の前の閉じた扉を押し開いた瞬間、一気に視界が広がった。
「…………海」
甲板に出て真っ先に視界に入ったのはどこまでも続く海、海、海。
視界180度どこを見ても海原が広がっている。
「……」
ととっ。海に一瞬気を取られてしまったけど、慌てて甲板の人影を探す。幸い、誰もいないみたい。
甲板に出て後ろを振り返る。そこそこ大きな貨物船だったから後ろ見えない。
ちなみにこの船、動力があるから帆とかマストはないものである。
手すりから身を乗り出して横から覗く。
思ったより船の速度が速かった。港が結構遠くなってる。
「……急がないとマズいかな」
念の為扉を氷結した後、恐る恐る、飛行魔術を発動する。ちゃんと発動した。
「お」
ただし、さっき無効化されたのが同属性である風魔術だったので、警戒しながらゆっくり上昇する。
そのせいで若干たどたどしい動きになってるけど、とりあえずいける。
「よし」
船越しに港が見える高さまで上がった。
一気に速度を上げようと体勢を整えた時。
「どこへ行くの~?」
「どこへ行けるのー?」
すぐ近くからそんな声が聞こえた。
「っ!??」
慌てて振り向く。誰も影も形もない。当たり前だ。誰の気配も感じなかったんだから。…………いや待って。さっき甲板からの扉は開かないように氷で覆ったはず。
――どうして、氷がもう解けているの?
「鬼ごっこは終わり?」
「それじゃあ、お前の負けだ!」
「負けた奴には罰ゲーム!」
「何にするー?」
「何にする~?」
「海に落として溺れさせる?」
「つまんないよ~。火あぶりにして苦しめちゃおう!」
「面白そう! そうしよう!」
声が聞こえる。扉の向こうから、無邪気に、残酷に、絶望を告げる声が。
体が固まったように動かない。いや、比喩でもなんでもなく本当に動かない。
さっきまで正常に動いていたはずの浮遊魔術が、私の制御を離れて私を動けないように拘束している。
「なん、で……っ」
ついに氷は完全に解け、急激に赤熱された扉は勢いよく吹っ飛ばされた。そして無理矢理こじ開けられた出入り口から、左右対称の双子がニコニコしながら出てくる。
「……いったい、何をしたっ!」
「なんだと思う?」
「思っちゃう?」
「でもね、教えて」
「あーげないっ!」
「!?」
グイ、と引っ張られる感覚と共に、浮遊していた状態から一気に甲板へと向かって落下する。そして落下先にはいつの間にか生成中の巨大な炎のドームが…………って! あんなものに突っ込んだら火傷どころじゃ済まない!
「【水の盾っ】!!!?」
無我夢中でありったけの魔力を使って水を生成。最早形状なんて考える暇もなく、とにかく下方に向かって水を集中させる。
落下の勢いは弱まることなく、そのまま炎に突っ込んだ。途端、熱と痛みが襲い掛かってくる。
「ああ゛あ゛あ゛あ゛あああぁぁっっ!!?」
炎の壁は突き抜けたが、受け身も取れぬまま甲板に叩きつけられる。
右腕が熱い、痛い。全身火達磨は避けられたようだけど、無傷とはいかなかった。
右の手首の辺りから肘にかけての皮膚が赤く爛れ水膨れている。体は打ち付けられた衝撃で起き上がれない。
突き破った炎の壁はすでに修復され、完全に炎の籠へと閉じ込められた。
炎の熱気と、炎に対する本能的な恐怖、痛みと残り少ない魔力のせいか、体が満足に動かない。
「……っ、……っ」
息が苦しい。このままじゃ、炎に焼かれて死ぬよりも二酸化炭素による窒息で死ぬ。
呼吸困難のせいか、炎によるスクリーンのせいか、炎越しに見る双子の姿は歪んで見える。ただ、歪んではいても、その口元の端がつり上がり笑っているのは分かった。
本当にこのままなぶり殺しにする気? 嫌だ、私はまだなにもやれてない。まだ、なにも残してない。生きたいんだ。
脳裏に誰かの顔が浮かぶ。透き通った水色の髪に金色の瞳。私はその顔に向かって手を伸ばす。
――――死にたくない…………!!
「――【掻キ消エろっ】!!!!!!!!!!」
声が聞こえたのは同時だった。
私を囲んでいた死の檻はまるで何かに引き裂かれるように霧散していった。
「……ゲホッ、ゲホ! はっー、はー…………」
喉が痛い。けれど、空気が吸える。炎が、消えた……?
「も~、なんなの~? 君」
「邪魔しないでよー。せっかくもう少しで死んだのにー」
「……【ダまれ】」
聞き覚えのない声が響き渡る。
続けて何かを喋ろうとした双子が慌てて自分の喉に手をあてた。何? 声が出なくなってる?
今のって、まさか魔声? じゃあ今のは…………!
なんとか痛みを堪えて体の向きを変える。誰もいなかったはずの後ろには影がポツンと存在している。状態を引き起こし、その影の真上を見上げる。
――――仰ぎ見た空には、常になんの感情も表情に浮かべず、なんの興味も抱かないはずのクレスが、激しい憎悪をその端整な顔に浮かべ、空に君臨していた。
――――飛行する術を持たないはずの彼の背中に、大きく蝙蝠のような翼を広げて、この船を、双子を睨みつけていた。




