薬屋 ヤオジシ
キィ、と音をたてて、木造の扉を押し開ける。
店内に入って真っ先に眼に入るのは狭い通路。多少薄暗いけど、昼間なので充分見渡せる。
「――――……いらっしゃい」
入り口付近でキョロキョロとしていたら奥から声がかかった。
声のする方を見ると、奥のカウンターの向こう側に、カウンターに肘をのせて頭を支えながらこちらを見る男の人がいた。店番の人のようだ。
歳はまだ若そう。二十を超えたところかな。ダルっそうにこっちを見てる。
「……子供二人だけか。親はどうした」
「いない。注文してたものを取りに来た」
「注文? 何の薬だ」
「薬じゃない」
「あ?」
怪訝そうに店員さんがカウンター越しに見下ろしてくる。商売をやってる人としてどうかと思うような目つきだ。
「注文してたのは薬草。ユッカの葉と、オッポシ草にサミヤの根」
メモに書かれた内容をそのまま伝える。
「……ここは薬屋だ。薬草を調剤したものは売ってても、生薬は売ってねえぞ」
大体どれも扱いが面倒なもんばかりじゃねえか、と眉を顰めながら店員さんは呟いた。
おっかしいなあ。シャルさんのメモにはちゃんとそう書いてあるし。
「この街にここ以外の薬屋は……」
「ない」
さいですか。
「けど、シャルさんが……」
「シャル? どっかで聞いた名前だな…………親父ー!」
店員さんは頭をガシガシと掻きながら店の奥に向かって呼びかけた。
つられてそこを見つめていると奥から大柄な男性がのっそりと出てきた。
「なんだラジ。調合中は呼ぶなつってんだろが…………ん、なんだそこの子どもは」
「注文してたもんがあるそうだが……親父知らねえか?」
「注文? 祭り前に出されたもんは全部調合し終えてるし、見掛けねえ顔だな、いつ注文した?」
「……わからない。出掛けにいきなりメモを渡された」
「メモぉ? 誰だそんなもん押し付けて自分でやって来ない馬鹿者は!」
薬屋の親父さんはバッとメモを奪って眼を通す。
「…………」
読んでくうちにどんどん顔色が蒼くなっていった。
……………………ん?
「おい……、親父?」
店員さんも固まった親父さんを不思議に思ったのか、声をかけるけれど、親父さんは反応しない。
「おーい?」
「………………ラジ!」
「…………うわっ!? なんだよ」
親父さんはメモから顔を上げると、くわっと眼を見開きながらほとんど怒鳴るように叫んだ。
「今すぐ嬢ちゃんたちに茶ぁ出しとけ! 俺は薬草の用意をしてくる!」
「あ? 親父!?」
親父さんはあっという間に店の奥に戻って行ってしまった。
「…………何だってんだ?」
「……さあ?」
それはこっちが聞きたい。
コトコトと、薬缶から湯気がたつ。
カウンターの向こう側、見えないように配置されている作業場には、休憩所なのか、小振りなテーブルと簡単な調理器具が置いてあり、カウンター内に招かれると、そこに座ってろ、と指示された。
薬缶をのせた熱の魔法印から目は離さないまま、店員さん――ラジさんは茶葉をブレンドしていく。
その手の動きには淀みがなく、慣れていることが窺える。
「注文……はあったみたいだな。親父の様子を見ると」
「……みたい」
「……(コクン)」
ラジさんは出来上がったお茶の入った魔法瓶を持ってきて、棚からそれぞれのカップを用意してくれた。
「……おいしい」
「……(コクン)」
「……そりゃどうも」
出されたお茶は、薄い赤茶色で、底に少し残った茶殻が視認できるほどに澄んでいて、味は苦味とかはなくて、ほのかに甘かった。
ラジさんの見た目からは想像できないほど繊細な味だ。
「…………」
「……なんだよ」
「……見た目に似合わない趣味……」
「お前らも見た目からは予想できない性格だな……」
席に着くにあたって、顔を隠したままでは失礼かと思ってフードを外したら、ラジさんはたっぷり十秒は固まったあと、フードは被ったままでいいと、溜息交じりに告げた。
いや、クレスはわかるんだけどね。慣れない人はクレスの傍だと落ち着いて食事できないって人が多いから。本人も静かに食べたいらしくて、自分からどうにかしようとはしないからそのまんまだし。
私までフードを被っていろとはどういうことだ。
「言っとくがこりゃあ俺の趣味じゃないからな」
「……手慣れてるのに?」
「…………昔散々叩き込まれたんだよ」
ラジさんは苦虫を噛み潰したような表情で嫌々言った。
「誰に?」
「…………」
黙秘を貫くようです。ほほう、そっちがその気ならこっちにも考えがありますよ。
クレスと眼を合わせる。
コクン
いやあ、アイコンタクトって便利でいいね!
……では!
メルティアとクレスの みつめる こうげき!
「…………(じー)」
「…………(じー)」
「…………」
「……………………(じーー)」
「……………………(じーー)」
「…………………っ」
「………………………………(じーーー)」
「………………………………(じーーー)」
「……………っだーー!! その視線やめやがれ! 話しゃいいんだろ!」
「……ん」
「……(コクン)」
ラジは ギブアップ した!
