神を名乗る少女
……今、この人はなんて言っただろうか。口調が変だから聞き間違えたかな。
「なにやら失礼なことを考えんかったか? おぬし」
「……さあ?」
こうゆうことに関して女性は驚くほどに勘がいい。
「……え、と、あなた、は……」
「ん? 妾の名前か? そうさのう…………、世間では双子神、などと呼ばれておるな」
「双子神? きょうだいいるの」
私の返事に、少女――双子神はキョトンとした、と思ったら失礼なことにいきなり爆笑しやがってくださいました。
「ははははっ! "双子神"の名を聞いての感想がそれか!」
なにがそんなにおかしい。
ぶすっとした私に気付いたのか、笑みを収めると近づいて頭をポンポン叩いてきた。素早い。
「ふ、すまんかったの。よもや"双子神"の名を聞き、そのような反応を返す者など、久しくおらんかったんでの」
「有名なの?」
「昔々の話よ。詳しく知りたければ己の師にでも聞けばよい」
「師って……」
「魔術について、学んでおろう」
ジール先生のこと? なんでわかって……。
「それは、魔力を遮断するものだろう? 知識と力ある者が視ればすぐにわかる。魔力持ちだとな。あとおぬし、まだ体の方は齢五つか六つであろう。それほどの者が手に入れられるほど、その布は安くはない。加えて、それを扱えるのも魔術師だけじゃ」
ありゃ、そんなに高いものだったんだ、これ。
「その布を使用せねばならぬほどの魔力量を保ちながら、魔力隠遁術を身に着けていない。本来なら人里に出るなど愚の骨頂、と言いたいところじゃが、だからこそ用意させたのだろう、それを。…………別の意味も含んでいるようじゃが」
「……物知り。流石神様?」
とりあえず感心したのは事実だから誉めてみた。あ、間違ったみたい。ちょっと機嫌悪くなったね。
「何をもってさすが、というかは知らぬが、神とて万能ではない。万能でないからこそ、妾はここにいる」
言ってる意味がよくわからん。
そういえば。
「双子神さんは、ここに何しに来てたの? 祭り見学?」
「…………」
「……?」
「…………その名はあまり好かん。何か別の名前は無いのか」
別の名前って……。最初に言い出したのあなたですよね。
そしたら双子神さんはポンと、左の掌を右のこぶしでたたく。
「よし決めた! 妾の名は"サシャ"じゃ! これより妾はおぬしの前ではサシャと名乗ろう」
うわあ……。目の前で完全に偽名宣言されちゃったよ……。
しかも自分で言って自分で決めたよ、この人。
「それで、ここには何用で来たとのことだったか?」
急に話を戻してきた。
「なに、祭を眺めるだけというのも面白くはあったが、本来の目的は探し物であっての」
探し物? その割にはさっき優雅にお茶を飲んでいたような……。
「言うたであろう。神とて万能ではない。妾は探索系に関しては専門でないのでな、部下に探させておる」
「部下?」
なにかそれなりの地位にある人なのだろうか、双子神――改めサシャさんは。
「妾は神ぞ。何物にも縛られず、あるがままに生きることが許される存在よ」
………………つまり職に就かずフリーダムに生きてるのね。
前の世界でいうフリーターに近いものだろうか。
「……なんじゃそのジト目は」
「イエイエナニモ」
「なにやら物凄く勘違いされている気がするぞ…………!」
なにかブツブツ言ってるけどそこはスルーしていこう。
「探し物ってどんなの? もしかしたら見てるかも……」
歩きながら他の店も覗いてたしね。
サシャさんは悶えるのをやめてあっさり話にのってきた。なんていうか……意識の切り替えが早い人だな。
「いや、わざわざ盗品を人前で晒す馬鹿もいないだろう……多分」
「…………盗品っ!?」
聞いてないよ!?
「ああ、昔の旧友を訪ねていたときに、その村に盗賊が侵入しての。半数は始末したのだが、残りに村の宝と言えるものも連れて行かれての。妾がその盗人を追跡すると申し出たのだ」
「…………へえ」
やっぱりこの人マズい。ジール先生と同等以上の実力で、人を殺すことに抵抗が無い人だ。
私の警戒の気配を感じたのか、サシャさんはフッと笑って一歩引いた。
「そう警戒するでない。言うたであろう、そなたに危害を加える気はないと。妾も必要のない殺しなどしたいとも思わん」
……ってことは必要があればするってことだよね。
「……そもそも、どうして私に声をかけたの」
探し物をしてるなら、大人しく報告を待ってればよかったのに。
どうしてなんの関係もない私に声をかけたのか。
「あー、それはだな……」
あれ、なんか途端に言いづらそうな雰囲気に。なに? そんなに言いたくないことが理由なの?
