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第3話 所在不明、と控えます

〈結納目録 第四項 銀の燭台 一対 ――本日、一点〉


 翌朝は、蔵の奥から始めました。


 棚の三段目に無いのでしたら、どこかへ移されたのでございましょう。移されたのなら、蔵の中のどこかにございます。蔵は十五歩ぶんございますから、半日あれば端まで見られます。


 半日で、見られました。


 銀の燭台一対は、蔵にございませんでした。


「二階も、見ましょう」


「はい」


 二階は麻布と冬の敷物ばかりで、金物は一つもございませんでした。それでもジョゼットは布の間に手を差し入れて、端から端まで探しました。銀は重うございますから、布の間に隠れていれば分かります。


 床下も見ました。梁の上も見ました。石段の裏まで見ました。


 途中で一度、蔵の入口に人影がございました。伯爵夫人付きの侍女の方でございます。中を覗いて、それからすぐに戻っていかれました。声はかけられませんでした。


「お嬢様。あの方、今日で三度目でございます」


「数えていたのですか」


「数えるだけでございますので」


 わたくしは笑いませんでした。笑うところではございませんし、笑いますと、あの子が調子に乗ります。


 昼を過ぎて、わたくしは一階へ戻りました。


 バルテル様が扉のところにおられました。昨日と同じ立ち方でございます。


「バルテル様。厨房のほうに、燭台はございませんでしょうか」


「厨房には、真鍮のものしか」


「客間は」


「客間の燭台は、七年前に新しくなさいました。あちらは硝子の台でございます」


「奥様のお部屋は」


 バルテル様が、はじめてわたくしのほうをまっすぐご覧になりました。


「……お検めになりますか」


 その問い方は、答えでございました。


 ただ、わたくしはその答えを受け取らないことにいたしました。受け取ってしまいますと、この方がお答えになったことになります。それはこの方のお立場を悪くいたします。


「いいえ。蔵の外は、目録の外でございます」


 わたくしは帳面を開きました。


 そのとき、蔵の入口にアルド様がお立ちになりました。乗馬から戻られたところでいらっしゃいます。埃の中を覗き込むようにして、こう仰いました。


「まだ探しているのか」


「探し終えました」


「では、あったのだな」


「ございませんでした」


 アルド様は少しのあいだ黙っておられました。それから、こう仰いました。


「どこかにあるだろう。蔵は広い」


「十五歩でございます」


「……そういうことではない」


「はい。ではもう一度、二階も含めまして」


「もういい」


 アルド様は手をお振りになりました。振る、と申しましても、大きくは動かされません。指の先だけでございます。


「たかが燭台だろう」


 わたくしは、帳面を開いたまま少し待ちました。待ったのは、次の言葉が来るかどうかを見るためでございます。


 来ませんでした。


「アルド様。契約書の第九条を、昨日ご覧いただきました」


「……見た」


「解消のときは、受領した結納を現物にて返す。現物なきときは、受領時の評価額をもって充てる」


「それが」


「銀の燭台一対は、受領時の評価が金貨四十枚でございます」


 わたくしは墨をつけました。


 帳面の第四項の欄には、昨日まで何も書いてございませんでした。丸も、ばつも。そこへ、はじめて筆を入れました。


 所在不明。


 書きますと、思ったよりも太い字になりました。蔵の中は暗うございますので、墨を多めに含ませたせいでございます。


「なにをした」


「控えました」


「……勝手に決めるな」


「決めてはおりません。ございませんでしたので、ございませんと書いただけでございます」


 わたくしは帳面をアルド様のほうへ向けました。第一項から第三項までに丸が三つ。第四項に、所在不明。


「もし明日、燭台がお出になりましたら、この一行を消して丸に書き直します。喜んで書き直します。消すための墨も持ってまいっております」


 アルド様は帳面をご覧になりました。今度は、開いた頁のほうを、でございます。


 それから、蔵の三段目の棚をご覧になりました。四角い抜けが二つ、まだそのままそこにございます。


「……これは」


「置いてあったところでございます」


「誰が退けた」


「存じません」


「では、なぜ無い」


「それも存じません。わたくしは、ございませんと書く役でございます。なぜ無いかをお調べになるのは、この家の方でいらっしゃいます」


 アルド様は蔵の中を一度見回されました。この方がこの蔵に入られたところを、わたくしはこの十年で一度も見たことがございません。婚礼の日まで預かる品でございますから、婚礼の前に開ける用はございません。


 用がなければ、開けない。それは正しいことでございます。


 正しいことでございますが、開けなかった十年のあいだに、二つの燭台が棚から退けられました。


「明日は、絹を検めます」


「絹」


「第十一項から第二十二項まで。十二反ございます」


 アルド様は蔵を出て行かれました。出て行かれる前に、一度だけ棚のほうを振り返られました。


 バルテル様はまだ扉のところにおられました。


「セリーヌ様」


「はい」


「その帳面は、一冊きりでございますか」


 妙なお尋ねでございました。


「いいえ。控えがもう一冊ございます。当家に置いてまいりました」


「……さようでございますか」


 バルテル様は頭を下げられて、鍵を回されました。


 わたくしは戻る馬車の中で、今日の一行をもう一度読みました。所在不明。ひと言でございます。ひと言で、金貨四十枚。


 残りは六十八点ございます。

「所在不明」と書きますのに、四文字でございます。四文字で、金貨四十枚。筆は正直なもので、暗いところで書きますと墨を多く含ませてしまい、字が太くなります。太い字は、あとから消せません。次回は絹十二反。反物というものは、枚数だけ合っていることがございます。

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