そんなテロップが流れたような気がしました。
この方法、孤児院のほうでも使えるんだよね(一部問答無用で叩かれたりするけど)。
「……で?」
「……学院のクラスメートに貴族がいて、なにかと張り合ってるうちに、何故か互いの特技をお互いに教え合うっつー展開になった。結果、俺は茶くみ、相手は値切りが出来るようになった」
値切り……、貴族に値切り……。いや、庶民派貴族なら、使う機会もあるかな?
「いや、あいつの家、確か大貴族に分類できたはずだ」
意味がない!
「…………学院て?」
「あ? 学院は学院だろ。マチ学だよ」
ラジさんはお茶を片手に飲みながらもう片方の腕で上を指差す。
マチ学? ……………………ああ! あのなんか懐かしい感じのする名前の学校か。
「マチダ・ユキナリ総合学術院?」
「おう。知らねえのかと思った」
「名前は知ってた。ね?」
「……(コクン)」
ただ知らなかったのは……、
「薬学科もあったんだ……」
「よくそんな言葉知ってんな。正確には薬師学科だが。他にもいろんな学科があんぞ」
思ったよりバリエーション豊富な学校だったんだなー。
「学術院て、どんなところ?」
「あ? マチ学か? あそこは……大陸全土なだけあって、多分世界で一番でかい学校だな。所蔵量は世界最大規模の図書館もあるし、異世界交流研究は最も進んでるっつー話だし……」
……………………なんですと!?
今、重要なことを聞いた。世界最大の所蔵量の図書館? 異世界の研究?
やばい。俄然マチ学とやらに興味が出てきた。
「それって…………――――」
「嬢ちゃんたち! 待たせちまったな! ラジ! 嬢ちゃんらに失礼なことしてねーだろうな!」
「するわけないだろ!!」
親父さんの乱入で、質問のタイミングを逃してしまった。
「いやーすまんかった! 注文を受けたのが半年以上前のことでな。すっかり忘れとった!」
半年……!? まあ、それなら忘れてても仕方は無い、かな?
つーかシャルさん、もっと早く取りに来なよ。
しかし親父さんのメモを読んだ後の顔色の変わりようは尋常じゃなかった。あれは店の責任うんぬん関係なしに恐怖が浮かんでた。シャルさん一体何したんだ、この人に。
「さーて、嬢ちゃんたちはこの植物たちの取扱説明は必要か?」
「大丈夫。オッポシ草は根を葉っぱよりも上にあげてはだめ。サミヤの根は空気中に出ると水場を求めてどこまでも急速に伸びていくから常に液体の中に」
「ほう」
あとは……、
「ユッカの葉は……、えと……、日に当たると、色素が抜けて、毒素が、強くなる?」
必死に思い出して応えて親父さんを見上げると、おじさんはニカッと笑って、頭を撫でてくれた。
「正解だ! その歳でそんなスラスラ答えられるたあ、嬢ちゃんは天才だな!」
いやいや、中身は五歳児ではないんですけどね。
まあ、当たっていたようで何より。
クレスは細長い筒に入ったオッポシ草を、私は箱に密封されたうえでさらに布が巻かれたユッカの葉と、水で満たされた丸い大ぶりの瓶に浮かぶサミヤの根が持たされた。
「……ありがとうございました」
「……(ペコリ)」
「おお! シャルの姉さんによろしく言っといてくれ!」
「……次は調合の注文で来い」
なにやら親父さんが変なことを言ってたのはともかく、私たちは注文品とお茶のお礼を言って店を出た。
…………どう見てもシャルさんより親父さんのほうが年上なんだけど。
「どうしようか、これから」
「…………………」
=メルティアの、好きなように
大通りの人混みを避けて、裏路地を歩きながら祭りを覗く。
軽食も済ませたし、さっきのお茶でお腹も膨れた。何より、手荷物がある。
「宿屋に、向かおうか」
「……(コクン)」
――――――――…………………………タイ
「…………?」
また空耳? でも、これ……。
「……?」
=メルティア?
「………………ううん。何でもない」
「お疲れ様でした。無事、受け取れたようですね」
「……ん、これ」
「……」
ルックさんに薬草の簡単な説明をしながら渡す。
「わかりました。もう少ししたら集合の時間ですので、このまま……、メルティアさん?」
「…………」
やっぱり、気になる。
「……ちょっと、外に出る」
「あ、ちょ……」
「【属性は光 形状は膜 性質は透過 屈折 反射 発動】」
外に出ると同時に膜を張って、屋根まで浮上する。
「【属性は強化 形状は無 対象は自身 性質は聴覚 発動】」
聴覚を限界まで上げる――――っと、周りの雑音がひどすぎる。取捨選択。必要な情報のみ拾って、後は排除していく。
―――――――――――…………………………タイヨゥ
「…………見つけた」
タン、と屋根を蹴る。
「【属性は風 形状は無 対象は自身 性質は浮遊 発動】」
わずかに浮いた体は落ちることなく、その高さを維持する。
かすかに聞こえたのは、港の方角。どんどん支天柱が迫ってくる。やっぱでかい。
港に何隻も停まっている船舶が見えてきた。
――――なんでこの声が気になるのか、自分でもわからない。
――――けれど、今ここでこの声を無視したら後で絶対に後悔する。
――――それだけは、わかった。
――――それだけわかれば、充分だった。




