第2話 蔵の鍵をお預かりします
〈結納目録 第一項から第三項まで ――本日、三点〉
グランシャン伯爵家の蔵は、母屋の北にございます。石造りの二階建てで、扉は樫でございます。鍵は二つ。一つは伯爵夫人がお持ちで、もう一つを家令のバルテル様がお持ちでいらっしゃいます。
朝の七刻に、バルテル様がその二つ目をお持ちになりました。
「お寒うございましょう。北は日が入りませんので」
「かまいません」
わたくしは帳面と、書きつけ用の紙と、墨壺を持ってまいりました。それから、家の侍女を一人。
「ジョゼットと申します。よろしゅうございます」
うちの侍女は、貴族のお屋敷でそういう挨拶をいたします。わたくしが十のときからうちにおりまして、もとは蔵番の娘でございます。今年で二十六になります。
バルテル様が鍵を回されました。扉が開きますと、埃が一度に光の中へ出てまいりました。
中は思ったより広うございました。奥行きが十五歩ほど、両側に棚。棚の上には木箱が積んでございます。箱には番号が墨で書いてございました。
「番号は、こちらでお付けになったものでございますか」
「さようでございます。お預かりした年に、その順で」
「では、目録の項目とは順が違いますね」
「……違います」
違うのは当然でございます。あちらは受け取った順、こちらは品の格の順でございますので。ただ、違いますと分かっていることと、照らせることは別でございます。わたくしは紙を一枚出して、番号と項目の対応から書いてまいることにいたしました。
ジョゼットが箱を一つ、両手で持ち上げました。持ち上げるとき、必ず底を支えて、それから裏を見ます。癖でございます。
「お嬢様。この箱、軽うございます」
「中はまだ見ておりません」
「はい。見ておりませんが、軽うございます」
開けますと、錦の掛け布が一枚。第一項でございます。折り目のところが少し焼けておりましたが、焼けは十年経てば出るものでございます。虫は入っておりませんでした。
「第一項、錦の掛け布 一枚。ございます」
わたくしは帳面の余白に丸を書きました。丸は「現物あり」でございます。
次の箱には白磁の壺が二つ。第二項でございます。片方の口のところに小さな欠けがございましたが、これは受領のときからのもので、そのとき控えてございます。控えてございますので、欠けは欠けのままで、丸でございます。
「第二項、白磁の壺 一対。ございます」
三つ目は螺鈿の文箱。第三項でございます。蓋の桜の一枚が浮いておりましたので、これは書き添えました。
照らすというのは、思われているより手のかかる仕事でございます。
箱を下ろして、埃を払って、蓋を開けて、中の布をほどいて、品を出して、寸法を当てて、傷を見て、戻して、結んで、蓋をして、棚へ返す。それで一点でございます。一点にどれほどかかるかと申しますと、四半刻ほどでございます。
ジョゼットが箱を戻しながら申しました。
「お嬢様。これを七十二点でございますか」
「そうなります」
「お一人でなさるおつもりでしたか」
「そのつもりでおりました」
「無茶でございます」
「はい」
「はい、ではございません」
ジョゼットは箱の紐を結び直しております。結び方が、わたくしのより速うございました。
「無茶でございますが、お止めはいたしません。わたくしは数えるだけでございます」
「それは、わたくしの言い方でございます」
「お借りいたしました」
「三点、ございましたね」
ジョゼットが箱を戻しながら申しました。
「ええ。順調でございます」
「順調でございますねえ」
その言い方に、わたくしは顔を上げました。ジョゼットは棚の上のほうを見ておりました。
棚の三段目でございます。そこだけ、木の色が違っておりました。
正しく申しますと、埃の乗り方が違っておりました。棚の板には十年ぶんの埃が薄く積もっております。その積もったところに、四角い抜けが二つ並んでおります。二つとも、掌ほどの大きさでございました。
物を置いておりますと、その下には埃が入りません。ですから、退けますと、そこだけ木の色のまま残ります。
「お嬢様、これは『見当たらない』ではなく『無い』でございます」
「まだ書きません」
「はい」
「探しておりませんので。蔵は広うございます」
ジョゼットは「はい」と申しまして、それから棚の下の段を覗きにまいりました。素直に引く子ではございません。引いたふりをして、下から探すのでございます。
バルテル様は扉のところに立っておられました。中へは入ってこられません。家令の方は蔵の中まで入られないものかどうか、わたくしは存じません。ただ、この方は昨日、わたくしの帳面をご覧になったときも、同じ立ち方をしておられました。
わたくしは帳面を持って、その四角い抜けの前に立ちました。
「バルテル様。第四項は、どちらに」
「……第四項でございますか」
「銀の燭台、一対でございます。高さは一尺二寸。台の裏に、当家の紋が打ってございます」
バルテル様は答えられませんでした。
答えられない、というより、答えを選んでおられるように見えました。
「本日はここまでにいたしましょう」
わたくしは帳面を閉じました。日はまだ高うございましたが、探すのは明日でよろしいのです。今日探して見つからなければ、今日のうちに書かねばなりません。書くのは、探し切ってからでございます。
蔵を出ますと、ジョゼットが両手を払いながら申しました。
「お嬢様。わたくし、あの棚の下も見ましたけれど」
「ええ」
「箱の底の埃も、見ましたけれど」
「ええ」
「三段目の抜けは、古うございません。せいぜい二年か、三年かと」
わたくしは足を止めました。
「なぜ分かるのです」
「埃の縁が立っておりますので。十年放っておきますと、縁がなだらかになるものでございます」
わたくしは帳面を開いて、その言葉を書きつけようといたしました。それから、書く欄がないことに気づきました。この帳面には「ございます」と「ございません」の欄しかございません。「いつから無いか」を書く欄は、作ってございませんでした。
紙を一枚足すことにいたしました。
「ジョゼット。今のところ、もう一度」
「もう一度でございますか」
「書きますので」
ジョゼットは目録のほうへ手を伸ばしかけて、それから、その手を引っ込めました。
「わたくし、字は」
「存じております」
「では、口で申し上げます」
その日、わたくしが書きつけたのは三行でございました。丸が三つ。それから、余白に足した一行。
銀の燭台一対、三段目、埃の縁が立っている。
侍女ジョゼット、初登場でございます。字は読めませんが、埃の縁が立っているか寝ているかで、無くなってからの年数を当ててまいります。役に立つ特技かと申しますと、この物語ではたいへん役に立ちます。次回、第四項――銀の燭台一対を、蔵の端から端まで探します。十五歩でございます。




