第4話 絹は十二反、ございましたか
〈結納目録 第十一項から第二十二項まで ――本日、十二点〉
絹は、蔵の一番奥の桐の箱に納めてございます。
十二反ございました。数だけは、十二でございました。
「ございましたね」
ジョゼットが箱の縁を持ったまま申しました。持ったまま、というのが気になりました。この子は品物を数えるとき、必ず一度は下ろします。
「ええ。十二反」
「十二反、ございますねえ」
「ジョゼット」
「はい」
「下ろしなさい」
ジョゼットは箱を床へ下ろしました。それから、上から六反ぶんを両手で持ち上げて、光のほうへ向けました。
蔵の入口から入る光は、この時刻ですと床から三尺のあたりまで届きます。その高さに絹を持ってまいりますと、織りの目に光が入ります。
入った光の返り方が、上の六反と下の六反で違っておりました。
上のほうは、返りが硬うございました。
「お嬢様。これは違います」
「同じ白でございますよ」
「白は同じでございます。糸が違います」
わたくしは反物を受け取って、端を指でつまみました。つまんで、離しました。落ちるときの折れ方が、下の六反は柔らこうございます。上の六反は、角が立ちました。
目録には、こう書いてございます。第十一項から第二十二項、白絹十二反、南領ヴィレの織り。反あたり金貨十五枚。
ヴィレの絹は、経糸を二本ずつ引き揃えて織ります。ですから目が細こうございまして、光が入ると乳のように返ります。硬く返るのは、経糸が一本のものでございます。北で織られる安いほうでございます。
「反あたり、いくらでございましょう」
「ヴィレは十五枚。北のものは、三枚か四枚でございます」
「四倍でございますね」
「四倍でございます」
わたくしは六反を左へ、六反を右へ分けて置きました。それから、帳面を開きました。
開いて、少し考えました。
考えましたのは、これをどう書くかでございます。
ございません、ではございません。品はここにございます。十二反、数はそろっております。ただ、目録に書いてある品ではございません。
わたくしは「所在不明」の下に、もう一つ欄を作ることにいたしました。
別品。
別品と書いて、六反ぶんに線を引きました。
「別の物がございます、というのは、ございますとは申しません」
声に出しましたのは、自分に申し上げるためでございます。書くときは、書く言葉を決めてから書きませんと、後で読んだ者が迷います。後で読む者がいるかどうかは分かりませんが、いないと決めて書くのも違うと存じます。
そのとき、蔵の入口が暗くなりました。
アルド様でございました。今日は乗馬服ではなく、家の中の装いでいらっしゃいます。
「絹だと聞いた」
「はい。十二反ございます」
「では、問題はないな」
「ヴィレの絹が六反、北の絹が六反でございます」
アルド様が眉を寄せられました。
「……北の」
「目録には、ヴィレと書いてございます。受領のときにわたくしが確かめて書きました。十年前でございます」
「見間違えたのではないのか」
「十年前のわたくしは十二でございました。十二の娘が、ヴィレと北を見間違えることはございます」
アルド様の顔が、少しゆるみました。
「ただ、母がおりました」
ゆるんだところが、止まりました。
「母はヴィレの織りを見て育っております。母の実家は、ヴィレの南の里でございますので。この十二反は、母が一反ずつ手を通して確かめまして、それからわたくしが書きました」
わたくしは反物の一枚を持ち上げて、アルド様のほうへ差し出しました。
「お手にお取りいただけますか」
アルド様は、お取りになりませんでした。
取らずに、こう仰いました。
「……母上が、どなたかに贈られたのかもしれん」
わたくしは反物を箱へ戻しました。戻すとき、折り目を元のとおりに合わせました。合わせながら、いま伺った言葉を頭の中で二度読みました。
母上が、どなたかに、贈られた。
三つ、分かることがございます。一つ、この方は蔵の品が減ることが起こりうるとご存じでいらっしゃる。二つ、それをなさる方の見当がついていらっしゃる。三つ、それでも、お調べになるおつもりはない。
「どなた様に、でございましょうか」
「知らん」
「さようでございますか」
「……知らんと言っている」
「はい。存じません、と控えます」
「控えるな」
わたくしは筆を止めました。
「控えるなと仰いますと」
「そういうことを、いちいち書くなと言っている」
アルド様は蔵の中へ二歩、お入りになりました。この方が蔵へお入りになったのは、これがはじめてでございます。二歩で止まられました。埃を踏むのを厭われたのだと存じます。
「セリーヌ。お前は、家の恥を数えているつもりか」
その問いは、答えなければならない問いでございました。ですから、わたくしは筆を置いてお答えいたしました。
「恥は数えられません。数えられますのは、品でございます」
「屁理屈だ」
「はい」
はい、と申し上げますと、たいていの方は次の言葉に詰まられます。アルド様も詰まられました。
それから、こう仰いました。
「……お前は昔から、そうだ」
昔から。
その語が出ましたので、わたくしは一つだけ伺うことにいたしました。十年、伺わずにおいたことでございます。
「アルド様。十年前、はじめてこの帳面をお見せしたときに、なんと仰ったか覚えておいでですか」
アルド様は覚えておいででした。
覚えておいでの顔でございました。目が一度、帳面のほうへ動きましたので。
ただ、口には出されませんでした。
「明日は、第五項から第十項までを検めます」
わたくしは箱の蓋を閉じました。
「小物ばかりでございますので、一日で終わるかと存じます」
すり替えを見抜きましたのは目ではなく、指でございました。ジョゼットの実家は蔵番でございますので、こういうときだけ、たいへん頼りになります。ふだんは主人の言い方を勝手に借りてまいります。次回、五日目。ここまでの分を書面にして、お渡しいたします。受け取っていただけるかどうかは、また別の話でございます。




