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小さな抵抗と、小さな絆

改革が動き始めると、必ず抵抗も動き始める。前世でも、変化を嫌う現場は、直接反対する代わりに、手続きを遅らせるという形で意思を示すことが多かった。灰の谷でも、まったく同じことが起きた。

ヨルガ草への転作を決めた区画で、必要な種と道具の手配が、なぜか二週間も滞った。担当の役人に確認すると、こう返ってくる。

「予算の承認手続きに時間がかかっている」

手続き自体は、以前ならもっと早く進んでいたはずのものだった。

「ダレンさんの指示ではないと思います」

フィリアが調べた結果を持ってきた。

「承認を遅らせているのは、ダレンさんの部下にあたる、古くからの書記官です。ダレンさん自身は、むしろ早く進めようとした形跡があります」

つまり、ダレンよりもさらに保守的な層が、館の中に存在しているということだ。前世でも、上が変わっても、現場の慣習を守り続けるベテランのスタッフが、変化そのものに抵抗することはよくあった。悪意ではなく、長年積み重ねてきたやり方への忠誠心が、そうさせる。

俺はその書記官を直接呼び出すのではなく、まず彼が普段どういう仕事をしているのかを、遠くから観察することにした。前世でも、頭から押さえつけるより、まず相手の仕事の仕方を理解する方が、結局は早く物事が進む。

数日観察して分かったのは、その書記官が、誰よりも丁寧に、そして誰よりも遅く仕事をする人間だということだった。彼にとって「正確さ」と「時間をかけること」が、同じ意味を持っているらしい。

「あなたの仕事のやり方を変えてほしいとは言いません。ただ、ヨルガ草の種の手配だけは、先に済ませてもらえますか。理由は、雨季が終わる前に植え付けを済ませたいからです」

俺がそう伝えると、書記官は少し驚いた顔をして、それから初めて自分から期限を確認してきた。急かされることには抵抗があるが、理由が明確な期限には、むしろ従いやすいタイプだったのだろう。三日後、種の手配は無事に完了した。

書記官自身も、この経験を機に、少しずつ仕事の進め方を変えていった。すべての手続きに期限を書き込むという、単純な工夫だけで、以前よりずっと早く物事が進むようになった。彼が悪意を持っていたわけではないと分かった今、俺は彼を無理に急かすのではなく、彼のペースに合わせた仕組みを整えることを選んだ。前世でも、人を変えるより、仕組みを変える方が、結局は長続きする。

その一方で、村では別の種類の変化が起きていた。洪水を防いで以来、俺とフィリアに対する村人たちの態度は明らかに柔らかくなっていた。広場でよく見かける、あの数を数える真似をしていた女の子――名はミラというらしい――が、この頃には毎日フィリアの後をついて回るようになっていた。

「フィリア様、今日は何を数えるの?」

「今日はヨルガ草の苗の数です。一緒に数えますか」

ミラは嬉しそうに頷き、フィリアの隣にしゃがみ込んで、真剣な顔で苗を数え始めた。フィリアがその小さな手を見て、ふと柔らかい表情を見せる瞬間があった。無価値と呼ばれ続けてきた彼女が、誰かに頼られる立場になっていく様子を、俺は少し離れた場所から見ていた。

「あなたも、こういう時間が好きなんですね」

俺がそう言うと、フィリアは少し照れたように帳面に視線を落とした。

「――数字を数えることしか、できませんでしたから。それが誰かの役に立っているという実感が、今までなかったんです」

ミラの母親が、ある日フィリアに小さな布袋を渡してきた。中には乾燥させた果物が入っていた。

「大したものではありませんが、ミラがいつもお世話になっておりますので」

フィリアは驚いた顔でそれを受け取り、深く頭を下げた。誰かから、見返りを求めない好意を向けられることに、まだ慣れていない様子だった。俺はその光景を少し離れた場所から見ながら、この土地が少しずつ、彼女にとっても居場所になっていくのを感じていた。

その日の帰り道、フィリアは布袋を大事そうに抱えながら、珍しく自分から話しかけてきた。

「実家にいた頃は、誰かに何かをもらうということが、ほとんどありませんでした。もらうのはいつも、比較のための道具か、失望の言葉ばかりで」

「ここでは、もう少し違う形で受け取れそうですか」

「――はい。少しだけ、怖いくらいです。良いことばかりが続くと、いつか何かの代償を払わされるのではないかと、つい考えてしまいます」

「その考え方は、前世の俺にも覚えがあります。良い数字が出ると、次はもっと厳しい目標を課される。それが普通でしたから」

「それでも、あなたは前を向いて仕事をしてきたのですか」

「向くしかなかった、というのが正確です。ただ、今回だけは少し違います。誰かに評価されるためではなく、この土地のために動いている、という感覚があります」

フィリアはその言葉を、しばらく黙って受け止めていた。夕暮れの畑道を、二人分の足音だけが静かに響いていた。

その夜、館に戻ると、ハロルドが少し困った顔で報告に来た。

「ルーク様。本領から、書状が届いております。差出人は、ゲイリウス様です」

俺は封を開ける前に、一度深く息を吐いた。予感していた通りの内容が、そこには書かれているはずだった。

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