10.本質
歓迎会から一夜明け、あの騒ぎが嘘のように黙々と仕事に取り掛かっている。
中には、飲み過ぎて頭痛がするのか、本調子でない職員もいるが……それは、それで微笑ましい。
「アイリさん、今日なんですが……急で申し訳ないけど、僕に同行してもらえますか?」
「はい、大丈夫です。どちらへ行くのですか?」
「情報交換の場として、軽いガーデンパーティーがあるんです。ケイトと行く予定でしたが、別件で外出するので、代わりに来て頂けませんか?」
「私で、良ければ」
「出発はお昼過ぎですので、午前中は通常通りでお願いします」
「承知しました」
ケイト様の代わりが務まるとも思えないけど、声を掛けて下さったのなら精一杯やるだけ。
それにしてもガーデンパーティー……ん……また、服に悩まなければいけない。
作業の手は止めないにしても、ワンピースかドレスか……ガーデンパーティーと名が付くなら、ドレスなんだろうか。後で、リク様の服装を聞いて決めよう。
――いざ、ガーデンパーティーへ。
「各国の人が招かれていますが、あまり堅苦しい場ではありませんので。肩の力を抜いて下さいね」
「で……ですが……」
「大丈夫です。衣装も良く似合っていますよ」
クローゼットと睨めっこしていたら、突然ノックの音が鳴った。扉の向こうには、リク様から依頼されたと言う使用人の方が、ヘアメイクをしに来てくれたのだ。
今まで、後ろで一つに結ぶか、髪を下ろす選択肢しかなかったのに……ハーフアップに生花の初めて見る髪型になった。何度も角度を変えながら鏡を覗き、その可愛らしい見た目に恥ずかしさが込み上げた。
結局、ドレスを選択せざるを得ない状況になり、こうして馬車に揺れている。
緊張、しないわけがない。
「……なるべく、私は壁の花に――」
「とんでもない。貴女を一人になんて出来ません。僕の隣にいて下さい」
「では、邪魔しないように後ろに……」
「アイリさん」
向かいに座るリク様が、私の手に、手を重ねて微笑んだ。下ばかり見てたことに、今更ながら気付いた。
「貴女は、貴女が思うままに言葉にして良いんです。それが交流となり、延いては縁となる。それが大使館の役目だと、僕は思っています」
「……でも、もしも粗相をしたら――」
「その時は、僕が必ずフォローします。貴女に害を為すことは、絶対ありません。僕を……信じて下さい」
そんな真っ直ぐ見つめられたら、首を縦に振る以外の選択肢は、もはや無いに等しい。
「……信じます」
「堂々としてる方が、下を向くより100倍良い」
「はい、頑張ります」
昨日の歓迎会でも口にしたけど、やっぱりリク様は素敵だ。言葉に魔法が掛けられてるみたいに、勇気が出てくる。
下を向くより、堂々としてる方が100倍良い……。
まるで、おまじないのように言い聞かせた。
***
偉そうなことを、言ってしまっただろうか。
ケイトの代わりとは言え、彼女が適任だと思って連れて来てしまった。
……正直、表舞台にあまり連れて行くのは、控えようと思っていた。
遅かれ早かれ、彼女の才能が周囲にバレるのは時間の問題。それなら、もっと自信を持てるようになるまで大使館の中で守っても良いと。
だけど、ケイトに言われた一言。
「隠すと余計に、欲しがられますよ」
……確かに、とも思った。
それならいっそ、ウェルネシカの大使館を敵に回す――くらいに見せても良いのかもしれない、と。
到着したのは、国境沿いの街にある辺境伯の邸。
イースタンの要となる、ロドリゲス殿の邸は、高い要塞に囲まれ 立派だ。
「さぁ、到着しましたよ。お手をどうぞ」
パートナーを伴う以上、エスコートは絶対。
彼女の手を腕に置き、会場となる庭園まで使用人に付いて歩いて行く。
チラリと見た彼女は、アドバイス通り、前を向いて堂々と美しい出立ちだ。こちらまで背筋が伸びる。
「こちらから、お入り下さい」
「ありがとう」
薔薇のアーチを潜ったところで、至る所で話し込む外交官が溢れていた。
……はずなのに、ザワッと空気が揺れて、一斉にこちらへ視線が集中する。彼女の歩幅に合わせて少しずつ前に進めば、値踏みするような視線と同時に、美しさに圧倒されたような嘆声が漏れた。
「……リク様、私やっぱり場違いなんじゃ――」
「場違いかどうか、確かめてみましょう」
「た、確かめてみましょうって……」
彼女を引き連れて、会場の中央付近までやってきた。案の定、会話を止めてこちらに歩み寄る人が何人も見える。
『ご挨拶宜しいですか?』
『これは、これは。サリム殿』
先陣を切ったのは、ナイル共和国の外務次官。
極力肌の露出を控えた白いターバンが、風に靡いた。
『リク大使が、女性を同伴とは珍しい』
『彼女には今、大使館で補佐をしてもらってるんです』
『大使の補佐とは、素晴らしい』
普段、あまり笑みを見せないサリムが、彼女を誘うように笑って挨拶をする。
『サリムです。貴女の名前は?』
『初めまして、サリム様。私は、アイリ・ウォルティスと申します。宜しくお願いします』
余りに流暢なナイル語に、サリムの笑顔が一瞬消えた。まぁ、すぐに戻って来たけど。
『まさか、ナイル語を話せるとは驚きました』
『ナイルの文化に興味を持った時期がありまして、特徴的な発音になかなか苦戦しました』
『素晴らしい……! 良かったら、今度我が国に来て下さい。貴女に見せたい物が沢山あります』
サリムが、さりげなく彼女に手を伸ばした。握手を求めての行為だと知りながら……僕は思わず、代わりに握手を交わしたのだった――




