危険、立入禁止区域
「メル、この後あそこに行くんだろう? ついでにこれを持ってってくれるかい」
あくる朝。
あともう少しで皿の中身が空になる私にそう言ってベリーさんが差し出したのは、私のよりも多い――けれど、今私が食べていたものと同じものが入っている皿をのせたトレイ。
「…………また?」
「ああ、まただよ。……まったく、どうせ今日も没頭してるんだろうねえ」
ベリーさんの呆れた声に、私も溜息をつく。
確かに私がこの後行こうと思っていた部屋の主は、なんというか研究馬鹿の人で、研究に没頭すると周りや時間を顧みなく、寝食だけでなく朝昼夜も忘れて部屋に閉じこもっている。
ジール先生とはまた別の意味で面倒な人。
「……ん、あとで」
「よろしく頼むよ」
トレイを私の朝食の隣に置いて、ベリーさんは厨房に戻って行った。
ちなみに、ベリーさんは料理を教えてくれてる先生で、魚や肉の捌き方、包丁の砥ぎ方やナイフを扱っての調理、ついでに戦闘術も指南してもらえる。朝昼晩の料理は全てベリーさんとベリーさんに料理を教わっている人たちが手伝いで参加して作っている。ここで重要なのが、つまみ食いなどの目的で厨房に入ってはいけないことだ。ベリーさんは変なところで大雑把というか、普通、厨房の中はそれなりの人がいて、あっちの人が使っている調理器具や調味料を、こっちの人が使いたいとき、いちいちその人のそばへ持っていって手渡すのは面倒だし他の人の邪魔になるし時間の無駄だ、ということで、投げて渡される。文字通り、放り投げて。
そんなわけで、調理中の厨房は一種のジャグリング場と化していて、鍋や調味料や包丁が宙を舞う。放射線上にいる人も器用に調理をしながら避けるので、ある種戦場となっている。
そんな場所に忍び込む馬鹿はそうそういないんだけど、たまにいる。その場合は頭を狙う(結構本気で)包丁が飛んできて歓迎される。ベリーさんは投擲術も凄いです。
「…………ご馳走様」
朝食終了。毎度のことながら、私が一番最後だ。最近ようやく皆と同じものを食べるようになった。いや、前から同じメニューだったんだけど、私は……ほら、あれを抜いてもらってたから、そういう意味で同じもの。あれって何って? ほら、あれだよ……………………その、毒的なもの。
で、話を戻すと、皆と同じものになったあと(それでも他の人のよりは少し量は少なめ)少し経ってから気付いたことがある。
量は他よりも少ないといえども、まあ、食べ始める時期が遅かった上に、魔術であちこち強化しているので、他の人よりも耐性がない。そのせいで、しばしば体調を崩すことも多く、もう魔術かなんかで解毒しちゃっていいんじゃね? と考え付いたことで気付いた。
毒と大雑把に一括りにしているけど、種類、調合によってその効能は多岐にわたる。
しかも毒を以て制すの言葉通り、毒は薬にもなり得る。
そして知っての通り、魔術には知識と想像力が必要。早い話が毒と大まかに設定しても碌なものが創れなかったわけだ。
というわけで、最近の私は、書物から知識を得ると同時に、毒草や薬草の知識も得ることを日課にした。蛇の道は蛇。こういうのはちゃんとした専門家から学んだ方がいい。つまり今から行こうとしている場所は、そのための場所である。
孤児院一階の隅。そこには二階へと上がるための階段ともう一つ。半地下へと降りるための階段がある。
ちなみに、この孤児院には離れがいくつか存在する。主に食糧庫や燃料庫、火薬庫など、子供たちを迂闊に近づかせないためにあるもので、この階段を降りた先にある扉の向こうは、地下の渡り廊下となっていて、離れに繋がっている。前々から思ってたけど、ここやけに建築技術高いな。
これから向かう先はその離れの奥の奥。いくつもの扉を通り過ぎた先。そんな場所だから道中に『用ノ無イ者、立入ルコト無カレ』なんて書かれた立札があるんだ。
いや、うん、ちょっとほんとに洒落にならないんだよね、ここ。あ、あとこの先で嗅覚強化は絶対にやっちゃいけない。やった瞬間バタンキューになる。いやほんとほんと。
…………っととと。そんなこんなで目的地の扉の前までやってきた。扉は閉まってる。両手はトレイで塞がれてる。
………仕方ない。蹴ろう。
ドンドンッ
……………。
…………………………。
…………………………………………。
返事無し。せーのぉっ!
ドゴォッ
…………。
…………………………。
……………………もういっちょ!
ドゴガンッ
バキッ
あ、やば、蝶番が砕けた。
…………………………。
……………………………………まいっか。
どうせ前々からガタついてたし。他の人だって似たようなことしてるし。
三回ノックして返事が無かったら勝手に入って良し。
そう言われてたから遠慮せずに入る。
途端にむわっとする空気。
薄暗い部屋の中には、見渡す限り瓶か何かの書物が並べられた棚しかない。瓶の中身は植物の類が六割、粉末が四割といったところ。
そしてその奥の机の手前に、山のようにこんもりとした何かがいる。
「…………ふふふ。あとはヤオロギの葉を煮詰めて……」
「シャルさん」
「うっひゃおぅ……っ!?」
ガタッ ドサッ ガシャンッ
声をかけた瞬間、驚いて跳ね起きて、その際足が机にぶつかって揺れて、上に載っていたものがいろいろ床に落ちた。
「あいたた……」
今、情けない声をあげて椅子から落ちた女性はシャルさん。本名はシャルルーシェ・イオス・アルデハイドなどとという長ったらしい名前らしく、皆略称で呼んでる。噂ではどこかの国の貴族だったとか……。
たしかに見た目はなんというか上品なんだよね。少し濃い目の金髪に、紺に近い青色の眼とか。それでもお高く見えないのは、顔面の中心部にあるそばかすのせいだろうか。いや、悪い意味ではないよ。ほら、そばかす美人って言うじゃん。
「あ、メリーちゃん! お久しぶりですね~。あれ? さっきも会ったような……」
「私がここに来たのは二日ぶり。食事」
「わあっ、ありがとうございます~」
シャルさんがパンパンと埃を払いながら立ち上がる。その際、どうしても目がいくのは、シャルさんの胸元。この人こんなに不健康な生活してるのに、どうしてそんなにあるのかなぁ……。私はゆったりとした服の上から見てもはっきりわかる程見事に自己主張しているソレを見てそう思う。いやいや嫉妬とかではない。断じてない。大体あんなにあったら逆に邪魔だと思うわけでして。………………………………そりゃ羨ましいかどうかで言ったら羨ましいけど…………。
いやいや私の年齢はまだ五歳。可能性は十分にあるはず!! ………………と、思いたい。




