8.評価の浸透
気持ちの良い目覚めをした、ある日の朝。
新鮮な空気を入れようと、窓を開けた。
いつもと同じ太陽が、より眩しく感じる……。
例の決算書は、最終的にイースタン側が正しい形で修正し、リク様の印が押された。過不足になった物品も、在庫をその場で照らし合わせ、目視での確認も終了している。
伸びをして、いつものように朝食を済ませ、いつものようにリク様の執務室へやって来た。
「おはようございます」
「おはよう、アイリさん」
今日は、翻訳を頼まれている。
いつもなら他部署にいる通訳官が、不在にしているため、イースタン以外の国から送られて来た書類の処理が滞っていた。
「リク様、表題で機密と判断したものは、省いて宜しいですか?」
試用期間に、他国の機密に触れるのは流石に――
「いえ、構いません。全ての翻訳をお願いします」
その返答に、一瞬止まってしまった。
いくら翻訳出来る人数に限りがあるとは言え、自国ならまだしも……他国となると話しが変わってくるはず。
「……承知しました」
"イースタン国との貿易における利益について"
"イースタン国との取り持ち依頼"
内容は多岐に渡る。
次々に翻訳を終わらせ、必要な部署に回していく。すると、また新たな書類が運ばれてくる。
昼前になる頃には、机の上に積まれていた書類の山は、半分以上片付いていた。
「もうそこまで終わったのか……?」
別部署から書類を取りに来ていた職員が、思わず声を漏らす。
「え?」
「いや、こちらの通訳官でも、その量なら数日は掛かる」
そう言われて、手元の紙へ視線を落とした。
そんなに早いだろうか。ただ読んで、書いているだけなのに。
「アイリさんは、どこまで理解出来るんですか?」
別の職員が、興味深そうに尋ねてくる。
「どこまで……?」
「今、訳してる外国語にも地方差がありますよね。これには、独特な訛りがあると翻訳担当が言ってました」
「確かに。恐らく書記官がこの国の北部出身なのだと思います」
静まり返った室内。何か、おかしな事を言っただろうか。
「……文字だけで、そこまで分かるのか?」
「え……?」
逆に問い返され、戸惑ってしまう。
そんな様子を見てたリク様は、クスッと笑っている。
「失礼します」
ノックと共に入って来た職員が、一通の封書をリク様へ差し出した。
「ノースポーター国からの書簡です」
リク様が封を切り、内容へ目を通した。そして僅かに、目を細めて私を見る。
「……どうかされましたか?」
「いえ」
そう言って、一枚の紙を静かに机へ置く。
そこに書かれていたのは、貿易でも条約でもない。
『イースタン大使の側近について、情報提供を求む』
……ケイト様の事だろうか。
けれど部屋の空気が、僅かに変わる。
向けられる視線で、ようやく気付いた。
「……私、ですか?」
「向こうの言葉だけど、読めますか?」
「……はい」
受け取った文章に目を通すと、領主会議でのやり取りだけじゃなく、先日の決算についても把握している。
どうして、当事国以外が内容を知っているのか不思議だ。
「優秀な方は、どの国にも目に留まりますからね」
「……確かに、数字の誤りを見つけはしましたが、優秀という訳では……」
私は、やるべき事をやっただけ。
例えば、同じ席に違う方がいても、きっと同じように間違いに気付いたはず。
……けど、その言葉に、室内の誰も頷いてはくれなかった。
***
先日、ウェルネシカ国の大使に同行してたのは、間違いなくウォルティス伯の娘――
「何故、あのような娘が大使と同行していたのだ!」
王城の一室。
無理やり、国をこじ開けたウェルネシカを利用しようと、巧妙に仕組んだのに。最も簡単に見破ったのが、こちら側の娘だったとは腹立たしい。
「……偶然でしょう。顔のいい女は、いつの時代も愚か者ですから」
「ならば何故、決算の改竄へ最初に気付いた?」
「確かに……。だが、次同じようなことがあれば、我々の計画が水の泡です」
いざ国を開け、周りを見れば豊かな国ばかり。
世界で一番だと思っていた自分たちが、実は下層だったと知った時の屈辱。
「顔も良くて、能力もある……そんな例外は認めたくありません」
「そうだ……、馬鹿にされるのは懲り懲りですよ」
確かに。
実は、先日ノースポーター国の使者から、ウェルネシカ大使と同行してた女は誰かと問い合わせを受けていた。
たかが、領主会議で評価を得るような回答を作っていたとは言え、「貴方たちには、使えない女の話しをする暇があるのですね」と伝えたら、鼻で笑うとは。
「とにかく、まずはウォルティスに詳細を確かめろ。厄介な人物ならば消す事も厭わん」
……本当に厄介ならば、の話だ。




