カウルの街
シャルさんのジール先生経由の伝言は、出不精のあの人が私たちが街に出ると聞いてこれ幸いと押し付けてきたものだった。
「いつもは私たちが行くのですが、なにぶん私たちは薬草の扱いに疎くて……。たまに一つか二つ、ダメにしてしまうことがあるんですよ」
メモを見せたルックさんたちの反応がこれだ。
いくら知識があるからって、初めてのお使いはもっと無難なものにしようよ……。大体ダメにされるのが嫌なら自分で行けばいいのに。引きこもりめ。
「……薬屋は、どこ」
「確か第二通りじゃ。ここは第四通りにあるから、広場を経由すればすぐに着くぞ」
ここカウルの街は、中央付近に大きな広場があって、そこからのびるいくつかの大通りによって区画分けされてるとのこと。
「ここら辺の通りや広場にも出店はたくさんあるだろうからの。寄り道しながら進んでもバチはあたらんじゃろ。ほれ、駄賃じゃ」
キドゥさんからお小遣い――200ゲルドもらった。大体30ゲルドくらいでパン一つ買えるらしい。
「……」
――よし。いざ出陣!
「……行ってきます」
「……(ペコリ)」
「くれぐれも怪我せんようにな」
「何かあったらすぐ戻ってくるんですよ」
「……ん」
子ども組で残っているのは私たちだけで、他はとっくの昔に我先にと宿を出て行ったので、私たちで最後だ。
クレスと二人、手を繋いで一緒にシュウライ亭の出口をくぐった。
「うわぁ……」
「…………!」
宿の外、初めて見た街の景色は、圧巻の一言に尽きた。
見える視界の範囲全てに人、人、人。中には人以外の見た目の人もたくさんいたけど、とにかく人で溢れ返ってる。
なにより見応えがあるのが、建ち並ぶ建物の向こうに見える、空へと突き抜けるように伸びている巨大な物体。建物の斜め下あるいはほぼ真下からでも見えているのだから、余計にその大きさがわかる。
「……なに、あれ」
「……」
あんなもの、どうやって造ったんだろ。
前の世界でも、あんなの造るの難しそうだよね。ていうかなんなんだろ、あれ。
「……」
クイ、クイ
「あ、クレス」
クレスが行かないのか? と催促してくる。
「ん。行こか」
ま、後でルックさんあたりに聞けばいいか。
「広場……、向こうかな」
賑やかな音楽も聴こえるし、人の流れもそちらへ向かってる。
はぐれないように手を繋ぎながら、流れに乗る。
もちろん通りにも屋台は出ていて、あちこちで宣伝の声が響いている。
「プファードの肉のブルスト、美味いよー!」
「新鮮な野菜や果物ジュースありますよ~」
「アリッツィアの街名産の蜂蜜を使ったマドレーヌ、いかがですかー!」
「……」
「……」
……美味そうだね。
「クレス、どれ食べたい」
「……」
ビッ、とまっすぐブルストの屋台を指す。
「…………」
「…………」
まあ、ちょっとずつ食べればいけるか……?
屋台の前まで行くと、私たちに気付いたおじさんが声をかけてきた。
「お、いらっしゃい。えーと、お嬢ちゃんたち? ブルスト買うのかい?」
イラァッ
クレスが途端に不機嫌になった。いやいやクレスよ……、君、まだ体格に大して男女差がないし、なにより私ら顔を隠してるんだから、わからなくて当たり前だし。
クレスの頭をポンポンと叩いたら、とりあえずあからさまな不機嫌オーラはしまってくれた。
「おじさん」
「うおっ!? お、おう、注文か?」
「ん。二つ」
「あ、ああ。ちょっと待ってろよ」
クレスの雰囲気に驚いていた屋台のおじさんだったけど、私たちが客であることを思い出したのか、てきぱきと用意をする。
「お嬢ちゃんたち、二人だけかい?」
「ん」
「大人の人とは一緒じゃねえのかい?」
いや、保護者はいるけど……わざわざ孤児だって言うのもあれだし……。
「おつかい」
間違ってはいない。ちなみに前世でも今世でも初のおつかいである。ちょっと憧れてたんだよね。地味にテンション上がる。
「そうかそうか、偉いなあ、嬢ちゃんたちは。俺の娘もこんなに素直だったらなぁ……」
まさかの妻子持ちの方でした。
あ、そうだ。話のついでに聞いてみよう。
「……あの白いの、なに?」
「白いの? …………あー、『支天柱』のことか? もしかしてお嬢ちゃんたち、あれ見るの、初めてか?」
「……ん」
屋台のおじさんは丁寧に教えてくれた。曰く、あれは『空中大陸』へと伸びている超巨大な柱の一つで、この街の名物の一つであること。
空中大陸はその名の通り空高い場所にある大陸のことで、たった一本の超超巨大な(支天柱とは別の)柱によって支えられているそうだ。
