第8話 これ、ぜんぶ数えるのですか
〈結納目録 第二十三項から第二十九項まで ――本日、七点〉
その日は、陶と漆でございました。
第二十三項から第二十七項までは漆の膳が五客。第二十八項が陶の茶器一揃い、十二客。第二十九項が水指一口でございます。
漆の膳は、三客ございませんでした。残った二客は、縁の朱が薄うなっておりました。使えば薄くなります。
水指もございませんでした。
陶の茶器は、ございました。
箱を開けますと、十二客そろっております。そろってはおりますが、上から三客目に手を掛けたところで、指に引っかかりがございました。
欠けでございます。
口のところが、爪の先ほど欠けておりました。欠けたところに、白いものが詰めてございます。
「繕ってございますね」
「ええ」
わたくしは光にかざしました。詰めてあるのは白い漆でございます。その上から、細い糸を巻いて留めた跡がございました。
糸は、紅うございました。
陶を繕いますときの糸は、たいてい生成りか黒でございます。目立たないほうがよろしいので。
紅い糸は、目立ちます。
「手元にあるものでお繕いになったのでございましょうねえ」
「そうかもしれません」
「紅い糸を手元に持っておられる方は、そう多くございません」
わたくしは繕いを帳面に書きました。第二十八項、陶の茶器一揃い、十二客そろい。うち一客、口に欠け。白漆にて繕い。紅糸留め。
書いておりますと、蔵の入口が明るくなりました。
人が入っていらっしゃったのではございません。人が入口で立ち止まって、日を遮らずに覗いていらっしゃったのでございます。
若いお嬢様でいらっしゃいました。
「あの、」
「はい」
「これ、ぜんぶ数えるのですか」
わたくしは膝をついたまま顔を上げました。
十八か、十九か、というところでいらっしゃいます。淡い青のお召し物で、髪を後ろで一つに結んでおられました。
「オレリー・ダンヴィルと申します。父が、こちらの伯爵様と」
「セリーヌ・ヴァルモンと申します」
名を申し上げますと、オレリー様は「あ」と仰いました。
あ、と仰ったあとの間が、少し長うございました。
「……ごめんなさい」
「なぜ、お謝りに」
「わたし、その、伺っております。あの、婚約を解消なさると」
「はい。解消いたします」
オレリー様は蔵の中をご覧になりました。棚と、木箱と、床に広げた漆の膳と、帳面と、墨壺を、順に。
「それで、数えていらっしゃるのですか」
「はい」
「……ぜんぶ、ですか」
「七十二点でございます。今日で三十六点まで参りました」
オレリー様は、床の膳の前にしゃがまれました。しゃがんで、それから両手を膝に置かれました。触れてはいけないと思われたのでございましょう。
「三十六点で、何日かかりました」
「七日でございます」
「では、あと七日」
「そうなります」
「毎日、いらしているのですか」
「はい」
オレリー様は膳を見ておられました。
それから、こう仰いました。
「わたし、こういうのを見たことがありません」
「こういうの、と仰いますと」
「数えているところ、です」
この方は、悪気で仰っているのではございません。二十歳前の娘さんが、蔵で品物を数えるところをご覧になったことがないのは、当たり前のことでございます。
わたくしも十二までは、見たことがございませんでした。
「あの、お手伝いは」
「お気持ちだけ頂戴いたします」
「はい」
素直にお引きになりました。その拍子に、髪が肩から前へこぼれました。
結んであるところに、飾りが挿してございました。
銀の細工でございます。細い枝の形に、小さな石が三つ。
わたくしは、その飾りを見ました。
見て、目を戻しました。
戻して、膳の三客目の縁を書きました。書いてから、もう一度だけ見ました。
枝の分かれ目のところに、丸い印が打ってございます。うちの家の職人が打つ印でございます。三年前の冬に、こちらへお贈りした年始の品でございました。
贈答の品でございますので、こちらの目録には書いてございません。
書いてございますのは、うちの帳面のほうでございます。母が始めて、わたくしが続けている、もう一冊のほうでございます。
「あの」
「はい」
「わたし、変なことを伺ってもいいですか」
「どうぞ」
「数えて、どうなさるのですか」
よい問いでございました。
この七日で、いちばんよい問いでございました。
「ございますものは、お返しいただきます。ございませんものは、金子で頂戴いたします。契約書にそう書いてございますので」
「それで、済むのですか」
「済みます」
「……済むのですか」
二度目のほうは、少し違う声でいらっしゃいました。
わたくしは筆を置きました。
「済ませます。済ませませんと、終わりませんので」
オレリー様はしばらく黙っておられました。それから立ち上がって、スカートの埃を払われました。
「お邪魔いたしました」
「いいえ」
出て行かれるとき、髪の飾りがもう一度光りました。
わたくしはその日、帳面の余白に一行だけ書き足しました。
三年前の冬、年始の品、銀の枝飾り。当家の印。
書いて、それから、その一行を薄く塗りつぶしました。
塗りつぶしましたのは、まだ書く時ではないからでございます。あの飾りは、あの方が悪いのではございません。贈られたものを身につけて何がいけないのかと申しますと、何もいけなくはございません。
明日は、第四十一項から先でございます。小物が多うございますので、一日で二十点は進みます。
その二十点の中に、栗毛が二頭ございます。
数えているところを見たことがない、という方が現れました。悪気はございません。二十歳前のお嬢様が、蔵で品物を数える場面に出くわす機会は、そう多くございませんので。作者は、この回の「数えて、どうなさるのですか」という一行を書きたくて、前の七話を書いたようなところがございます。次回、栗毛が二頭。馬房は空でございます。




