メルティア 5才の朝 2
一瞬の青光りが収まったそこは、シン……と物音が消えていた。
やったか!? と思いかけたその瞬間、
ゴゴゴゴゴゴゴッ…………
「「「…………?」」」
なにか大きな音……っていうかでっかい振動が…………あれ? なんか果てしなく嫌な予感がしてきた。
ピシリ、……ピシ、ビシ
なんだろう、まるで何かにヒビが入る音…………いや、うん、音の出所に予想は出来てるんだけど現実を直視したくないって言うか…………。
急いでこの場を離れた方がいい。二人もそう判断したのか、すでに逃げの体勢に入ってる。
…………ちょっと、おい。私が一番逃げ遅れてるし。リクウは翼を広げて滞空から飛行の体勢に切り替えてるし、クレスも走ってどんどんその場から離れて行ってる。
ちなみに、クレスは飛行魔術が使えない。いや、使えないというか苦手というか……。本人曰く、発動しようとすると、何故か背中がムズムズしてやりにくいとのこと。……なんじゃそりゃ。
そんなこんなで、空を飛ぶときは大抵私がクレスに魔術を使ったり、リクウみたいな人につかまって飛んでいる。
「【浮かべ クレス】」
急ぐんで設定をいろいろすっ飛ばして魔術を発動する。
クレスが浮かんだのを確認して、さらに速度を上げようとしたとき。
「うわっ!?」
突然、前方の方の地面が光った。これは…………魔術を発動するときに出る、陣の光? でかい!
光が収まると同時に、私たち三人の行く手を塞ぐように、ズズズ……と地面がせり上がってきた。
瞬く間に私たちの頭上まで積み上がった土壁に、慌てて急停止したと同時に、後ろの方でドゴォッ、という音と衝撃がこちらにまで届いた。
ギクッと固まった後、恐る恐る振り返れば、そこに広がっていた光景は……、
私が造ったドームを突き破り、天へと昇るように飛び出している、大量の水だった。
噴水のように(何十倍の規模で)空へと昇る水柱は、ある地点まで昇ると、ピタッ、と上昇を止めた。
次に何が起こるか。背筋に走る悪寒とともに確信したと同時に、逃げられないことも悟った。
前は土壁。後ろは水柱。どこの前門と後門だよ、と思いたいが、そんな余裕は、ない!
私たちは土壁を避けて行こうとするが、それよりも早く水が落ち始める。遠目で見ればゆっくり落ちているように見えるが、それは対象が大きすぎるだけで、実際はかなりの速度を持っている。
見る見るうちに水は津波になって、こちら(というより全方位)に襲い掛かってくる。どう見たって私たちがドームの中に注ぎ込んだ水より多いし!
三人の中で一番後ろにいる私が逃れられない位置までに津波が迫るのは早かった。
それでも、まともにくらえば流石にヤバい。防御用の魔術を組もうとしたところで、誰かに抱え込まれた。
「…………!」
「……クレスっ…………!?」
クレスが私と津波の間に割り込んできた。クレスは津波に背を向ける形で私を抱えている。その背後で、水色の陣が展開される。クレスの魔術だ。
もう目の前にまで津波が迫っている。視界は水とクレスの顔でいっぱいになった。
水がクレスの陣に触れる。その瞬間、水が陣を滑るように、左右に割れた。
「……!?」
水が私とクレスをギリギリ避ける形で…………いや、違う。クレスの魔術で、私たちは球体の何かに包まれているんだ。それが、水をはじいている。
「…………うわっ」
「…………っ」
しかし、防げたのは水の浸入だけで、勢いと衝撃までは消せない。もろにくらってしまい、クレスに掴まった状態で、非常に不本意なことにそこで意識が途切れた。
「いい加減起きろ」
ゴスッ。
「………………………………ぐぇ」
腹に衝撃を感じて、眼が覚めた。
眼を開いた途端、真っ先に視界に入ったのは真っ青な空、青々とした梢、そして…………不機嫌なジール先生。
「……………………おはようございます」
ぶっちゃけ、寝起きに見たくない人である。
どうやら、木の根元に寝かされていたらしく、誰かの衣服が枕代わりにたたまれている。
「寝ぼけてねえなら、結果は覚えているだろうな」
「…………負ケマシタ」
勝敗の条件は、ジール先生が終了と告げるか、こちらの誰かが倒れて3カウントとられるまで。――つまり、私たちの負け。
陽の出状態からして、私が気絶していたのはそう長い時間ではない。ジール先生の姿は、服の裾が焦げていたり、濡れていたりすることもなく、まったくもって普段通りだった。くそう、今度こそその憎たらしいフードを引っぺがして素顔を見てやろうと思ってたのに。
「じゃあとっととあれに混じって片づけろ」
ジール先生が指差す方向には、リクウと薄着のクレスが、訓練のせいで見るも無残な状況になった場所の、整備をしていた。…………この服はクレスのか。
地面はあちこちが盛り上がってたり陥没してたりめくれ上がってたりあげくの果てには泥状態になって湿地が出来上がっている部分もあった。木々は葉っぱが散ってたり枝が折れてたりと言うのはまだ軽い方で、幹から折れてたり、そもそも根元から折れて離れた位置に転がっている木も少なくなかったりする。
「…………うわぁ」
うん。一言でこの状況を言うと………………酷い惨状。
クレスとリクウは転がった岩や石、木の枝を片づけたり、酷い状況となっている地面を均して平らにしたりしている。
ジール先生は跡片付けに手を貸す気はないようで、被害を免れた木に寄っかかっている。
服についた汚れをはたきながら立ち上がる。眩暈は起きない。体調は万全ではないけど不調でもない。
片付けも特訓の一環。人の手では難しいことでも、魔術や魔法なら簡単に、そして短時間でできる。
「【土よ……】」
土を不必要な場所から必要な場所へ移動させる。別に初めてのことではないので、手順は慣れた。クレスもリクウもこちらが起きたことに気付いて場所を譲ってくれる。
早朝の魔力鍛錬のための模擬試合。
負けて散らかした場所の整備。
それが、五歳になった私の、三日に一回訪れる、朝の日常。




