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フェアバンク家の支援

ダンスコット領での小さな成功を機に、セドリックが再び灰の谷を訪れた。今回は、より具体的な提案を携えていた。会議室に姿を現した彼の表情には、以前の探るような硬さはなく、代わりに、どこか安堵したような柔らかさが浮かんでいた。

「我が主人、フェアバンク伯爵より、正式な支援の申し入れをお伝えいたします」

セドリックが提示した条件は、思っていたよりも控えめなものだった。灰の谷とダンスコット領の商品を、フェアバンク家の商業網を通じて王都で売る手助けをする。見返りは、市場価格の適正な範囲での手数料のみ。支配的な出資や、経営への介入は求めない、という内容だった。

「本当に、これだけの条件でよろしいのですか」

俺が尋ねると、セドリックは静かに答えた。

「我が主人は、目先の利益より、長期的な信頼関係を重視します。灰の谷とダンスコット領が、ロヴェル侯爵家の影響から自立した状態で発展することこそが、我が主人にとっての価値なのです」

フィリアが、提示された条件を帳面に書き写しながら、慎重に確認していく。

「手数料の算定方法、契約の解除条件、いずれも明確です。少なくとも、グレッグ商会が提示してきた条件よりは、はるかに公正だと思います」

俺たちはその場で即決せず、数日かけて条件を検討することにした。ダレンとハロルドにも意見を求め、それぞれの視点から、契約の細部を、丁寧に確かめていった。ダレンは、特に契約解除の条項を、何度も読み返していた。蝋燭の灯りの下、彼の眉間には、深い皺が刻まれていた。

「一見、公正に見える契約でも、細かな条項に、思わぬ抜け穴が潜んでいることがあります。念のため、もう一度、確認させてください」

ダレンの慎重さは、かつてモーガン元代官の不正を見過ごした経験から来ているのだろう。俺は、その姿勢を、心から信頼していた。

「この条項の書き方には、私も、以前、似たような文言で苦い経験があります。字面だけでは分からない、実際の運用のされ方まで、確かめておくべきです」

ダレンがそう付け加えると、ハロルドも静かに頷いた。

「私も、長年、この土地の契約や取り決めを見てきましたが、大きな貴族家からの申し入れというのは、いつも、最初は好条件に見えるものです。時間をかけて確かめることに、賛成いたします」

その言葉に、俺とフィリアは、改めて慎重さを心に留めた。

最終的に、俺たちは、条件付きで提携を結ぶことを決めた。

「一つ、条件を追加させてください」

俺はセドリックにそう伝えた。

「灰の谷とダンスコット領が、将来的にこの提携から離脱する場合、いかなる違約金も発生しないこと。そして、この提携の内容を、両家以外の第三者に開示する際は、事前に我々の同意を得ること」

セドリックは少し考え、それから頷いた。

「――承知いたしました。我が主人も、その条件であれば、快く受け入れると思います」

契約が正式に結ばれた日、フィリアが静かに言った。

「これで、灰の谷は、また少し大きな盤面に足を踏み入れましたね」

「そうですね。ただ、盤面が大きくなるほど、見えていない駒も増えていきます」

窓の外、王都へ向かう道の彼方を、俺はしばらく見つめていた。この提携が、灰の谷にとって、確かな追い風になることを、俺は静かに願っていた。同時に、これまで以上に、目に見えない部分での警戒を、怠ってはならないという緊張も、確かに感じていた。

数日後、俺たちは、この提携の内容を、村の主要な農家や、周辺の連帯領地にも、丁寧に説明する機会を設けた。集会所には、これまでの集会と同じように、多くの村人が詰めかけていた。

「大きな貴族家との提携、というと、少し不安に思われる方もいるかもしれません。ですが、この提携は、灰の谷が誰かに従属するものではなく、あくまで、対等な立場での協力です」

俺の説明に、村人たちは、真剣な表情で耳を傾けていた。オズワルドが、代表して、こう言った。

「代理領主様が、これまで、我々を裏切るような判断をされたことは、一度もございません。この提携も、きっと、良い結果を生むと、信じております」

その言葉に、俺は、静かな責任の重さを、改めて感じていた。村人たちの信頼は、決して当然のものではない。かつて、代理領主として着任した当初、村人たちの目には、はっきりとした警戒の色があった。それが、今は、こうした信頼の言葉として、返ってきている。

集会の後、ダレンが、俺に静かに言った。

「この提携が、うまく機能すれば、灰の谷は、これまで以上に、外の世界との繋がりを、確かなものにできると思います」

「そうですね。ただ、繋がりが増えるほど、注意すべき点も増えます。焦らず、一つ一つ、確認しながら進めましょう」

窓の外、夕暮れの光が、集会所を出る村人たちの背中を、静かに照らしていた。灰の谷は、また一つ、新しい段階へと、確かな一歩を踏み出していた。

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