「最初に告げておくが、一応純粋に心配な気持ちもあったのだぞ?」
「? うん」
…………なにが言いたいんだ。
「待っているだけでひたすら暇で暇で仕方なかったところに、丁度、おぬしの姿を見かけての」
「…………ん」
………………ん?
「見たところ、なかなかに複雑な生まれと変わった生き方をしていたので、ぶっちゃけ面白がって声をかけたのじゃ。暇つぶしになるかと思ってな」
「………………」
「………………」
「…………」
………………………………………………………おい!
「…………つまり、退屈って理由だけで、いきなり結界に閉じ込めたり、人の秘密をド直球に暴いてきたりしたの?」
「い、言い方は悪いが、まあ、そうともとれるかの…………」
これ、怒っていいよね?
もはやさっき感じた畏怖の感情なんて覚えてない。サシャさんも自分に非があることは理解してるのか、弁解しようとはしてるけれど、人を委縮させるような威圧感や、力技に頼ろうとはしない。うん、悪い人ではないんだろうけど…………やっぱり許しちゃいけないこともあるよね。
「ま、待て! 最初に言うたであろう! 純粋に心配もあったと」
そういやそんなこと言ってたね。
「……心配、なにが」
「生まれのことでじゃ。おぬし、平穏無事に終われる生涯ではなさそうでな」
……………え。
「私の種族、わかるの?」
「? なにを言うておる。己の種族がわからぬわけでもなかろうに」
「魔獣種ってことはわかってる。けど、それ以外はわからない」
「…………なに? どういうことじゃ」
瞬間、サシャさんからふざけた雰囲気が消えた。途端に、外見年齢に見合わない威圧感と存在感を放ち始める。こうして真面目に佇まれると、あながち神って言われても不思議に感じない程度には厳かなんだよなぁ。
「……私は、孤児。赤ん坊の頃、山に捨てられてた。今は、孤児院にいる」
「待て。たかが孤児院にその布を用意できる訳もないし、それ以前に魔術師の師など……」
サシャさんはなにかに気付いたようで、私をジッと見てくる。
「いや、布を用意でき、且つ魔術師もいる孤児院があったな。…………おぬし、『スフェック孤児院』の子か?」
「……ん。自己紹介、遅れた。私はメルティア」
私からの肯定を受けて、サシャさんはハァ、と溜息をついた。
「……そうか、おぬしの師は"ジーさん"か」
「っ!!?」
今何てった? ジーさん!? もしかしてジーさんってもしかしなくてもジール先生!? あの人そんな呼び方されてるの? いやある意味合ってるけど!
「……ジーさんは古い知人だ。ここしばらく連絡など交わしていなかったが、そうか…………、あやつにも、ついに弟子と呼べる者が出来たか……」
なんかしんみりし始めちゃった。なんとなく長くなりそうな予感。断ち切っとくか。
「……それで、どうして私のこと、わかるの?」
「ん? ああ、それなら簡単なことよ。元々妾の種族は、人を顔や声で無く、魂で識別しておるからじゃ」
……………………魂?
