7.伸びた背筋
それから、炙り出すための監査まで慌しく日々が流れた。すでにある証拠と、これから出てくるであろう証拠の差を見比べる為の資料を用意し、隠蔽された時のための備えもした。
そして、当日――
イースタン中央管理局へ足を踏み入れると、既に数名の監査官達が待機していた。
「ようこそお越し下さいました、リク大使」
丁寧な出迎え。けれど、その視線はすぐにこちらへ流れる。
「……そちらの女性は?」
「本日より補佐として同行しています」
「補佐、ですか」
値踏みするような視線が、頭の先から足元まで流れた。
「随分と華やかな人選ですね。監査というより、社交会かと思いました」
後方で、会計監査部の空気が僅かに揺れた。
私に対する、明らかな嫌味。
……けれど、リク様は表情を変えない。
「彼女は優秀ですよ」
「それは失礼。ですが、数字を扱う仕事は、見た目以上に根気が必要ですので」
柔らかな笑みの奥にある軽視を、隠そうともしない。
……大丈夫。こういう視線には、慣れてる。
「問題ありません」
静かに返しながら、資料室へ視線を向けた。
ここで感情を乱す方が、相手の思う壺だ。
「では、こちらが該当月の搬入記録です」
「……拝見します」
差し出された書類へ、視線を落とす。
一見すれば、数字に問題はない。
けれど――
「……失礼ですが、この倉庫記録を再度確認しても?」
「何か?」
「高級紙、封蝋それに外交用に購入された酒類の保管数が一致していません」
その瞬間。
僅かに、相手の表情が止まった。
「こ、こちらは修正済みの帳簿です」
「はい。ですが……」
頁を捲り、静かに視線を上げた。
「こちらは、ウェルネシカ側から送った確認依頼への返答書類です」
机の上へ置かれた確認書の日付を示す。
「修正済みとされる帳簿の数字と、返答された確認書類の数字が異なるのは、何故でしょうか」
「……いや、これは――」
「修正前の数字を記載したからではありませんか? つまり、修正前の数字を知る人がいる。そういう事、ですよね?」
「だ、黙れ! 美人だからって調子に乗って!」
私に向かう怒りを、遮るかのように、リク様が前に出た。
「……説明をお願い出来ますか?」
逃げ場を失わせるには十分な声音だった。
***
案の定、ボロを出したイースタン側の人間が、彼女に食ってかかった。突き付けた証拠に苛立ち、甘くみていた後悔でもするかのように――
「……説明をお願い出来ますか?」
そう問うと、正しい説明が出来ないと悟ったのか静かになった。
ただ一人、やけに冷静で、表情を崩さない男が言う。
「誤解です。数字の記載を誤ったのは、過去の資料から抜き出した数字の一部が欠けていたからです。きちんと、全ての監査書類を合わせて提出します」
「記録ミスで済ませるには、少々数が多すぎる……そう思いませんか?」
彼女を手招きして、隣に立たせた。
「この件に気付いたのは、彼女です」
周囲から向けられる視線に、下を向きたいはずなのに、彼女は必死に前を向いている。
「……貴女は、確か」
「……」
「領主会議に、ウォルティス伯と出てた――」
「アイリ・ウォルティスです」
「……これはまた、結構な鞍替えで」
「……っ、」
冷静だった男の表情が、少しだけ歪んだ。
彼女に向ける敵意……ともまた違う。
「さっさとウォルティス領に帰った方が――」
「私の部下を罵る事は、許さない。それとも、正式な監査へ切り替えましょうか?」
「…………」
「不正が明らかになった際、不利益を被るのは貴方達だ。他国へ共有し、外交記録も残る。そうなれば、国際的な信用を失い、最悪の場合、貿易の停止も有り得ますよ」
目の奥に苛立ちが見えるが、冷静になれるか……?
「……こちらで、再調査を行わせていただきます」
室内の空気が静かに変わる。
それは事実上の降伏だった。
「分かりました。では、早急にまとめて大使館へ提出下さい。……二度目は、ありませんよ」
彼女が見つけた、修正前の数字が書かれた書面を、わざわざ見えるように置いて、廊下に出てきた。
馬車に向かう廊下には、話を聞きつけたのか外野が多い。だから、敢えて彼女を、僕の一歩後ろを歩かせた。
「アイリさん。辛いでしょうが、堂々と前を向いて歩いてください」
「……はい」
聞こえてくる批判的な言葉も跳ね除けるような、真っ直ぐ伸びた背筋。一点の曇りもない彼女は、その日見事に初仕事をやってのけたのだった――




