奇妙な声
屋根を伝い、時々止まっては声の方向を探る。声はどうやら支天柱のある方――港の方角のようだ。
港の方は、遠目に見ても船が何隻もあるのがわかる。
…………………タイ…………タイヨゥ
少しずつ声は大きくなってきてる。けれども、正確な発信源はまだわからない。多分、あの船のどれかなんだろうけど。
せめてもうちょっとヒントがあればなあ。早くしないとクレスが来て連れ戻されちゃう。
並ぶ建物が住宅から倉庫に変わってきたあたりで路地に降りて、こっそり顔だけ出して港を覗く。
産まれて初めて見た海は、天気が良いのも相まって、空の青がそのまま映ったんじゃないかってくらいに青い。
波も穏やかで、時折流れ込んでくる風から潮の匂いが感じ取れる。
「…………」
はっ。
何もない平和な光景に見入ってしまい、一瞬目的を忘れてた。
頭をフルフルと振って、思考を切り替える。
改めて港を眺める。船は何隻もあるけど、ざっと見た限り人の出入が多いのはそのうちの数隻ぐらいだ。
正直倉庫の方が確認が簡単だったんだけど、なんとなく声の出所は倉庫じゃない、ってことがはっきりわかる。
そもそもなんで他の人に聞こえない声が私にだけ聞こえるんだ。幻聴? 体は弱いけど今のところ重い病気にはかかってないしおかしな薬も服用なんてしてない。幻覚効果のある食べ物を食べたってのならクレスも道連れしてるはずである。
うんうん考え込んでも、ピンとくる答えは出てこない。
そうしていると、ふと、壁に隠れて見えないけれど、港の方から話し声がボソボソと聞こえてきた。
あの声ではない。聞こえてくる声はやけに甲高い、というより子どもの声?
何だろうか。
「【属性は強化 形状は無 対象は自身 性質は聴覚 発動】」
聴覚の精度を上げて、話し声を聞き取る。
聞こえてきたのは子どもと、何故かその子どもにへつらう大人の声だった。
「ね~え、いつ積み終わるの~?」
「飽きたー、つまんないーい」
「も、もう少々お待ちください。あと30分ほどで出港準備が整いますから……」
「遅いよ~、いつまでもこんなケモノ臭いところにいたくないんだから」
「早くしてよー、じゃないと、ケモノ諸共、船を沈めちゃうよー?」
「ひぃっ!?」
子ども(多分二人)が他愛もなく(物騒だが)言った言葉に、大人の方はわかりやすくうろたえて怯えてる。
どういう関係なんだ一体。明らかに子どもの方が上の立場なんだけど。
「あ、けどそんなことしたら怒られちゃうな~」
「ケモノなんていらないのにねー」
「「ね~(ー)!!」」
「…………ひっ」
「な~に~、まだいたの~?」
「はやく行ってよー、僕らはとっとと終わらせたいんだから」
「……は、はいっ!!」
大人の人の声が遠ざかるのと共に駆け足が聞こえた。積み込み作業に戻ったらしい。
残った子どもたちは、無邪気にキャハハハ、と笑う。
「ケモノなんて、この世にいらないのにね~」
「ケモノなんて、殺しちゃえばいいのにねー」
………………………………。
子どもの気配もなくなった。どうやら誰もいなくなったみたいだ。
獣臭いなんて言われたから一瞬ばれたのかと思っていたけど、違ったらしい。
ケモノ……、さっきから子どもの方はその言葉を連呼していた。彼らの言ってる船に動物でも乗せてるのか?
けど、子どもの様子を聞く限り、あんまり良い待遇ではなさそうだ。……もしかして密売、とか?
大人……多分乗組員の人かな、の話だと30分で出港してしまうみたいだっけ。
「ん…………、決めた」
その船から探そう。ケモノってのが動物じゃなくて獣人って可能性もあるし。
しっかし、なんであんな年端もいってない(多分)子どもがあれほどに敵視してるんだろう。言葉や思想も子どもにあるまじきものだったし。
お探しの船は比較的簡単に見つかった。
だってこんな祭りの日に出港の作業なんてしてる人の方が少ない。
船の搬入口は開いているので、姿さえ消してぶつからないように移動すれば、おそらく入ることができる。
「【属性は光 形状は膜 性質は透過 屈折 反射 発動】」
光膜魔術で姿を見えなくし、足音をたてずに近づく。
海の男は屈強な人が多い。どの人も筋骨隆々で大きく重そうな荷物を楽々運び込んでる。
そうっと忙しそうに動く船員の人達をかいくぐり、無事船内へ侵入成功!
視界に入らないところまでいそいで移動し、ほっと息を吐く。
昼間と言えど、窓のない船内の廊下はぼうっとした明かりしかついておらず、仄かに薄暗い。
多分上の階とかに上がればもうちょっと明るくなるんだろうけど、今はこの階を探索だ。
ただ、いちいち船室を見て回るには時間が足りない。ここはリスクを承知で魔力探査を行うかな。
「【形状は粒子 性質は拡散 反響 感知 発動】」
属性を付けなかったので、性質のみ与えられた魔力が眼にも見えないほど細かな粒子となって拡散していく。
これは探査魔術の一種。魔力の量さえあれば比較的簡単に出来る魔術の一つ。ただ、簡単な分、デメリットも多い。その最たるものは探査範囲が広ければ広いほど消耗が激しいのと、散っているのはただの魔力だから敏感な人や詳しい人だったらすぐ勘付かれてしまうってとこかな。
さてさて、船底の構造はっと…………、そこまで部屋数は多くない。荷物を置く場所なだけあって、一つの部屋が広いからだ。
入り口付近で動いている反応は除外。それ以外で動いているのは、と………………………ん?
