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単品管理と作物と

「この区画、去年の収穫量に対して、種と人手のコストが釣り合っていません」

フィリアが帳面を指しながら言った。俺たちは、館の会議室に灰の谷の全区画を書き出した地図を広げ、区画ごとの収支を一つ一つ検証していた。

前世で言うなら、これは単品管理そのものだ。店舗全体の売上だけを見ていては、どの商品が儲かっていて、どの商品が実は赤字を生んでいるのかが分からない。灰の谷の農業も同じだった。これまでは「麦の総収穫量」という一つの数字でしか領地を見ていなかった。だが、区画ごとに分解すると、まったく違う姿が見えてくる。

「この北側の区画は、三年連続で収支が合っていません。土壌が痩せすぎていて、麦を作るには向いていないようです」

「では、麦以外を試すべきかもしれませんね」

俺はそう言って、灰の谷の周辺の植生を思い出していた。着任してからの数週間、村を歩く中で、痩せた土地にもかかわらず元気に育っている薬草の群生を何度か見かけていた。

「オズワルドさんに聞いてみましょう。あの北側の区画に、薄紫の花をつける草が自生していたはずです」

翌日、オズワルドに尋ねると、彼は懐かしそうに目を細めた。

「ああ、あれはヨルガ草ですな。昔は薬師が買いに来ておりましたが、麦を作れという指示が来てからは、誰も見向きもしなくなりました」

「麦より、そちらの方が今の土地には向いているかもしれません」

「しかし、麦を作らねば税が納められません」

「税の一部を、ヨルガ草で代納できるようにすればいい。売れる先を見つける必要がありますが、少なくとも痩せた土地で無理に麦を作るよりは、収穫が安定するはずです」

フィリアがすぐに帳面に計算を書き込み始めた。

「ヨルガ草の市場価格が分かれば、麦との収益比較ができます。ただ、この土地に買い手がいるかどうかは、調べる必要がありますね」

「王都に伝手のある薬師を、サイラス殿に紹介してもらえないか、手紙を書いてみます」

その晩のうちに、俺はサイラス老へ宛てた手紙を書いた。魔力測定の儀以来、初めての連絡だった。ヨルガ草の効能と、灰の谷での栽培の可能性を説明し、王都で買い手になりそうな薬師の紹介を頼む内容だ。返事が届くまでには、早くても半月はかかるだろう。それでも、待つだけの時間を無駄にするつもりはなかった。

「サイラス殿には、俺の体質のことも知られています。信頼できる相手だと思っていいでしょう」

「――その方に、いつか私も会ってみたいです。数字ではなく、魔力そのものを研究している方が、この世界にどれだけいるのか、気になります」

フィリアの言葉に、俺は小さく笑った。彼女の興味の持ち方は、いつも真っ直ぐだった。

このやり取りを、会議室の隅で黙って聞いていたダレンが、初めて自分から口を開いた。

「……市場価格を確認するだけであれば、私の伝手も使えるかもしれません。以前、王都の商会と多少の付き合いがありましたので」

意外な申し出だった。俺は驚きを表に出さず、静かに頷いた。

「助かります。お願いできますか」

ダレンは何も言わず、小さく頭を下げた。まだ完全に態度が変わったわけではない。ただ、少なくとも扉が一枚、開いたような感触があった。

この数日で、俺たちは灰の谷の全十二区画のうち、四つの区画が麦作りに向いていないことを突き止めた。残りの区画についても、水はけの良し悪しや土壌の質によって、向いている作物が違うことが分かってきた。これまで「麦の谷」としか見られていなかった土地に、実はいくつもの顔があったのだ。

「南側の三区画は、水はけが良すぎて、麦には向いていませんが、豆類なら問題なく育つはずです」

「東側の区画は、日当たりが良い分、果樹に向いているかもしれません。灰の谷では見たことがありませんが、近隣の領地では育てられていると聞きます」

一つ一つの区画に、これまで誰も考えなかった可能性が眠っていた。前世で言うなら、売り場の陳列を組み替えるだけで、同じ商品がまったく違う売れ方をするのと同じだ。土地そのものは変わらない。見方を変えるだけで、価値が変わる。

半月後、サイラス老からの返事が届いた。王都で薬草を扱う商会の名と、ヨルガ草に似た植物の取引価格の相場が記されていた。予想していたよりも高い値がついており、麦の収益と比べても十分に採算が取れる見込みだった。

「これなら、北側の区画だけでも、来年の税収の見通しが大きく変わります」

フィリアがすぐに新しい収支表を書き起こした。区画ごとの予想収益を並べたその表は、これまでの灰の谷の帳簿には存在しなかった種類の資料だった。

「この表を見れば、村の人たちにも、なぜ転作するのかが伝わりやすくなると思います」

「数字だけでなく、見せ方も工夫しないと、伝わるものも変わってきます。同じ情報でも、並べ方次第で受け取られ方が違う」

俺の言葉に、フィリアは何度も頷きながら、表の並びを描き直していった。

「面白いですね」

フィリアが帳面を見ながら、珍しく声に軽さを滲ませた。

「これまで、数字はただ悪いものだと思っていました。見るたびに気が重くなるだけの記録でした。でも、こうして分解していくと、数字の中に、まだ見つかっていない可能性が隠れているのが分かります」

「数字は、悪い知らせを運ぶだけの道具じゃありません。正しく分解すれば、次にどこへ手を入れればいいかを教えてくれる道具にもなります」

俺の言葉に、フィリアは小さく頷いた。窓の外では、ヨルガ草の薄紫の花が、北側の区画で静かに風に揺れていた。

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