世界
帰りにシャルさんの部屋を通って食器を回収してベリーさんに渡した。
昼を食べに来るかは怪しいって伝えたら、ベリーさんは仕方ないねえって苦笑した。多分、あとで届けに行くんだろうな。
空の食器と引き換えに、今日の昼食をもらった。今日のお昼は煮込みソースをかけたハンバーグと、付け合わせの野菜とは別のサラダ+ライスだ。別に偏見ってわけでもないけど、一般的な(前世の)イメージと違って、ここは金策に困っていない。ベリーさんやキドゥさんたちもたまに遠出してることがあるし(ジール先生やシャルさんみたいに引き籠ってる人もいるけど)、基本的に私たちは不自由なく暮らせてる。つくづくおかしな場所だ。
…………トトトトッ
あ、そろそろ終わった時間か。
バタンッ
タタタタッ
私はハンバーグに刺していたフォークを抜いて、足跡のする方向に、視線も向けず突きつけた。
「……」
ヒョイ
ガバッ
「……クレス。普通に来なよ」
目の前で急に突きつけたフォークの切っ先を鮮やかにかわして抱き付いてきたのは、格闘術の授業を終えて戻ってきたクレスだった。
実はこれ、初めてのことではなくて、こうして互いに半日ぐらい離れてると、そのあと確実に半日はくっついてくる。クレスも人見知りが激しいのか、他の人達と一緒だとストレス溜まるらしいんだよね。
しかしあのままの勢いで激突されたらこっちが危ない。嘘じゃ無いよ。現に初めて突進をくらった時、同年代の子らよりも力の強いクレスの力は私をすっ飛ばして、眼が覚めた時には外は真っ暗、自室のベッドでクレスと一緒に寝ていた。
それ以降はクレスも加減を覚えて、私も今のように牽制して勢いを殺してるけど、やっぱりクレスは抱き付いてきて、一通り堪能した後、お昼を取りに行く。
「……」
「……」
うん、やっぱりベリーさんの料理は美味しいねえ。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「……あんたら二人がいると、ここも静かになるねえ……」
厨房の入り口に立つベリーさんが、人数はあるのに物音しかしない食堂を見て、ポツリと苦笑しながら呟いた。
昼食を終えて、次に来たのは書庫。この後は読書兼勉強の時間だ。
早速目当ての本を持ってきて開く。クレスも適当に本を持ってきて隣に座る。
ちなみにここの司書でもあるジール先生は隣の部屋で授業中。書庫は静かなもんだ。
大雑把にジャンル分けされてる本棚の中、奥の方にある本棚は、読まれる頻度がほとんどなく、私も自分以外にここから本を持ってってく子供は見たことがない。
なにせ、内容が内容だけに、子供が読むようなものではないのだから。
本棚のプレートに書かれている言葉は、『異界』。
この棚には、私たちが今暮らしている世界とは、異なる世界に関することについて書かれている本が収められている。
どうやらこの世界、いわゆる異世界とやらとも交易を行ってるらしく、道理で科学が発達してないわりには文化水準高いなーと思ってたら、知識や技術もそこから仕入れてたわけだ。
そもそも、私の前世はこことは違う世界だったんだから、異世界というものが存在するのも当たり前の話だったんだよね。
そして、これは少し前の話になるんだけど、当時簡単な文字なら読み書きできるようになっていた私は、この本棚の存在を知ったとき、ふと思い立って本棚の前までやってきたんだよ。
今思えば根拠のない勘だったんだけど、何故かその時は確信していて、存在を聞いたあと、まるでへばりつくようにこの本棚の本を読み漁った。
といっても片言の文字しか覚えていない私にはほとんど読めるものはなく、大体が流し読みか挿絵を見るだけで終わった。
そんな中で見つけたのがこの翻訳書だ。原文と翻訳文が一緒に載っているもので、中身は異界から渡ってきた人によって書かれた、向こうの世界の童話だとか。
――子供のいない夫婦の下に、不思議な果実と共に現れた赤ん坊。
――心優しい夫婦に育てられた赤ん坊はすくすくと成長し、村で一番強い青年になった。
――ある時、青年と夫婦の暮らす村の近辺に、怪物が襲撃してきた。
――被害を免れた青年たちだったけれど、その惨状を目の当たりにして、青年は怪物を倒すことを決意する。
――青年の決意を知った夫婦は、青年のために武器や道具を用意して、青年の無事を祈った。
――意気揚々と出発した青年は、途中で忠誠を誓うお供を得て、怪物の住まう居城へと乗り込んだ。
――激しい攻防を経て、ついに怪物を屈服させる。
――怪物に二度と人を襲わないよう誓わせ、その証として各村々から奪い取った金品を取り戻し村へと戻った青年は、英雄と呼ばれた……。
――時間を経ても尚、伝わるその英雄の名前は、桃から生まれた、『モモタロウ』…………。
必要な部分だけ抜き取るとこんな感じ。
………………いや、うん。これを最初に読んだ時の反応を言ってもいいだろうか。
なんだこれ。
書いたやつ出てこい。
…………ゴホン。失礼。これを読み返す度にこう思っちゃうものでして。
書いた方はもう亡くなっているそうです。
それはさておき。予想が当たったというかなんというか、多少の脚色は加えられてるけれど、この話は間違いなく、私の前の世界の――しかも、私が住んでいた国に伝わる、ほとんどの国民が知っているであろう有名な物語だった。
で、さっき言った通り、これは翻訳書。原文――日本語と、この国の言葉――ああもう、いちいちめんどくさい、エファーズ語の二種類で書かれている。
ということは、日本語訳が載せられた外国語の参考書を読んでいるようなものだ。しかも、内容はよく知ってる話だし。
訳さえわかれば、あとはその部分の言葉や単語を覚えていくだけ。
そんなわけで、私の第一目標であった文字の習得は、思いがけない経緯ですんなりクリアしてしまった。今は他の異界語と、この世界の他国語の習得が目標。楽しいなぁ。
もちろん、魔法や魔術の勉強も忘れてませんよ。いやあ、知らないことを知るのはいいね。とくにここでは身に着けたことが眼に見える形で確認できるし。
読んでいた本も読み終わり新しいものを取るために席を立つ。
その時だ。窓から差し込む光が遮られ、部屋の中が暗くなったのは。
「……?」
窓に近づいて、外を見る。特に問題はない。強いて言うなら、地面に大きな影がある。
「?」
窓から顔を出して上を見る。そこには――……。
陽を遮り、庭に巨大な影を映す、怪鳥がいた…………。