………………タイ…………カエリタイヨゥ
「…………!?」
今までで一番はっきりした声が聞こえた。この階にいるの?
けれど、残りの反応は…………。
「……」
行ってみるか。
薄暗い通路を、暗視効果を付与した視界で進む。
幸いすれ違う人はおらず、隠れることなく目的地に辿り着けた。
目的の部屋を覗いて最初に眼に入ったのは、部屋いっぱいに置かれている多くの黒い檻だった。
しかも、空ではない。全て、とは言わないけどいくつかの檻の中で何かが丸まっている。
…………ココハヤダ………カエリタイヨォ
耳を澄ますまでもない。声の聞こえてきた方の檻の中には、こんもりと丸くなって震えている白い毛玉がいた。
失礼。毛玉に見えるけどちゃんと動物だ。
「……君が、呼んでたの?」
声をかけると、毛玉はビクッと震えて、丸まった状態からこっちをこっそりと覗いてきた。
…………ダアレ?
いや、そんなキョトンとされた顔をされても困るんだけど……。
白い毛玉は……犬? いや、微妙に違うな。狼?
この世界には人語を普通に話す知能をもった動物は少なくないようだけど、この狼はまだ幼くてまともに喋れないんだろう。念話を使って話しているのがいい証拠だ。この世界の動物が使う念話は、まだ言葉をちゃんと理解していないものに、単純な意思を伝えるために使われるものだから、幼い頃はもっぱら念話で意思疎通をはかるらしいし。
どうやら、意図してこちらを呼んでいたわけではないようだ。念話を誰に発するでもなく泣き続け、それを偶然拾った私が好奇心の元にここへおびき寄せられた、ってことか。
この有様を見る限り、やっぱり密漁による捕獲かな。
ただの動物ならともかくも、人語を理解できる高い知能をもった種族の子どもを密漁。
外の世界に今日初めて出た私だが、密漁がこの世界でも犯罪になることは知っている。
「…………」
あ、やばい、結構マズい事態だ。予想よりも大事になってる。
この子狼以外にもこの場に捕まってる動物が多い。
多分、さっきの謎の子どもらが話してた獣はこの部屋の動物たちだ。
30分以内に準備が整って出港。あるいは間に合わなかった場合、この船は沈む、かもしれない。
外の大人たちに知らせる余裕は…………。
…………キミ、ダアレ?
「? ああ…………」
考え込んで子狼の問をさっきから無視してしまっていた。
私は被っていたフードをとって、怪しくないとアピールする。
「私はメルティア。君の声が聞こえた」
だからここに来た。って伝えたけど、通じてるかな。こちらの言葉がわからない可能性も…………私念話なんて使えないし。
…………メーア?
「いや、メルティア」
…………メーア!
「……メーアです」
諦めた。
どうやら言葉自体は理解できてるらしいけど、子どものせいか、そこまで語彙は多くないらしい。
……ココクライ。カエリタイヨゥ
言葉が通じたのが嬉しいのか、震えていたのが今度はグズグズと泣き出してしまった。
どうしようか。とりあえずこの檻からは出した方がいいのかもしれない。
しかし問題は私がここにいる動物全てを抱えて脱出なんて、到底出来っこないということだ。
だからといってここで何もしていなければこの船は出港してしまう。それはマズい。
子狼や他の動物の檻を確認していく。特に魔封じなどもつけられていないので、こじ開けることは多分可能。鍵など探している時間はない。
刃物は……かまいたちとかでも作ってみるかな。
…………メーア?
「……ちょっと下がって」
……?
「……後ろへ行って」
……ウン!
子狼が檻の中ギリギリまで下がるのを確認する。
「【属性は風 形状は刃 性質は切断 発――】」
「ダメだよ~。逃がしちゃ」
「ケモノは全て、連れて行かなくちゃー」
聞き覚えのある声が聞こえたと同時に、魔術が強制的に解除された。
「――――なっ!?」
練り上げていた魔力が拡散し、わずかに私の髪を揺らす。
……メーア!!?
子狼の叫びに反応して私が後ろを振り返るよりも速く――――、
ゴッッ
「――――ガッ!?」
正体不明の衝撃が私を真横から殴りつけてきた。
そのまま殴り飛ばされ、近くの檻に叩きつけられた。
「うぐっ……ゲホッ、ガハッ」
咄嗟に受け身はとったものの、頭から何かタラりとした感触を感じるし、何よりズキズキと体中が痛む。
「あれ~? 生きてる」
「ほんとだー、生きてる」
声のした方――入り口を見ると、子どもが二人、うすぼんやりとした明かりをシルエットに立っていた。
子どもの特徴を一言で表すならシンメトリー、だろうか。
十歳いくかいかないかくらいの身長も顔立ちも服装も、全てが鏡合わせのようにそっくりだった。黄緑色の髪を持ち、向かって右側の子どもは右目が、向かって左側の子どもは左目がそれぞれの前髪で隠れているが、出ている側の眼はどちらも黄色い。
この二人が、さっきの正体不明の攻撃をしてきたのだろうか。それに、どうして魔術が強制解除され……、
「あれ~? 君もケモノなの?」
「ほんとだー。ケモノの眼だ!」
「……!?」
右の子どもが額に手をあて、暗がりを覗き込むような姿勢でこちらを見ていた。
「そこのケモノは、命令だから殺せないけど」
「お前は、命令じゃないからいらないよね?」
「ケモノは、この世界に必要ないんだ」
「ケモノは、いなくならなくちゃいけないんだ」
子どもがニタリ、と笑った。
そして、無邪気に、残酷に、当たり前のように言った。
「「――――ケモノは、殺さなくちゃ」」