「故におぬしの魂が異界のものでありながら、この世界の体に馴染んでいるのを見て、つい興奮してしまったのだ」
「え……」
「しかし、転生者としても本来は魂の情報全て洗い流され空白の状態になるはず……にも関わらず、異界の情報が残っているということは…………おぬし、メルティアとか言うたかの。おぬしは"記憶持ち"か」
「…………」
サシャさんの口調は疑問でなく、断定。確信しているようだ。
…………これ以上は、隠す方が無駄かな。
「…………だとしたら?」
否定も肯定もせずに曖昧な返事で挑発。それに対してサシャさんはニヤリと口角を上げた。
「…………気に入った」
「………………へ?」
「中身と外見の年齢が異なることは理解した。おぬしは莫迦でもなさそうじゃからな。これから先、どのような生き様を見せるのか、楽しませてもらうことにしよう。というわけで、残念じゃが出自云々に関しては自力で見つけることだな。なぁに、さほど難しいことではない」
いきなりお気に入り発言されたと思ったら、どんどん話が進まされている。訳がわからん。
っていうか話聞く限りだと、体のいい玩具扱いされてないか? これ。
「なにを言う。世間では、神の関心をひいた者ほど尊ばれる風習の残る地もあるのだぞ?」
「……なんでそんなことで誇るの」
「そういやそなた、神についてはほぼ無知であったな。妾はそれほどでもないが、神となったものは、基本的に物事に対する関心が薄くなるものでの。その神の関心をひいたものは、よほど価値があるのではないかとみなされるのだ。なにせ"神"だからな」
「…………神となった者?」
神様って、最初から神なんじゃないの? 前世みたいに、死後何らかの功績で神に祭り上げられたとかそんな感じ?
「……何を考えているかは知らぬが、多分違うと思うぞ。おぬし、大分考え方に影響受けてるのう」
そりゃあ、感覚としては前世の延長みたいなものなんだから。一応、前世の林崎春香はもうどこにもいなくて、今の私はメルティアっていう魔獣人種ってことは、ちゃんと理解してるんだけどね。
「まあよいか。どのように生きるかもまた一興。無意味な干渉はせん……………………………ん?」
バリィッッ
「?」
突然、サシャさんの話に割り込み、なにかに激突する音がした。
「サシャさん?」
「これは…………何者かが妾の結界に干渉しておるな――――あれか」
そういってサシャさんが示した方向には、結界を殴り続けている少年――――クレスがいた。
「クレス!?」
「なんじゃ、知り合いか。ほう……」
クレスが殴りつけているところからどんどん空間にヒビが入っている。どれだけの力で殴ってるんだ、あれ。ああもう、力任せにやってるせいでフードが外れて素顔出ちゃってるし。周りはクレスに気付いて立ち止まり始めてこっちを見てる(私たちは見えてないだろうけど)人が瞬く間に増えてってるし。これでさらに騒ぎを起こしたら…………!
「ジール先生にシメられる……!」
空間のヒビは広がって、あともう少しで破られる。神なんだったらそんなあっさり壊されないでよ。
「これは干渉と認識作用に特化したものなんでの、場所さえわかれば壊すのはそう難しくはない。……本来はその見つけることを限りなく難しくしたはずなんじゃが…………まあ、あの少年を見れば大方の見当はつくかの」
そういってサシャさんは私の顔を覗き込んできた。
「あの……?」
「大人しくしとれ」
「……」
サシャさんがジロジロ見つめてくる。フードを少し上げて私の額を見た時、何かを見つけたのか急に笑い出した。
「――はははははははっ!! やはりおぬしは面白い! その生まれで! その環境で! いかに生きていくか、楽しみで仕方ない!」
サシャさんは狂ったように笑い続ける。その姿は十代後半の少女にしか見えないので、奇行で済ませるにしたってうっすらくるものがある。
ヒビはもう全体に広がっている。あと一撃か二撃で結界は砕けるだろう。
「……ああ、笑った笑った。さて、そろそろ妾もここを移動したほうがよいかの。…………ああ、そうだ。ついでに一つよいことを教えよう」
「……よいこと?」
バリッ
「ああ。先程、神は物事に関心が薄いと教えたろう?」
「……ん」
それがどうした?
「その反面、神は気に入ったものにはとことん執着する。――――ああ、心配するでない。妾はほどほどにしか干渉せぬ…………妾は、な」
バリバリバチィッッッ
「ではまたの」
「あっ……」
結界が破られた。と同時に腰に衝撃を感じて吹っ飛んだ。……………………クレスか。
「…………」
ぎゅー。
「クレス……」
グリグリと頭をこすりつけてくる。よほど寂しかったんだろうか。とりあえず頭を撫でておく。
サシャさんは周りを見渡しても影も形も残ってない。結界が消えると同時にこの場を離れたみたいだ。
ザワザワ……
私たちも早くここを立ち去りたい。すでに騒ぎになり始めてるし。
しかし隣にはすでに目立ちに目立ちまくっている存在が引っ付いてる。
はてさて、どうやってここから逃げるべきか……。




