第5話 書面にしてお渡しします
〈結納目録 第五項から第十項まで ――本日、六点。これまでに二十二点〉
第五項から第十項までは、小物でございます。
銀の水差し一つ。香炉一口。硯箱一つ。銀の匙十二本を一組。房飾りの一対。それから、螺鈿の小簞笥が一棹。
六点のうち、ございましたのは二点でございました。
硯箱と、房飾りでございます。
銀の水差しと香炉と匙の一組と小簞笥は、蔵にございませんでした。棚には、四角い抜けと、丸い抜けと、細長い抜けがございました。
「お嬢様。抜けの縁が」
「立っておりますか」
「立っております。どれも」
わたくしは四つぶんの欄に、所在不明と書きました。同じ言葉を四度書きますと、書き癖が出てまいります。三度目からは、はじめの一字の払いが短くなりました。
書き終えて、これまでの分を数えました。
検めましたのが二十二点。そのうち、ございませんものと別のものが十一点。ちょうど半分でございます。
評価額を足しました。銀の燭台一対で四十枚、絹六反で九十枚、本日の四点で九十枚。合わせて金貨二百二十枚でございます。
二百二十枚と申しますのは、うちの家の一年ぶんの収めより多うございます。
わたくしは蔵を出て、バルテル様にこう申し上げました。
「本日の分を、書面にしてお渡しいたします」
「……書面」
「はい。これまでに検めました二十二点と、そのうち現物のございません十一点、評価額の合計。それだけでございます」
「奥様に、でございますか」
「伯爵家に、でございます。どなた様がお受け取りになるかは、こちらでは決められませんので」
バルテル様は少しのあいだ黙っておられました。
それから、こう仰いました。
「……本日中に、お書きになりますか」
「書いてまいりました」
わたくしは懐から一枚出しました。馬車の中で書いてまいったものでございます。書くところは決まっておりますので、数だけ入れれば出来上がります。
バルテル様は両手でお受け取りになりました。受け取って、目を落とされました。読んでおられます。家令の方でございますから、当然でございます。
読み終えて、この方は妙なことを仰いました。
「評価額は、受領時のものでございますね」
「はい。第九条にそう書いてございますので」
「……いまの相場では」
「いまの相場では、銀は上がっております。三割ほどかと存じます」
「では、いまの相場でお書きになれば」
「書きません」
バルテル様が顔を上げられました。
「条文には、受領時とございます。受領時と書いてあるものを、いまの相場で書きますと、それはこちらの都合でございます。都合で数を動かしますと、動かしたほうが疑われます」
わたくしは帳面を持ち直しました。
「疑われて困りますのは、書いた者でございます」
バルテル様は書面を持ったまま、深く頭を下げられました。
深く下げられたのは、二度目でございます。
母屋の廊下を通って玄関へ向かいますとき、二階への階段の上に人がお立ちでございました。
伯爵夫人ミレーユ様でいらっしゃいます。
この十年、年に二度か三度はお目にかかっております。お目にかかりますが、お話をしたことは数えるほどしかございません。話す用がございませんので。
わたくしは階段の下で膝を折ってご挨拶を申し上げました。
夫人はわたくしをご覧になりました。ご覧になって、それから、わたくしの脇に立っているバルテル様の手元をご覧になりました。
書面のほうを、でございます。
「バルテル」
「はい」
「その子の言うことを、いちいち聞くものではありません」
それだけ仰って、上へお戻りになりました。
その子、と仰いました。二十二でございますと申し上げる場面ではございませんでしたので、申し上げませんでした。
その夜、伯爵家から人が来ました。うちの玄関にでございます。
わたくしはもう部屋におりましたので、下でどなたが応対したかは存じません。翌朝、父が朝餉の席でこう申しました。
「昨夜、グランシャンから使いが来た」
「はい」
「書面は受け取れない、と」
父は病がちで、この一年ほどは朝の席へ出てくることも少のうございます。その日は出てきておりました。
「受け取れないと申しますと」
「私文書は受け取らぬ、という言い分だそうだ。両家の話は当主同士でする、と」
「さようでございますか」
「セリーヌ」
「はい」
「お前は、それでよいのか」
わたくしはお椀を置きました。
「よろしゅうございます。受け取らぬと仰った、ということが分かりましたので」
「……分かった、とは」
「受け取らぬと仰るには、中をお読みになる必要がございます。読まずに返す方は、そもそも使いを寄越されません」
父はしばらく、わたくしの顔を見ておりました。
この方はわたくしの帳面を、この十年で一度もお開けになったことがございません。開けないのは無関心からではなく、開けてしまうと自分が代わってやらねばならないと思っておられるからでございます。それができるお体ではございませんので、開けないのです。
わたくしはそう思うことにしております。
「明日から、婚礼の支度品を検めます」
「支度品」
「衣装箱と、家具でございます。第三十項から第三十五項まで」
「……あれは、まだあちらにあるのか」
「ございます」
ございます、と申し上げてから、わたくしは一つ思い当たりました。
あの品は、婚礼の日まで蔵に納めておくものではございません。婚礼のあとに使うものでございますから、蔵ではなく部屋に置かれます。
置かれているということは。
使われている、ということでございます。
二十二点検めて、そのうち十一点。ちょうど半分でございます。相場が上がっているのだから高く書けば、と勧められましても、書きません。都合で数を動かしますと、動かしたほうが疑われますので。次回からは蔵の外でございます。婚礼の支度品が、なぜか人の住む部屋にございます。――ブックマークは、こちらの帳面では「ございます」の欄に入ります。丸を、書かせていただきます。