支天柱は、その大陸へ物資を運ぶ役割も担っていて、間近まで行くと支天柱の上に敷かれたレールが見えるんだって。
あ、そうそう余談だけど、空中大陸とは別に、本当に空に浮かんでいる『浮遊大陸』も、ちゃんと存在するらしいよ。こっちは空中大陸みたいに固定されているわけではなく、常に空中を漂ってるらしいけど。
「この時期は貨物車だけでなく、空汽車も出るけどな」
「空汽車?」
どっかで聞いた名前…………あ、そうそう、ジール先生が言ってなかったっけ。
「ん? 空汽車は知ってるのか。今の時期は丁度休暇明けと被ってるからなあ。ほら、ここにもちらほらいるだろ?」
おじさんの指差した方向には、同じような制服を着た女子グループがいる。
そういえばさっきからあんな感じの服着た子をちらほら見かけたな。
「ありゃあ、空中大陸にある学校に通ってる子らだよ」
「へえ……」
しかし、よくよく話を聞いてみると、空中大陸にある、というのはいささか語弊があった。
空中大陸にある、ではなく、空中大陸そのものが学園都市だった。
「なんていう名前?」
「学校のか? 『マチダ・ユキナリ総合学術院』だよ」
「……………………」
なんだろう、なんとなくこの世界っぽくないっていうか、どことなく前の世界の名残があるっていうか……。
「変わった名前だろ? なんでも創始者の名前からとったらしい」
「…………ソウデスネ」
おっと、ちょっと話し過ぎた。そろそろ注文したそうな人たちが列を作り始めてた。
「おっといけね。ほらよ、お嬢ちゃんたち、熱いから気を付けろよ。一本サービスしとくから、おつかいがんばんな」
「ありがとうございます」
「…………(ペコリ)」
包装紙の端っこをつまんで、落さないように気を付けながら進む。
出来立てなだけあって、ホカホカと香ばしく、肉汁も溢れ出てくる。
再び人混みに紛れながら、広場を目指す。
「熱つっ……………………ぅわっ」
いきなり人混みに勢いがついて、人に押されまくって波から押し出されてしまった。
「……クレス?」
あちゃ~。ブルスト食べるのに気がとられてて、手を繋いでなかった。おかげではぐれてしまった。
また流れに乗っても会える可能性低そうだし、下手に動くよりはここでジッとしてようかな。
まずはブルストを食べきっちゃおう、と残りにかじりつこうとしたときだった。
「――おんや、珍しい。まさか彼の様な場所で、同類に出会うとは思わなんだ」
雑踏でのざわめきや、楽器による音楽で騒がしい中、ふと漏らしたような呟きが、何故かはっきりと聞こえた。
「……」
声のした方を見る。
そこには、カフェテラスの外の椅子に腰かけ、周りの喧騒なんてまるで無関係のように静かにカップを傾け、お茶を飲んでいる女の子がいた。
歳は多分十六、七歳ぐらい。ただし、見た目とは裏腹に、まるで老熟したような雰囲気を纏っているから、あまりあてにならない。髪は私よりも濃い銀髪で、なんとなくクレスと似たような輝きを放っている。
顔立ちは目元を覆うキツネみたいなお面で隠れてわからないけれど、口元とか全体のバランスを見るに、絶対に整ってる。
女の子は、こっちの視線に気付くと、口元を笑みの形に変えて、一度手を叩く。
――それだけで、私の周りの空間が隔絶された。
「――――…………!!?」
さっきのクズリさんの結界とは比べ物にならない。
今この瞬間、私にも、私の周りの空間にも、誰も干渉することも、気付くこともできなくなった。
こんなの出来るの、ジール先生ぐらいのレベルじゃないと……!
「案ずるな。おぬしに危害を加える気はない」
いつの間にか女の子が2、3フォル離れた場所に立っていた。
「うむ。これはちょっとした保険じゃ。妾もつい珍しいものを見て興奮してしまっての。警戒させてしまい、すまなかった」
「……珍しいもの?」
どうやら悪意はないらしい。それ以上近づく気もないようだ。
ていうかやたら古風というか、変な喋り方だな、この人。
「おお、異界からの迷い人は幾度か見たことがあったが、異界の魂がこの世界の住人の体に宿ったのを見るのは初めてでの。これだから、長生きするのは面白い」
「え……」
今、この人はなんて言った?
『異界の魂がこの世界の住人の体に宿った』
「……!?」
この人は、私が転生者だと気づいている?
「……あなたは、何者?」
「妾か? 妾は、そうだな……」
次に言われたことに、私は自分の耳を疑った。
「便宜上、神と呼ばれる存在、かの」
…………………………………………………………………………中○病?
1ゲルド=十円くらい




