マッドサイエンティスト……?
温室の中は、広かった。
入ってすぐに(もちろん左に寄って)見えたのは、見渡す限りの様々な緑と、全面窓になっている天井から降り注ぐ陽の光に照らされた、植物園もかくやというほどに広い、もうある意味庭と言っても差支えのない光景だった。ボーリ石で作られた壁や天井は透明になる角度で設計されているのか、外の陽がダイレクトに照らしている。ちなみに、私のすぐ右隣の地面は黒ずんでやばそうな煙をあげているが、それは無視の方向で。
あー、ここなら昼寝に持って来いの場所になるなあ。日差しが気持ちよさそう。
そんなことを考えていたら、植物の成長状態を観察していたシャルさんがさらりととんでもないことを言った。
「そうそう、メリーちゃーん。奥の方の樹が密集しているエリアには近づきすぎないようにしてくださいねぇ。毒が強いですからぁ。今の状態でしたら~、この辺りなら半日くらいは平気だと思いますけどぉ、あちらの方は多分一時間持たないと思いますので~」
「え……」
綺麗な外観とは裏腹に、その中身は危険地帯って何それ。というかシャルさん、ここには毒草以外のものはないのか。
「普通の薬草は~、外の山で採れますからねぇ。ここにあるのは~、外で育てるのには危険な植物だったり、特殊な栽培方法の植物だけですよぉ」
「ふ~ん……」
「私はもう少し観察を続けますので~、メリーちゃんはこの中を見回っててくださいねぇ」
「ん……」
シャルさんは私の返事を聞く前に既に植物に夢中になっていた。真面目に植物の状態を確認する姿は、やっぱり優秀な薬師…………かと思ったら、蕾をつけたある植物の前では頬を赤らめて微笑みながら「ふふふ……ようやくこの花の蜜とあれとこれであの薬ができますわ~」などと呟いている。……そういえば、食事に出される毒って全部シャルさんが調合してるんだっけ。あの薬がどの薬を指しているのかはわからない。というより知りたくないというのが正直なところの本音。喜々として毒を作っている姿は見たくないなあ。
さてと、シャルさんは観察に夢中になっている間はまともに話を聞けなさそうなのでそばにいる意味がない。
今までの授業で習った植物もちらほら見かけるので、復習ついでに回ってみるか。
途中、かぐと麻痺作用のある香を放つ花に危うく近づいてしまったり、聞いた音を調子っぱずれの音階にして返してくるおかしな花の群生を見つけたり(その周りだけは騒音の塊だった)して中を回っていたら、一種類だけ、まとめて透明なケースに被われている苗木を見つけた。
「……?」
つんつん
「……」
硬い。けど軽そう。あれだな、プラスチックみたいな材質。なんでこの苗木たちだけケースに隔離してるんだろう。取ってみたい。いやしかし。ここは毒草メインの温室。この苗木も危険性があるから隔離されてるのかも……。
「…………」
シャルさんに聞いてみるか。
「そうですね~。取っていたらぁ、メリーちゃんは命の危機に遭遇してたかもしれませんねぇ」
あの手この手を使って他の植物にへばりつくシャルさんをひきはがして連れてくるのに、結構な時間と手間がかかった。
しかしその分、さっきケースを開けなくて正解だったことがわかった。一応苦労した甲斐があったね。
「これは~、『魔吸いの樹』という木の苗木ですよ~。成木は魔道書に使われたりしてますねぇ」
「魔道書の……紙?」
「はい~。魔道書に使われる紙は魔樹紙という特殊な物でして~、魔力との親和性が高いんですよ~」
へ~、そんなものがあったんだ…………って、命の危機がある植物で作る紙って……危険じゃね? ていうかこの世界、製紙技術は普通に発達してるな……。本は高いけど、別に希少ってわけでもないし。
「成木には害はありませんよぉ。大変なのはこの時期だけですから~」
「……?」
子供の時だけ危険ってどゆこと?
「丁度今この苗木たちは~『錯乱期』に入ってるんですよ~」
「錯乱期?」
錯乱、ていうと、あれだよね、混乱状態になってるときの。この木が? ケース越しに見る限りはピクリとも動かない(当たり前)んだけど。
「そうですねぇ。本当は資格もちの人以外に教えちゃいけないんですけど~、メリーちゃん、内緒ですよぅ」
機密内容を内緒の一言であっさりとばらすシャルさん。それもどうかと思う。
『魔吸いの樹』は、水の代わりに魔力を吸収して育つ木らしい。元からというわけではなく、元々、魔力親和性を持っていた原生の木を、さらに高めるべく品種改良を繰り返して生み出されたのが、この『魔吸いの樹』とのこと。
「けれども~、ある程度育って安定してくると、次から次へと魔力を吸収しようとするんです~」
その方法はなりふり構わないものらしく、大気や地中からはもちろん、生命体からも吸い取ろうとするもんだから、特殊なケースの中で、この状態――『錯乱期』が落ち着くまで、周囲から隔離・遮断している。ちなみに、『錯乱期』が終われば、また一定量の魔力で済むとのこと。
「隔離している間も魔力は補給しなければなりませんからねぇ。吸収の衝動が弱まったときを狙ってケースを開けるんですぅ」
全ての苗木が同じタイミングというわけでもないので、そこの見極めも含めて、この木を育てることが出来るのは、国からの許可を得ている人だけとのこと。シャルさんもちゃんと持ってました。だから非合法じゃナイヨ。
まあシャルさんの場合は『錯乱期』が落ち着くまでを管理して、それ以降は他の資格持ち――ええと、『魔樹紙師』だっけ? その人らに売っ払っているらしい。
「最近の人達は『錯乱期』が苦手の方が多いですからねぇ。いい値段で引き取ってくれるんですよぅ~」
そう言うシャルさんの顔は、実に嬉しそうでした……。
…………ん? あれ、そういえば今何時だろう。そろそろお腹空いてきた……。
「そうですねぇ。あと一時間ほどでお昼ですかね~」
おや、もうそんな時間か。午後は書庫に行く予定だったし、そろそろ切り上げるべきかな。
「それじゃあ、メリーちゃん、お片付けしておいてくださいねぇ。私はしばらくここにいますので~」
片づけろってあれか。朝食の器を片づけとけってこと? シャルさん食堂に来る気零だ……。
「シャルさん、お昼、忘れないで」
「はいはい~、そのうち行きます~」
どう考えてもおざなりな言葉を返して、シャルさんはさっき危険だから近づくなと注意してた森エリアのほうに行ってしまった。あのあたり遠目から見ても薄暗くて嫌な雰囲気たててるんだよね……。
さっきから毒草の毒部分に興奮してる毒物愛好家にしか見えないのに、あれで凄腕の薬師って、世も末だなぁ。あれか、天才と何とかは紙一重ってのに似てるのかな……。
おっと、そろそろ戻らなきゃ。……あれ? そういえば、入り口のところの植物、帰る時も酸を吐いて来たりする? え、やだやだ、勘弁してよ……。
先手必勝。先に壁でも作ってガードしとこうかな……。




