9.不意打ちの幸せ
「アイリさん」
もうすぐ今日の仕事が終わる、というタイミングで、リク様が私を呼んだ。
「はい。お疲れ様です」
「お疲れ様です。今日この後、何か予定はありますか?」
「……いえ、特にありません」
「良かったら、アイリさんの歓迎会をしませんか? 実は、そういう声が上がっていまして」
「私の……歓迎会?」
「そうです。すでに多くの者から頼りにされてるアイリさんですから、交流を深められたらと」
正直、家から出て仕事をしたのは大使館が初めて。普通に就職したとしても、私が歓迎会に呼ばれる未来は……きっと無かったと思う。
友達と呼べる人もいない私に、沢山の人がいるところで果たして会話は成り立つんだろうか……。
「不安そうですね」
「そ……そうですね。皆様の空気を壊さないか、と」
「ん〜……違う意味で壊しそうだから大丈夫でしょう。では、決定です。19時に中庭へ来てください。服装は、何でも構いません」
「……承知しました」
とは言ったものの、どんな格好が適してるのかも分からない。
最初にリク様と買い出しに行った街で、購入したシンプルなワンピースが二着。後からケイト様が持ってきてくれた外出用のドレスが一着。
「……シンプルなワンピースなら、目立たないよね」
控えめな紺色のワンピースを着て、いつも地味に一つに結んでいる髪を下ろしてみた。
目立たなければ、それで良し。
時計を見て、少し早めだけど部屋を出た。
中庭に繋がる扉を開け、人影が見える方まで歩いて行く。
「あっ、来た来た! こっちですよ、アイリさ――え?」
誰かが手を振ってくれたのを見て、ホッとした。良かった……ちゃんと受け入れてもらえる……。
「お待たせしました」
「……アイリさん、だよね?」
「そうです」
「……驚いた」
「どこか、変でしたか? 私、格好を間違えましたでしょうか?」
「間違えてない、大丈夫! 仕事と雰囲気が違うから……びっくりしただけ。ですよね、リクさん」
少し、離れた場所にいたリク様に話しを振った。
こちらの会話なんて聞いてないはずなのに――
「皆、綺麗だと褒めてるんだよ」
と……微笑んだ。
美しい人に生まれたいと望んで……初めて……報われた気がした。
目頭が熱くなって、涙を堪えてるなんて知られたくなくて、笑って誤魔化した。
「……っ、破壊力!」
「え……?」
料理長の美味しい料理、ウェルネシカ産のワイン、陽気な誰かの歌声。
終始、楽しい雰囲気で時間が過ぎていく。
「アイリさんは、リク様をどう思いますか?」
「おい、酔っ払いは部屋に戻れ」
「でもですよ、聞いてみたいって思いませんか?」
「彼女も答えに迷うだろ」
ワインのグラスに口を付けてた私に、一斉に視線が向いた。
でも、迷うまでもなく答えは決まっている。
「リク様は、私が出会ってきた方の中で一番素敵な方です」
「んっ……」
「こんな私に仕事だけじゃなく、居場所も下さって……こうして皆さんにもお会いすることが出来ました。言葉の一つ一つに気遣いがあって……私もリク様のような人になりたいって思ってます」
一瞬だけ沈黙を挟んで、大きな拍手が生まれた。
***
歓迎会なんて、本当は嫌がると思ってた。
無理に笑うようだったら、何か理由をつけて部屋に帰そうと思ってたくらいなのに……。
予想を裏切って、楽しそうに笑う彼女がとても誇らしく見えた。
「……ここに連れて来て、良かった」
「私もそう思います」
独り言を言ったつもりが、ケイトに拾われてしまった。
「リク様は、人を見る目がありますから」
そう言って、ワイングラスに口を付けた。
「彼女がこんな風に笑えるのは、もっと先の事だと思ってた。それでも、皆と打ち解けている姿を見ると胸がいっぱいになるよ」
「そうですね」
「ただ……」
「ただ?」
「彼女を表舞台に出して良いのか、正直葛藤がある」
「それは……」
「人材確保が難しい、このご時世だ。あの才能は、隠しきれない」
「リク様は、手放したくない。そうお考えなんですね」
「当たり前だ。彼女がここに居たいと望む限り、力になって貰いたい」
……だけど、それを決めるのは彼女だ。
イースタンだって、今は偏見に飲まれているが、目を覚ました時……果たして、彼女を放っておくだろうか。
その時、目を向けた彼女たちの方から僕の名前が聞こえた。
「アイリさんは、リク様をどう思いますか?」
酔っ払った奴らの相手も、大変だろう。
「おい、酔っ払いは部屋に戻れ」
「でもですよ、聞いてみたいって思いませんか?」
「彼女も答えに迷うだろ」
変なことを聞いて、気を遣わせるのも――
「リク様は、私が出会ってきた方の中で一番素敵な方です」
……その言葉を聞いて、思わず変な声が漏れた。
「こんな私に仕事だけじゃなく、居場所も下さって……こうして皆さんにもお会いすることが出来ました。言葉の一つ一つに気遣いがあって……私もリク様のような人になりたいって思ってます」
彼女の中の自分が、随分過大評価されてると感じる一方で……その言葉に何だか救われた気持ちになった気がした。
彼女に向けられた温かい拍手が、僕の心も温かくした……というのは、胸にしまっておこう。




