初めての外出
――浮遊感を感じたのは一瞬で、すぐに硬い床を踏みしめる感触がした。
「眼を開けてよいぞ!」
キドゥさんの号令で恐る恐る眼を開けた。が、真っ暗で何も見えない。
「【属性は強化 形状は無 対象は自身 性質は視覚 発動】」
魔術で視界に暗視効果を加えてみた。おお! よく見えるな。
部屋は広かった。窓がないのを見るに、ここも地下らしい。でも、孤児院の地下室ではなさそうだからここが転移先なのかな。
明かりが点いていない真っ暗な部屋なので、ざわざわと子供たちが騒ぎ始めている。てかキドゥさんとルックさんは?
あ、いたいた。この部屋の出入口であろう扉の前で何か話し合ってる。あ、ルックさんが扉を少しだけ開けて隙間をすり抜けて行った。しかし、真っ暗な部屋に少量とはいえ、扉の向こうから漏れた光はすぐに気づき、一斉にそちらへと視線が集まった。
「少し待っていろ。あちらの者を呼んでくるだけだからの」
初参加者は私とクレスだけなのでざわめいてはいても慌てだす子はいない。毎回こんなものなのかな。手馴れてる。
少し待つとギギィッ、と音をたてて扉が大きく開いた。途端に飛び込んでくる光量に、魔術を解除した。
「いや~、スミマセンなぁ。まさかこんなに早く来るとは思わんくて」
扉を開けたのはキツネ目の青年だった。大体二十半ばくらいかな。ふと思うんだけどあれって本当に見えてるのかね。
「いや、丁度こちらに院長が帰って来ていてな。予定を早めたんじゃ」
その言葉だけで青年は事情を理解したらしい。
「あ~、あの人いまだにあれやってんスねえ……。ささっ、皆さんこちらへどうぞ!」
キツネ目の青年は、クズリさんというらしい。彼の案内で部屋を出ると、長い廊下が続いていた。
全員が部屋を出たのを確認すると、クズリさんは扉を閉め、しっかりと頑丈そうな鍵を厳重にかけた。
「じゃあ皆さん、しっかり並んでオレについてきてくださいねー」
しっかりも何も窓も扉もない地下の廊下では、進める方向は一つしかないだろうに。
クズリさんを先頭に、明かりが点いているといってもなお薄暗い廊下を進む。なんだかんだいって孤児院以外の建物を見るのは初めてだ。見るもの全て、興味深い。
「はいはーい、この先階段なんで気ぃ付けてくださいねえ」
階段といってもそこまで段数があるわけでもなく、上った先にはまたしても扉があった。
カチャリと音をたてて扉を開くと、クズリさんは扉の脇に立ち、先頭の役目をキドゥさんと交代する。手にもってる鍵を見るにここも施錠しちゃうのかな。
「……」
「……」
「君たちで最後っスか? ルックさん」
「そうです」
殿を務め最後に扉をくぐったルックさんが頷く。
「ほいほ~い。それじゃ、しっかり閉めてっと……」
ガチャ、と鍵が閉まり、何度か鍵がかかっていることを確認すると、その様子をジッと見ていた私たちに行きましょか、と促す。
「君達、見ない顔っすけど初めて?」
「…………ん」
「…………(コクン)」
「名前はなんて言うんすか?」
「……メルティア」
「……」
「……えーと、君は?」
「……」
「……」
「…………」
「……」
「……」
「…………あの、」
「…………クレス」
「あ、ども」
結局私が答えた。
「では二人とも、早く行きましょうか。初めての事ですし、いろいろ教えることもありますからね」
「…………ん」
「……」
横で会話に参加せず、クスクスと笑いながら見ていたルックさんに促され、クレスと手を繋いで先に行った子供らを追いかけることにした。自分で言うのも、なんだけど、私自身、今回の出来事にテンションが上がっていたらしい。
ちなみに、その後の会話。
「ちょ、何なんスか今の子達! 何考えてんのか全くわかんないんスけど!」
「まあまあ、確かに無口で感情が現れにくいですけど、いい子達ですよ。それに凄いんですよ、彼ら。ジールさん直々に鍛えてるんです」
「嘘ぉッ!? あの“大賢者”の弟子? あの子達まだ五、六歳っすよね、多分」
「共に五歳ですよ」
「マジか…………、けどあの子達魔力は……あ、もしかして何か身に着けてます?」
「あのケープですよ。特別製だそうです」
「マジかよ……。てことは…………マズいかも」
「何かあるのですか?」
「いえちょっと、最近妙な噂を聞きまして…………とりあえず、歩きながらでも」
「わかりました」
ちらほらと廊下に窓や扉が現れ始めたので、どうやら地上の階に出てきていたらしい。
一本道の廊下の先は、大きく開けた吹き抜けの広場だった。広場と言っても、とある壁側には小さなステージがあって楽器が設置されていたり、ステージの前にはテーブルや椅子がいくつも置かれていて、ステージに向かって右側にはカウンターがあり、奥から何やら料理をする音が聞こえたとなれば、ここは食事処なのだろうことがわかる。
すでに客も疎らに入り始めていて、朝だというのにすでに酒盛りを始めているオッサン達もいる。……あ、いや、今日お祭りなんだっけ、外から歓声や音楽も聴こえるし。祭りの日は無礼講……てこと?
