第15話 お返しの分まで、控えてございます
〈結納目録 最終頁 ――本日、引き渡し〉
引き渡しは、六の月の朔日でございました。
荷馬車が二台、うちの門を入ってまいりました。上に木箱が積んでございます。箱の番号は、あちらの蔵で振られたままでございました。
三十一点でございます。
ジョゼットが一つずつ下ろして、開けて、中を出して、わたくしが照らしました。
第一項、錦の掛け布。ございます。
第二項、白磁の壺。ございます。
第三項、螺鈿の文箱。ございます。
丸を書いてまいります。十日かけて書いた所在不明の横に、今日は受領の印を並べてまいります。同じ帳面に、両方が並びます。
衣装箱の蝶番は、直してございました。屏風の破れも、裏から当て布がしてございます。
鏡台の螺鈿は、四枚とも入っておりました。新しい貝でございます。色は少し違います。
「直してくださいましたね」
「はい」
バルテル様が、荷の脇に立っておられました。
この方は、あの家に残られました。辞めるという話も出たそうでございますが、伯爵様がお引き止めになったと伺っております。
六年ぶんの年賦を組む家に、三十年勤めた家令がいなくなりますと、組めるものも組めません。
「バルテル様。最後に、こちらへ署名を頂戴できますでしょうか」
わたくしは帳面のいちばん後ろの頁を開きました。
署名が十、並んでおります。その下に、余白がございます。
バルテル様は筆をお取りになりました。
「……十一度目でございます」
「はい」
「お預かりしております、ではございませんね」
「お返しいたしました、でございます」
バルテル様は書かれました。字は、三年前のものより落ち着いておりました。
荷を下ろし終えた頃に、馬が一頭、門を入ってまいりました。
アルド様でいらっしゃいました。お一人でございます。従者もお連れになっておりません。
「セリーヌ」
「アルド様」
「……荷は、届いたか」
「三十一点、確かに頂戴いたしました」
アルド様は馬から下りられて、荷馬車のほうをご覧になりました。空になった木箱が積み上げてございます。
「金子のほうは、六年かかる」
「伺っております」
「一年に二百枚だ。うちの収めから、そのぶんを先に分ける」
「はい」
「……父上が、そう決めた」
アルド様は、しばらく箱を見ておられました。
それから、こう仰いました。
「十年前、お前が帳面を見せに来たとき」
わたくしは手を止めました。
「私は、手すさびだと言った」
十年ぶりに、その語を聞きました。
わたくしはこの十年、その語を一度も使わずにまいりました。使いますと、思い出しますので。
「覚えておいででしたか」
「覚えていた」
「さようでございますか」
「あれは、手すさびではなかった」
アルド様は、こちらをご覧になっておりました。
目を逸らされませんでした。この方が人の目を見てものを仰るのを、わたくしはこの十年で数えるほどしか見ておりません。
「詫びても、戻らんのだろうな」
「戻りません」
「うむ」
「戻りませんが、書いてございます」
わたくしは帳面を持ち上げました。
「書いたものは、残ります」
アルド様は頷かれて、馬の手綱をお取りになりました。
乗られる前に、一度だけこう仰いました。
「あの硯は、使い続けてもいいか」
七年目の冬に、お贈りした品でございます。
贈答の控えでは、評価額をもって充てていただくことになっております。金子で頂戴いたしますので、品はもうあちらのものでございます。
「お使いくださいませ」
「うむ」
「よく磨いていただければ、まだ三十年は使えます」
アルド様は門を出て行かれました。
振り返られませんでした。振り返られないほうがよろしいのです。返す物も、返さない物も、もう決まっておりますので。
その日の夕方、わたくしは机の上に二冊を並べました。左に結納の目録。右に贈答の控え。
左の帳面には、七十二点ぶんの行がございます。丸が三十一、所在不明と別品が四十一。
右の帳面には、四十度ぶんの行がございます。丸は、一つだけでございます。銀の枝飾り。
父が入ってまいりました。
「終わったのか」
「終わりました」
「そうか」
父は右の帳面の表紙を、指で一度撫でました。
母の字でございます。
「……母さんが始めたものだ」
「はい」
「よく続けたな」
わたくしは筆を執りました。目録の最後の頁、署名の下に、まだ余白がございます。
そこに、一字だけ書きました。
完。
書いてから、少しのあいだ、その一字を見ておりました。
十年ぶんでございます。七十二点と、四十度。数え終えますのに、十日かかりました。
数えたところで、燭台は戻ってまいりません。真珠も、栗毛の二頭も戻りません。戻りましたのは、三十一点と、金貨千二百枚の約束と、銀の枝飾りが一つでございます。
それでよろしいのです。
わたくしは帳面を閉じて、紐を掛けました。二冊とも、机の上の棚へ上げました。背が並びます。母の字と、わたくしの字が。
明日から、うちの帳面をつけてまいります。うちの家にも、控えねばならないものがございますので。
筆と墨壺は、そのまま机に置いておきました。
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。戻りましたのは三十一点と、六年ぶんの約束と、銀の枝飾りが一つ。数えたところで戻らないものがあると承知の上で、それでも控え続けた十年のお話でございました。――評価とブックマーク、それから感想の一行は、こちらの余白に控えさせていただきます。金貨には換わりませんが、書いたものは残ります。




