街へ
さて、ここで根本的な疑問だけど、ここスフェック孤児院は、いったいどこに存在しているのか。
まず、一晩で行ける距離に人里はない。よって、ここから歩いてどこかの街へ行く人はいない。いたとしても院長先生みたいに馬車とかの移動道具使ってるしね。
それでも月に一回、多ければ二回ほど、先生たちは何人かの子供たちを連れて街へと行っている。目的は物資の調達を兼ねているのと、社会勉強の為。
流石に成人するまで人里に下りたことがない世間知らずのまま、世間に放り出すのはマズいとわかっているのか、毎月、最低限の護身術は身に着けたと判断された子供たちの中から何人か選んで街へ行っている。大抵行けるのは七、八歳以上の中から六、七人なので毎回争奪戦が起きている。
で、昨日の件は酔った院長先生の戯言かと聞き流してた。実際翌日はシャルさんとベリーさんを除いて二日酔いの阿鼻叫喚地獄で、その話題は一切出てこなかったし(それどころじゃなかったとも言う)。いやあ、シャルさんの調合した二日酔い用の煎じ薬が凄かった。効能は同じはずなのに用意されたのに同じものは一つとしてなく、一つは液体の色はドピンクなのに味は豆板醤よりも辛かったり、一つは無色無臭なのに味は形容しがたいほどに酸っぱかったりと他にも諸々、大人たちは究極の選択を迫られたりしたらしい。
私たちも宴会の後片付けに駆り出されてたし、昨日途中でクレスの姿を見失ったミリアが昨日以上に引っ付きまわってきたりもして、それどころじゃなかった。別にミリアたちが一緒にいてもいいんだけど、露骨に嫌そうな顔するんだよねぇ、クレス。けどクレスがあそこまであからさまな反応させる相手ってのも珍しい。良くも悪くも誰かに対して興味が薄い子なのに。
あ、ミリアには相変わらず敵対視されて碌な会話できなかったけど、弟のほうとは会話できた。弟のオリアスはミリアほど他種族が嫌いではないようで、こちらの問いかけに対してあっさり答えてくれた。
ミリアがやたら過保護にしてるから、どうなのかと思ったけど、意外や意外、本人割としっかりした性格だった。姉のことを慮ってか、普段は姉の好きなようにさせているらしい。ただ『さすがにあそこまでひっつかれてると……』って苦笑してた。聞けば四歳だってのに、どっちが上なんだか……。
ただ、オリアスの方もミリアほどではないにしろ、ちょくちょくクレスのことを見てるから尋ねてみると、オリアスはちらっと二人を見てから、『あの方は、ぼくらにとって、たいせつな方だから』ってだけ言われた。いや、確かにクレスは人並み外れた顔立ちはしてるけど、あれか、美形種族とまで言われたりする水棲種から見ても並はずれてるのか?
詳しく聞こうとしたところで、横からクレスに掻っ攫われた。私が。
嫌になったなら一人で逃げればいいのに、わざわざ私を引き連れて逃げ回り、罠が大量に仕掛けられている森の中に入り込んで、実際いくつか引っかかって解くのに苦労した。一昨日通った道なのに知らない罠の数が二ケタ超えてたってどゆこと? ルックさん…………。
日が暮れるまで森の奥に逃げていたら、陽が落ちると同時にジール先生に引き戻され、私とオリアスは完全とばっちりなのにも関わらず四人そろって叱られた。
そんなこんなで昨日は早めに夕食と入浴を済ませて、ふて寝も兼ねてさっさと眠りに就いた。だからすっかり街云々の話はすっかり頭から抜けてたんだけど、朝になっていきなり院長先生が部屋に突撃してきて起こされた。
眠け眼のまま院長先生に連れてかれた部屋には、クレスやリクウ、他にも四人ほどの子どもが寝間着姿のまま集まってた。ちなみに夜明け直後の話です。
そこに待っていたのは、院長先生の、院長先生による、院長先生のための院長先生得でしかないミニファッションショーの開幕だった。
正直言って、楽しんでいたのは院長先生だけでした……。もうちょっと大きくなってお洒落に興味が出てくる年頃の女の子であれば、一緒に楽しんでいたんだろう。
あれがいい、これがいいといろいろな服を取り出しては視界に入った人に片っ端から着せていき(逃げようとすると問答無用で目の前まで引っ張り出された)、ようやく終わりになったのは、様子を見に来たジール先生が暴走気味の院長先生の頭を本の角で殴ってからだった。
院長先生に説教中のジール先生を残してベリーさんに連れて行かれたのは地下。
書庫以上のスペースがあるその部屋には、中央に真っ平らに削られた大きい岩が設置されているだけで、他は何にもなかった。
部屋の中には外出準備を終わらせたキドゥさんとルックさんがいて、今日の引率はこの二人だと知らされた。この時点で私は一昨日の晩に院長先生が言ってたことが嘘でも冗談でもなかったと思い知った。で、現在に至る、と。
そうです。現在進行形です。今、目の前でお説教から戻ってきたジール先生からの注意事項を聞いています。
「――……以上だ。いいか、カウルの街は今祭りの真っ最中だ。人買いや人攫いだけでなく、後ろ暗い奴らもうじゃうじゃ集まっている。相手にするな、近づくな――……やった奴らはどうなるか、わかってるな?」
『ハイッ!!!!!!』
お仕置きされますね、被害者がこっちであっても。
「あと、ねえとは思うが空汽車には絶対乗り込むんじゃねえぞ。乗り込んだ奴は五日間毒のみだ」
『ハイッ!!!!!!』
空汽車? 何それ。ていうか私これから行く街のこともよく知らないんだけど、祭りやってるの?
「準備の出来た奴から移動魔法印の上に乗れ。くれぐれもはみ出すんじゃねえぞ、置いてかれるからな。……あと、クレスにメルティア、ちょっとこっち来い」
何だろう。素直に近づいたら、上からなんか被せられた。
「うわ」
なんだこれ、ケープ? にフードがついてる。通気性はよいのか、風通りは涼しい。
「街にいる間は絶対に脱ぐなよ」
「……なに、これ」
「特別製の魔力遮断器だ。お前らまだ魔力隠遁術身に着けてねえからな」
まりょくいんとんじゅつ。なにそれ。
「フードは別の意味の保険だ。街にいる間はなるべくかぶって顔見せねえようにしとけよ。あとほれ、これもだ」
そういうとジール先生は四つ折りにした紙をポイと放ってきた。中身を確かめようとしたら向こうで見ろ! って魔法印の中に押し込められた。あ、もう皆さん準備万端って顔して待ってました。私たちで最後らしい。
「キドゥ、ルック、目ぇ離すんじゃねえぞ」
「まあ、できるだけ、な」
「努力はしますけどねえ……」
「おい」
魔法印からポゥッ、と光が出てきて包まれた。
「慣れてねえ奴は眼をつぶっていろ! 向こうに着いた瞬間倒れるぞ!」
ジール先生の言葉に慌てて眼をつぶった瞬間――――、
周りが真っ暗になり、フッと重力が消える感覚がした――――――。