全く知らない人を見るのは何年振りだろうか。ついフードを深く被り直す。クレス? クレスはさらに深く被ってます。人見知りなうえにクレスが素顔のまま人の多い場所に出たら、慣れてない人たちは多分騒ぎ出すだろうから。
キドゥさんたちはある一角に固まって座ってた。
「お、お前さんたちも来たか。メア! 飲み物を二つ追加で頼む!」
私たちを見つけたキドゥさんが、カウンターに向かって大きな声で注文する。
よく見れば皆手に飲み物が入ったグラスを持ってる。
「はいよ、お待ちどう様! 二人ともバルレイでいいかい?」
「構わん構わん。ほれ二人とも、好きな席に座れい」
カウンターから出てきた恰幅のいいおばさん――メアさんに促されて座ると、バルレイ(お茶ね)の入ったグラスが渡された。
「今回の新顔はまたえらく若いのを連れてきたね」
「確かに若いが、有望株じゃぞ」
「へえ、そうなのかい」
メアさんは肩を竦めると、次から次へと入る注文に応えながらカウンター奥の厨房へ戻って行った。
「皆さん一息つけましたか?」
クズリさんとルックさんが来た。これで全員集合かな。
「えー、ではでは改めて……」
クズリさんは皆から見える位置に立ち、ルックさんは席につく。
「ではまず……、初めての方も久しぶりの人達も、カウルの街自慢の宿屋、『シュウライ亭』へようこそ!」
どうやらここは宿屋だったらしい。けどなんで宿屋の地下に孤児院と繋がった魔法印があるの?
「毎回説明聞くのも大変だろうけど、知ってる人らはスルーしてくださいっスね~」
クズリさんがパチンと指を鳴らす。
一瞬だけど、私たちと他の客の間に、ズレが発生した。
「……クレス」
「……(コクン)」
クズリさん、今何かを張ったな。多分、結界の類だろうけど、そこまで強いものではない。せいぜい盗み聞き防止程度のものかな。この場合はその程度で充分だろうし。
ただこの人、一連の動作を違和感なく行った。この類の魔術を使い慣れてるってわけだ。
「さてさて皆さん、まずは自己紹介ッスね。オレはクズリ・コンマンって言うんスよ! 七年くらい前にスフェック孤児院を出たんで、君らの先輩になるっス!」
へえ、この人もあそこにいたんだ。道理で胡散臭い。
「今日は秋祭りの開催日なんで、あとでお小遣いが配られると思うっスけど、くれぐれもスリには気を付けてくださいっスね! ちなみに、日暮れ前にはここにもう一回集合してください! 一人でもいなかった場合、ジール先生に連絡しなくちゃなんないんで……」
祭りにお小遣い、とざわめいていたのに、ジール先生召喚の話が出た途端静まり返ったのには、クズリさんたちも苦笑した。
「ま、まあ、間に合えば平気っスよ! それに今街には楽団や芸人一座の人達も来てるんで、絶対楽しいっスから!」
再度言い直したクズリさんの言葉に、子供たちの機嫌は瞬く間に直っていく。
ここまでいくと収拾がつかなくなり、クズリさんからの注意事項や立入禁止区域の説明も右から左だ。
最終的にクズリさんも諦めたのか、キドゥさんにバトンタッチ。
「では一列に並ぶんじゃ。割り込んだ者は減給するんでの」
と言われたので列を崩す子はいなかった。どうせ金額はみんな同じだろうから並ぶ気も起きず、クレスと二人、バルレイを飲みながらまったりしているとルックさんが近づいて来た。
「そういえばメルティアさん、メモは確認しましたか?」
メモ?
………………あー、そういえば行きがけに渡されてたっけ。どれどれ、と……。
『 メリーちゃんへ~
カウルの街に行くんなら~、注文しておいた薬草をもらってきてくださ~い。
お題は前払いですから心配なくぅ。くれぐれも持ち運びに気をつけてくださいねぇ』
…………………………………シャルさんかよ!




