表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/15

第11話 書かなかったことも、残っております

〈結納目録 第六十一項から第六十八項まで ――本日、八点〉


 翌日、蔵の鍵はバルテル様ご自身が開けてくださいました。


 いつもと同じでございます。ただ、いつもと違いましたのは、この方が中へお入りになったことでございます。


 二歩ではございません。奥まで、でございます。


「お手伝いをいたします」


「よろしいのでございますか」


「本日は、そのように申しつかっております」


 どなたに、とは伺いませんでした。


 第六十一項から第六十八項までは、書物と巻物でございます。家史の写しが三巻、祈祷書が二冊、暦の綴りが三冊。


 書物は重うございます。バルテル様が下ろして、わたくしが開いて、ジョゼットが埃を払いました。三人でやりますと、速うございます。


 八点のうち、ございましたのは五点でございました。三点、ございませんでした。


 家史の写しは三巻のうち二巻。祈祷書は二冊とも。暦の綴りは三冊のうち一冊でございます。


 家史の欠けておりましたのは、中の一巻でございました。


「一巻目と三巻目がございまして、二巻目がございません」


「……さようでございますか」


「二巻目には、系図が入っております」


 バルテル様は棚のほうをご覧になったまま、こう仰いました。


「系図の写しは、方々でご入用になるものでございます」


「ご入用と申しますと」


「縁組のときでございます」


 わたくしは筆を止めました。


 縁組のときに要りますのは、こちらの家の系図ではございません。要りますのは、次のお相手の側でございます。


 二巻目には、うちの家とこちらの家が並んで載っております。十年前に、婚約が調いましたときに書き足したものでございます。


 それが、無くなっております。わたくしは所在不明と書きました。


 書きながら、これは売られたものではないかもしれないと思いました。売って金子になるものではございませんので。


 ただ、無いものは無いのでございます。無い理由を書く欄は、この帳面にはございません。


 わたくしが所在不明と書きますあいだ、バルテル様は棚の前に立っておられました。


「セリーヌ様」


「はい」


「三年前の九の月に、わたくしはお嬢様から帳面をお預かりいたしました」


 わたくしは筆を止めました。


「玄関で、でございますね」


「さようでございます。あの日、わたくしは署名をいたしました」


「はい」


「あの日の朝に、真珠を出してまいれと申しつかっておりました」


 蔵の中は、日が斜めに入っております。埃が、その光の中をゆっくり動いておりました。


「王都南のモランへ、でございますね」


 バルテル様が、わたくしのほうをご覧になりました。


「……ご存じでいらっしゃいましたか」


「札が、箱の底にございました」


「戻しておられますか」


「戻してございます」


 バルテル様は目を伏せられました。


「捨てられませんでした」


「はい」


「捨てれば、出せなくなりますので。いつか、お戻しできると思っておりました」


 わたくしは筆を置きました。


 置いて、少し考えました。考えましたのは、この方に何を伺うかではなく、何を伺わないかでございます。


「バルテル様」


「はい」


「あなたは、なぜ署名を続けられたのですか」


 これは、伺ってよいことでございます。この方ご自身のことでございますので。


 バルテル様は、しばらく答えられませんでした。


「……わたくしは、家令でございます」


「はい」


「家令は、命じられたことをいたします。売れと申しつかれば、売ってまいります。それが役目でございます」


「はい」


「ただ、書けと申しつかっていないことは、書きません。書くなと申しつかったことも、書きません」


 この方は、棚のほうを向いておられました。


「わたくしは、書けと言われたことしか書いておりません。書かなかったことも、残っております」


 わたくしは、その言葉の意味を二度考えました。一度目は、言葉のとおりに。二度目は、この方の三十年のほうから。


「お屋敷の帳面には、何を書いておられますか」


「動かしたものと、日付と、行き先でございます」


「命じた方のお名前は」


「……書けと申しつかっておりません」


「では、書いておられませんね」


「書いておりません」


 バルテル様は、そこで一度言葉を切られました。


「わたくしの手控えのほうには、書いてございます」


 埃が、まだ光の中を動いておりました。


「手控えは、家の帳面ではございません。わたくしのものでございます。三十年、毎晩つけております。誰にお見せするものでもございません」


「はい」


「お見せするものではございませんが、お尋ねになる方がいらっしゃいましたら、お見せいたします」


 わたくしは帳面を閉じました。


「わたくしは、お尋ねいたしません」


 バルテル様がこちらを向かれました。


「なぜでございます」


「わたくしがお尋ねしますと、あなたはわたくしのためにお出しになったことになります」


 わたくしは立ち上がって、埃を払いました。


「そうなりますと、あなたはこの家に居られなくなります。わたくしは、あなたのお勤めを終わらせに来たのではございません」


 バルテル様は、何も仰いませんでした。仰らないまま、次の箱をお下ろしになりました。


 その日の帰りがけ、玄関でアルド様とすれ違いました。


「セリーヌ」


「はい」


「明日、銀器を返す」


 わたくしは足を止めました。


「返す、と仰いますと」


「母上が、返すと仰った。蔵に無かったぶんのうち、銀のものは戻せると」


「戻せる、と仰いますと」


「……そう仰った」


 アルド様は、それ以上ご存じないご様子でございました。


 わたくしは頭を下げました。


「では、明朝伺います。目録と照らしてまいります」


 馬車の中で、ジョゼットが申しました。


「お嬢様。戻せるものなら、はじめから戻しておられます」


「そうですね」


「戻すと仰るのは、戻せるものが手元にできたということでございます」


「そうですね」


「銀は、どこにでもございます」


 ジョゼットは窓の外を見たまま、そう申しました。


 わたくしは膝の帳面を開いて、明日の頁に何も書かずにおきました。書く欄は、明日つくればよろしいのです。

三十年、毎晩つけている手控えがあるそうでございます。お尋ねになれば、お見せくださるそうでございます。ですからセリーヌは、お尋ねいたしません。尋ねてしまえば、この方はこの家に居られなくなりますので。次回、銀器が返ってまいります。返ってはまいりますが、ジョゼットが台の裏を見たがっております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