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ダンスコット領の再建

ダンスコット領の再建は、灰の谷での経験がそのまま活きる部分もあれば、まったく通用しない部分もあった。

「この領地の税制は、灰の谷よりもさらに古いやり方が残っています。三世代前の記録が、そのまま使われている場所すらあります」

フィリアが実家の帳簿を調べながら、驚きと呆れの混じった声で言った。灰の谷では、財政難という危機感があったからこそ、改革への抵抗もまだ小さかった。だがダンスコット領では、危機感そのものが薄く、「今のままでも何とかなっている」という空気が根強く残っていた。実際には、蓄えは年々目減りしており、いずれ立ち行かなくなることは、帳簿の数字を見れば、誰の目にも明らかだった。それでも、日々の暮らしがかろうじて回っている限り、危機感を持つ人間は、驚くほど少ない。

「危機感がない場所を変えるのは、危機感がある場所を変えるより、難しいかもしれません」

俺がそう言うと、フィリアも頷いた。前世でも、明らかに赤字の店舗より、そこそこ回っている店舗の方が、実は改善提案を受け入れてもらいにくいことがあった。痛みがなければ、変化の必要性を感じにくい。かつて担当した、ある地方の店舗も、まさにこの「そこそこ回っている」状態にあり、改革案を出しても、いつも「今のままでいい」という空気に押し返されていた。結局、その店舗が本気で変わり始めたのは、もっと大きな売上の落ち込みを経験した後だった。ダンスコット領には、その落ち込みが訪れる前に、手を打つ必要があった。

そこで俺たちは、灰の谷と同じやり方をそのまま持ち込むのではなく、まず小さな成功例を一つだけ作ることに集中した。ダンスコット領の外れにある、痩せた土地の一区画を選び、ヨルガ草の試験栽培を始める。大掛かりな改革を宣言せず、目立たない場所で、確実に結果を出す。

「派手にやらないんですね」

「派手にやると、抵抗も派手になります。小さく始めて、結果を見せてから広げる方が、結局は早く進みます」

俺たちは、その試験区画を任せる農家を、丁寧に選んだ。変化を嫌う者ではなく、むしろ、これまでの土地の使い方に、何かしらの不満を持っていた者を選ぶことが、フィリアの提案だった。

「不満を持っている人ほど、新しい方法を、試してみたいという気持ちが強いはずです」

その見立ては、正しかった。選ばれた農家は、最初は戸惑いながらも、丁寧な説明を受けた後、意外なほど積極的に、試験栽培に取り組んでくれた。フィリアは、その農家のもとへ、何度も足を運び、栽培の進み具合を、自らの目で確かめ続けた。

数ヶ月後、その小さな区画から、これまでこの土地では見たことのない収益が生まれた。噪しはすぐに領地内に広がり、他の農家からも「うちの土地でもやってみたい」という声が上がるようになった。

ダンスコット子爵は、その報告を受けて、初めて娘の提案を本気で受け止めるようになった。

「フィリア。お前がここまでできるとは、正直、思っていなかった」

「私も、自分がここまでできるとは、思っていませんでした。灰の谷で、たくさんのことを学びましたので」

子爵はしばらく黙り、それから小さく頭を下げた。娘に頭を下げる父親の姿を、俺は少し離れた場所から見ていた。長年、フィリアを「無価値」と呼び続けてきた父親が、今、確かに、その評価を覆す瞬間を迎えていた。

その夜、ダンスコット領の屋敷で、俺とフィリアは、これからの再建計画について、改めて話し合った。

「試験区画の成功を、どう広げていくかが、次の課題ですね」

「はい。ただ、焦って一気に広げるのは危険です。灰の谷でも、最初の一年は、慎重に、小さな成功を積み重ねることに集中しました。ここでも、同じ順序を守るべきだと思います」

フィリアは、実家の帳面を、一頁ずつ、丁寧に見返しながら、来年以降の計画を、具体的に書き起こしていった。

「父も、少しずつ、私の言葉に耳を傾けてくれるようになりました。時間はかかりましたが、これも、灰の谷と同じ、地道な積み重ねの結果だと思います」

「その通りだと思います。信頼は、一度の成功では生まれません。何度も、確かな結果を見せ続けることで、少しずつ、築かれていくものです」

翌朝、俺たちは、灰の谷へ戻る前に、もう一度、試験区画を訪れた。ヨルガ草の若い苗が、痩せた土に、確かに根を張り始めていた。朝露に濡れた葉が、朝日を受けて、微かに光っていた。

「この苗が、ちゃんと育ってくれれば、来年には、もっと多くの区画で、同じ光景が見られるはずです」

フィリアが、苗を見つめながら、静かに言った。俺は、その横顔に、灰の谷に来た頃の彼女とは、確かに違う、自信に満ちた表情を見て取った。

その帰り道、フィリアは珍しく、実家での幼い頃の思い出を、少しだけ語ってくれた。裏山でよく数字遊びをしていたこと、それを見た使用人たちが、気味悪がって離れていったこと。誰もその力の意味を理解してくれなかった、静かな孤独の記憶だった。

「その時の私に、今の私を見せてやりたいです」

フィリアがそう呟いた時、俺は、彼女の隣に立てていることを、静かに、確かに、誇りに思った。馬車の車輪が、朝の乾いた道を、軽やかな音を立てて進んでいった。

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