第12話 当家の銀ではございません
〈結納目録 第六十九項から第七十二項まで ――本日、四点。これにて七十二点〉
銀器は、応接の間の卓に並べてございました。
布が敷いてございます。白い麻でございました。その上に、燭台が一対。銀の水差しが一つ。香炉が一口。匙が十二本。
朝の光が入って、よく光っておりました。
「戻りましたよ」
ミレーユ様が仰いました。針箱は、今日は出ておりません。
「それは、ようございました」
わたくしは帳面を開いて、卓のそばへ寄りました。
寄って、燭台に手を伸ばしかけました。
「お嬢様」
後ろでジョゼットが申しました。
「わたくしが持ってもよろしゅうございますか」
わたくしは手を引きました。
「どうぞ」
ジョゼットは両手で燭台の一つを持ち上げました。持ち上げて、台の裏を見ました。
それから、もう一つも持ち上げて、同じように裏を見ました。
二つとも卓へ戻して、こう申しました。
「これは、当家の銀ではございません」
部屋の中で、誰も動かれませんでした。
「ジョゼット。理由を」
「三つございます」
この子は数を数えるのだけは得意でございます。
「一つ。重さでございます。うちの燭台は、片方を持ちますと手首に来ます。これは来ません。銀の厚みが薄うございます」
「二つ」
「台の裏の紋でございます。うちの紋は、打ってから磨いてございます。ですから縁が丸うございます。これは、打ったままでございます。縁が立っております」
ジョゼットは燭台を裏返して、光のほうへ向けました。
わたくしにも見えました。紋の輪郭が、白く尖っております。
「三つ」
「三つ。打った跡が新しゅうございます。銀は打ちますと、そこだけ肌が変わります。年が経てば周りと同じに落ち着きますが、これは落ち着いておりません」
「いつごろ打ったものでしょうか」
「ひと月は経っておりません」
わたくしは帳面を開いたまま、しばらく卓の上を見ておりました。
燭台。水差し。香炉。匙。四点ぶんの銀が、朝の光の中に並んでおります。
どれも新しい銀でございました。新しい銀を、どこかで買って、うちの紋を打って、並べておられます。
わたくしはミレーユ様のほうを向きました。
「奥様」
「なんですか」
「この銀は、どちらでお求めになりましたか」
ミレーユ様は答えられませんでした。
「お求めになった先に、証文がございます。証文には日付が入ります。日付は、ひと月より前にはなりません」
「……何が言いたいのです」
「わたくしは、何も申し上げておりません」
わたくしは帳面の第四項を開きました。所在不明、と書いてある頁でございます。
その横に、こう書き足しました。
代替品の提示あり。紋は新規。受領品と別物。所在不明のまま据え置く。
「書き直さないのですか」
「書き直しません。書き直しますのは、あの燭台が出てまいりましたときでございます」
「同じ銀でしょう」
「同じ銀でございます」
わたくしは筆を止めて、顔を上げました。
「ただ、目録に書いてございますのは『銀の燭台』ではございません。『銀の燭台 一対、台裏に紋』でございます。紋は、十年前に打たれたものでございます」
「そんな細かいことを」
「細かいことしか、書いてございませんので」
ミレーユ様は、はじめて言葉に詰まられました。
詰まられたところへ、アルド様が口をお開きになりました。
「母上」
「なんですか」
「……この銀は、どこから」
ミレーユ様はお答えになりませんでした。
アルド様は、卓の上の燭台を一つお取りになりました。この方が蔵の品にお触れになったのは、はじめてでございます。
持って、裏を返されました。
しばらく、そのままでいらっしゃいました。
わたくしはその日の残りを検めました。第六十九項から第七十二項まで。銀の香合、螺鈿の櫛、白玉の帯留め、それから、目録の最後、第七十二項の紅の器。
四点とも、ございませんでした。これで、七十二点すべてを検め終えました。
わたくしは蔵の床に帳面を広げて、数えました。
ございました品――三十一点。
ございません品と、別の品――四十一点。
評価額の合計――金貨八百九十枚。
三度数えました。三度とも同じでございました。
数えておりますあいだ、蔵の入口に人がお立ちになりました。
アルド様でございました。手に、あの燭台をお持ちのままでいらっしゃいます。
「セリーヌ」
「はい」
「これは、どこで買えるものだ」
妙なお尋ねでございました。
「銀の細工でございましたら、王都の南に何軒かございます」
「幾らだ」
「この厚みでしたら、一対で三十枚ほどかと存じます」
アルド様は、燭台を持ったまま少し黙っておられました。
「……四十枚のものの代わりに、三十枚のものを買ったのか」
「そうなります」
「なぜ、そんなことを」
わたくしは、その問いにはお答えいたしませんでした。
お答えできることではございませんし、お答えしてしまいますと、それはわたくしが奥様のお考えを申し上げたことになります。
代わりに、一つだけ申し上げました。
「アルド様。これを並べた方は、わたくしが気づかないと思っておられたのでございます」
「……気づくだろう」
「はい。気づきます」
「十年、あの帳面を付けていたのだからな」
わたくしは顔を上げました。この方が、その言い方をなさったのは、はじめてでございます。
アルド様は燭台を持ったまま、母屋のほうへ戻っていかれました。
ジョゼットが横に膝をついて、頁を覗いております。字は読めませんが、丸の数は数えられます。
「お嬢様」
「はい」
「丸が、少のうございます」
「三十一ございます」
「七十二のうちの三十一でございます」
「そうですね」
ジョゼットは、それ以上申しませんでした。わたくしは帳面を閉じて、両手で持ちました。
十一日でございました。
これで、こちらの分は終わりでございます。終わりでございますが、まだ一冊ございます。
うちの家に置いてまいりました、もう一冊のほうでございます。
理由を三つ並べられる侍女は、強うございます。重さ、紋の縁、打った跡の新しさ。ちなみに字は読めません。読めませんが、丸の数は数えられます。七十二のうち、三十一でございました。次回は、もう一冊のほうでございます。母が始めて、娘が続けた帳面が、机の下の引き出しから出てまいります。




