祭の賑わい
ザワザワと集まってくる人混みは、祭へと向かう流れを完全に遮ってしまうくらいには大きくなっていた。
「……クレス、今更だけど顔隠して」
「……(コクン)」
クレスがフードを被り直すと同時に、私は自分たちの周りに三つ、目立たたないように小さめの陣を騒めく人たちの足元に創り出した。
「【属性は水 形状は極小の雫 性質は拡散 撹乱 発動】」
途端、ムワッとした水蒸気が全ての陣から一斉に現れて、あっという間に辺り一面白い霧に覆われて視界が悪くなった。
「……クレス!」
「……!」
伸ばされた腕をしっかり掴む。
「【属性は風 形状は無 対象は自身 クレス 性質は浮遊 発動】」
辺りに霧が充満したのに合わせて、音もなく空に上がる。
とりあえずすぐそばの建物の屋根の上に着地。このまま屋根伝いに目的地に向かってもいいんだけど、霧を解除した後に誰かに見られたらまた面倒だ。
というわけで、一回試したいことがあるんだよね。
「クレス、おんぶ」
「……(コクン)」
そこで疑いなく行動に移すあたり、やっぱり懐かれてるなあ。しかし、男とは言え同い年の子に軽々背負われる私って…………。
おっと、ではなるべく密着して……、
「【属性は光 形状は膜 性質は透過 屈折 反射 発動】」
足元に陣を創り出し、私とクレスの周りが薄ぼんやりと向こう側が透けた膜で覆われる。
うん。発動したってことは成功ってことかな。魔術って構造が細かくなると大部分が想像任せなわりに設定を間違えると発動されずにボフッと音をたてて煙が出るだけなんだよね。
創り出したのは、あれだ、透明マントみたいな効果を持つ魔術。
中にいる人の姿を隠して、周りの風景を映す道具。あったら便利だなーって前々から思ってたんだよ。
ただ、創ってわかった。これ弱点がある。
歩いて移動する分には問題ない。問題は、走ったりなんかして高速で移動する場合だ。あんまり速過ぎると、膜に映す映像が追いつかなくて多分一瞬――わかる人にはわかるぐらいにはぶれるな。あとは……、魔術で生成&魔力で構成されてるものだから探索魔法に一発で引っかかるってぐらいかな? 強度? そんなもんは想定しておりません。
ま、弱点にしたって後で改良すればいいし、今も歩いてけば問題ないか。ん? なんでおんぶしてもらったかって? これ膜の面積が広ければ広いほど地味に魔力を消費するんだよ。しかも強化魔術と一緒で常時発動型だから、少しでも消費を抑えないといつの間にか魔力切れ起こしてました、ということもあり得る。……まあ、最近は自分の体内魔力保持量も把握できるようになってるからあんまり起きてないんだけど。
さてさて、広場まで行って、適当なところで降りるか。
クレスはそう身長に差がない私を背負いながら、危なげなく屋根を伝っていく。下の方では魔術を解除したので徐々に霧は晴れていき、私たちの姿が見当たらないのでちょっとした騒ぎになってるけど、もう少ししたら収まるだろう。ほっといて問題なし。
「クレス、あそこで降りよう」
「……(コクン)」
広場の一歩手前の路地裏に飛び降りる。魔術は解除して、服装チェック。……うん、ちゃんとフードも深く被ってるね。
「準備いい? クレス」
「……」
=大丈夫
よし。
クレスと手を繋ぎながらいざ人混みに紛れ込んだはいいけれど、なにせこちらは五歳児の身体。周りの背の高いこと高いこと。背伸びしても胸にまで届かない。どんなに隙間を潜り抜けても足の長さに圧倒的な差があって、後ろの人がどんどん押しのけて前に割り込んでくる。
もたついていたらクレスに引っ張られ、今度はクレスの背を追っかける体勢になった。
クレスは私がてこずっていた人混みもなんのその。器用にかき分けて行って、あっという間に広場に到着してしまった。
広場についてしまえば、あれだけ混んでいた人たちも幾分散らばって、周りの大道芸や屋台を冷やかす余裕も出てくる。
「さあさあお立ち会い! これより度肝を抜くこと間違いなし! 摩訶不思議なショーが始まるよー!」
「腕相撲大会! 参加者募集中! 豪華賞品がまだまだあるぜー!」
「水の泡に包まれて遊覧飛行はいかが? 一回70ゲルドで30分の空の旅ができますよ~!」
………………………………………………。
うん、カオス。
統一性も全くないね。どれもこれも人が殺到して大繁盛なのは共通してるけど。
しかしあれだな。出されてるものでも結構年齢や男女比に差が出てる。
マジックショー(魔法が常識のこの世界でマジックとか通じるのかは知らないけれど)なんかは子供を連れたお父さんが多いし、腕相撲は力自慢なだけあっていかにも力が強いです、って感じの屈強な人が多いし(中には女性もいたけど)、けどあれだな、あそこにいる人、なんかやたら刺青してる人が多い。しかも列に並んでるときはなにもないのに、いざ腕相撲をしようとすると浮かんでくる。魔法の一種かね? あとでジール先生にでも聞いてみるか。
魔法で生成された水の泡の中に入っての遊覧飛行。泡の大きさの事情で、入れるのは大人二人が限界とあって、入るのはカップルや夫婦が多い。ま、仲のいい友達同士で空から観光、ってのもあるけど。…………ふむ、あれなら私も創れるかも。帰ったらやってみよう。
あ、他には木の実を絞ってジュースを手作り体験てのもあったよ。こっちはショーとは逆にお母さんと子どもの親子連れが多かった。
――――――――…………………………………イ
「……ん?」
「……?」
「クレス、今、声聞こえなかった?」
「……(フルフル)」
空耳?
クイ、クイ
クレスが早く行こうと袖を引っ張ってきた。
うーん。誰かの声が聞こえた気がしたんだけどなあ。
広場から一歩薬屋のある通りに足を踏み入れると、そこは後ろの喧騒が嘘みたいにがらんとしていた。人の姿も全くというわけでもないけれど、大通りの喧騒と比べるとはるかに少ない。
確かにこの通りは大通りからも離れていて、さほど大きくもないし住宅が多く目立った店が無いけれど、静か過ぎる。
けれどこの通りは静かな分、日当たりも適度にあって、二階や三階の窓から向かいの家に縄を伸ばして洗濯物を干したりしてる。のどかな風景といえばのどかだ。
「えーと……」
それで、薬屋はどこかな、と……。
「…………」
「ん?」
キョロキョロと辺りを見回していたら、クレスがいきなりある一点を指差した。
クレスの指差す方向に顔を向けると、そこには何の変哲もない家が一軒。左右に並ぶ民家と比べても大して差はない。ただし、その玄関には目立たないけれど緑色の液体が入った瓶の絵が描かれている看板がぶら下がっていて、その絵の下にはこじんまりとした字で『薬屋《ヤオジシ》――調剤承ります』と書かれている。
……………………………………………もっと自己主張すべきじゃないか?




